君ならどうする






そこで待っててと僕を道の真ん中に立たせて先輩は駆けていった。
あえてド真ん中を指定されるとここから動いてはいけないような気がして、道行く人々に非常に迷惑そうな顔をされながらもその場に立ち尽くす羽目になる。

遥か後方に駆け戻った先輩は自販機の前で立ち止まってボタンを押す直前の状態で固まってしまった。

伸ばされた人差し指をうろうろさせて、頭を掻いて、また指を伸ばして。
葛藤している様が僕の場所からでも良く見える。

結局自分では決めきれなかったのか、先輩は諦めたように自販機から目を背けて僕に向かって手招きをした。

手招き、というか指招き。

ボタンを押すための人差し指がちょいちょいと曲げられただけで僕はその場から動く許可を得て先輩のもとに走った。

「どうしたんです?」
「温かいお茶か、冷たいコーヒーを飲みたいんだけど」

コツコツと指先がプラスチックを叩く。
ケースの中には冷たいお茶と温かいコーヒーしか無く、どちらを選ぶべきか悩んでいるらしい。

「優柔不断ですね」
「これってけっこう究極の選択じゃない?」

頻繁に起こりうる日常だと思うけど…

真面目に悩んでいる姿を見るとそんなことは言えないけれど、実際昨日も今と同じような状況の先輩を見たばかりだ。
昨日は温かいうどんと冷たいそばを選びきれずに頭を抱えて唸っていた。

自分では決められなくて僕を呼ぶくせに「どう思う?」とは絶対に訊いてこない。
なのに僕の答えを待っているのは明白で、意見を伝えないと不機嫌になるんだから困ったものだ。

「僕だったら家に帰って飲みたいのを用意しますね」
「……あ〜ナルホド。それは思い付かなかった」

納得した様子で頷いておつりのレバーに手を伸ばす。
チャリンと返却口に出てきた小銭を取って、先輩はご機嫌に歩き出した。

「でもさぁ」
「はい」
「俺の家、お茶は無いんだけど」
「それならコーヒーを飲めば良いんじゃないですか?」

平然と言ってのけると一瞬驚いた顔で僕を見た先輩は、その後は動揺を微塵も見せずに会話を続ける。

「コーヒーも良いんだけど、お茶も飲みたいんだよね」
「じゃあ茶葉を買いに行きましょうか」

今度は僅かに苛立ちの浮かんだ目が僕に向けられた。
怒って帰られてしまうか、先輩のお願いが聞けるかのギリギリのライン。

お互いで、互いの間に引いた線を越えるべきか否かを考える。
以前なら折れるのは決まって僕だったのが、最近の勝率はほぼ五割。
だいぶ調子が良いと思う。

けれど黙っている僕を見て不満げに眉間に皺を刻んだまま先輩が口を開いたので、その声が聞こえる前に言葉を掛けた。

「僕の家に来ます?せっかく買っても飲みきらないでしょうし」
「いいの?」
「ええ、ぜひ」

今日は僕の負けだ。

「手、出して」
「繋いでくれるんですか?」
「まさか。お茶代だよ」

ずっと手の中にあったらしく、ぬるくなった小銭が手のひらに落とされる。

「お金は別にいらないんですけど…」
「けど?」
「お茶のお礼に先輩が欲しいですね」

お茶で熱くなった先輩の舌は最高だろうなぁ。

ぼそりと呟いたら、肘の内側に先輩の手刀が振り下ろされた。
手のひらがテコの原理で跳ね上がり、のせたままだった小銭が顔面にクリーンヒットする。

「いっ…!!ちょっと、何て器用な必殺技を…」
「その場にある物を賢く使わないとね」

あらあら赤くなっちゃって。

小銭が当たった場所をすっと撫でて先輩は歩き始めた。

「コーヒーで苦い舌も僕は好きですよ?」
「お前ねぇ…」

それっきり黙ってしまった先輩は呆れた顔はしているものの目的地を僕の家から変える様子は無い。
馬鹿なことを言うな、ではなく言う場所を弁えろ。
きっとそんなことを考えているんだろうと思う。




家に着いて早々に床に座って寛ぎ始めた先輩にクッションを勧め、ヤカンを火に掛けた。
冷蔵庫から作り置きのコーヒーを取り出して氷を入れたグラスに注ぐ。
抱えた膝に顎をのせて僕を見ている先輩を視界の端に留めながらシュンシュンと温度を上げていく水の音を聴いた。

お湯が沸くと同時に僕から視線は逸らされ、僕もヤカンに向き直って急須にお湯を入れた。
コーヒーと一緒にトレイにのせて、先輩のもとに運ぶ。

「どっち飲みます?」
「お茶」

円を描くように急須を揺らして湯のみにお茶を注いだ。
香りの良い湯気を吸い込んで、自分はコーヒーのグラスに口を付ける。

少し気温の低い今日、できれば僕もお茶が飲みたい。
唇に触れる氷の冷たさに眉を顰めながら先輩を見下ろした。

「あっつ…!」

慎重に湯のみを傾けた途端にバッと口を離す。

「てんぞ、お前…」
「熱かったですかね。火傷しました?」

舌を出して僕を睨み上げるその姿に、酷い話かもしれないけれど僕は満足して小さな氷の欠片を口に含んだまま唇を合わせた。

「んっ…こら、」
「早く冷やさないと」

氷を吐き出そうとする唇を塞いで濡れた音を立てながら何度も口付けを交わす。

先輩にとっての“熱いお茶”は僕にしてみれば温いお茶で、実際いつもは先輩に合わせた温めのお茶を淹れるようにしている。
だから火傷するほど熱いお茶が出されるとは思ってなかったんだろう。

閉じられていた目がこちらを見て、湯のみをトレイに戻した先輩が氷を僕の中に押し戻した。

「大丈夫ですか?」
「お前、確信犯でしょ…」
「僕がそんな事するはずないじゃないですか」
「ウソツキ」

ほとんど溶けてなくなっていた氷を噛み砕いて飲み込む。

「火傷したからってキスしても逆効果でしょうが」
「いやいや、氷で冷やさないと」
「お前の舌はアイスコーヒー飲んだって熱いんだよ」

胸元を掴まれて引き寄せられ、そのままの勢いで唇が重なった。
舌を尖らせて絡めると、その刺激が痛みに繋がるのか先輩は低く唸る。
それでも離れていかない唇を深追いし過ぎてまるで先輩を押し倒すような体勢になってしまった。

床にぶつけないよう後頭部に手を回して支えると胸ぐらを掴んでいた手が不意に優しく身体を撫でて僕の頬に添えられる。

「カカシ先輩…?」
「俺だってお前が嫌いなわけじゃないんだから」

非常に不本意そうに囁かれた言葉に首を傾げた。

手が頬から耳を通って首の後ろに回され、しっかりと僕を抱き寄せる。

「あんまり外で問題発言はしないでほしいんだけど」

俺たちの付き合いって周りにバレて喜ばれる関係じゃないでしょ?

「……それはつまり、僕との付き合いは出来るだけ長く続けたいと思ってるってことですか?」
「テンゾウは違うの?」

意外な思いで体の下の体温を抱き締めた。
応えるように僕の体重を受け止めてくれる。

「嫌いじゃないどころか、大好きじゃないですか」
「う〜ん…そうだね、好きだよ。だからさ、ちょっとでも一緒にいられるように気を付けてよ」
「……今何て?」
「好きだよ」
「…おお〜」
「なにその感動の仕方」
「驚きすぎてリアクションしそびれました」

何だソレと笑った先輩の動きで体が揺れる。

「で、テンゾウはどうなの?」

一緒にいる為に頑張れる?
それともその場その場で馬鹿なこと言い続ける?

初めて先輩から選択肢から選ぶことを求められて、僕は嬉々として答えた。

「まずは今、先輩を抱きます」
「そんなの選択肢に無いでしょうが…」

呆れたように言っているものの、雰囲気は明らかに僕に流されている。

「今回は僕の勝ちですね」
「何…?」
「こういうコトしたいから、今日は僕の家を選んだんでしょう?」
「…よくわかったね」

わかってるなら話は早いと張り切って服を脱ぎ始めた。

またしても意外な展開に僕は首を傾げながら惜しげもなく裸体を披露してくれる先輩を見下ろす。

「どうしたの?」
「何て言うか…予測できない展開だなぁと」
「ははっ変なの。ちゃんと予測してたじゃない」

僕の服も脱がそうとシャツに滑り込んできた手を見てもまだ、何か予想外のことを起こすんじゃないかと疑ってしまう。
そんな僕を見て笑いを零し、寄せられた唇が熱っぽく囁いた。

「今お前が決めるべきなのは、ヤるかヤらないか、それだけだよ」
「…ヤりますよ、もちろん」

結局流されかけているのは僕の方で、引っ張られる服から腕を抜き、頭を抜いて先輩と肌を合わせた。

「やっぱり引き分けかなぁ…」
「だから、何の話?」
「恋の駆け引きの話ですよ」
「それならお前には負けないよ」

不敵に笑う先輩の上で思わず溜め息を吐いてしまう。

どうやらしばらくは引き分けることさえ許してもらえなさそうだ。

積極的に僕に触れてくる手の熱さを感じながら、苦笑いを零して
「好きですよ、カカシ先輩」
駆け引きを諦めそっと抱き締めた。





09/09/30

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