シリーズ | ナノ


*土妙夫婦




土方は、先ほどまでどんちゃん騒ぎをしていた広間を振り返る。
そこここに転がっている男共のいびきがうるさい。
唯一の微笑ましい光景と言えば、同じ毛布にくるまって眠る新八と神楽くらいだった。

妻の誕生日パーティーと称して開かれた大宴会。
最初こそ和やかなものだったが、息子が寝付いたあたりからはいつも通りの騒ぎようだった。
うるさくてかなわなかったが、それも嫌いじゃない。

久しぶりの宴会だったな、と土方は満足そうな笑みを浮かべて空を仰ぎ見る。
今夜は月が綺麗だ。

「今夜は冷えますね」

声のした方を振り返ると、羽織を手にした妻の姿。
どうぞ、と言って差し出された羽織を受け取る。

「十五郎は?」
「奥で寝てます。はしゃぎ疲れちゃったみたい。もうぐっすりよ」

穏やかに笑う妻の手を引いて、そのまま懐の中に収めた。
後ろから抱きしめるような格好で、ぎゅうと力を込める。

「妙」

そう呼ぶと、なんですか、と問う。
腕の中の体温に安心した。

「…悪かったな」
「それは何に対しての“悪かった”ですか?」

妙の声は静かだ。
ううーん、と後ろで誰かのうめき声がする。
ムードも糞もあったもんじゃねェな、と苦笑した。

「最近、仕事ばっかりで帰って来れなかったろ」
「それなら、十五郎に言ってください。十五郎すごく寂しがってたんですよ。あんまりわがまま言わない子だから、口には出さなかったですけれど」

幼い息子のことを思い浮かべ、土方はそうか、と大きく頷いた。
誰に似たのか、十五郎はあまりわがままを言わない。
駄々をこねて泣きわめく、なんて子どもにはよくありがちな行動も十五郎はしたことがなかった。
人見知りが激しくあまり社交的なタイプではないが、親の贔屓目なしで見ても真っ直ぐで優しい子だ。

「寂しい思いさせてんな…」
「そうね。まだ子どもだもの。でも、あなたが忙しいのは十五郎もちゃんとわかってますから。父様は強くてカッコイイんだって、大きくなったら父様みたいになるんだって、言ってましたよ」

妙の言葉になんとも言い難い嬉しさがこみ上げて来て、つい顔をそらした。
照れ屋さんね、と笑われてうるせェ、と短く返す。

「十四郎さん」
「…なんだ」
「あんまり、無理しないでくださいね」
「あァ」

静かにそう言った妙の頭をそっと撫でて、つむじに口づけを落とした。
穏やかな気持ちがじわじわと体に満ちる。

腕の中の妙を抱え直して、土方はずっと言いそびれていた言葉を口にした。

「…誕生日おめでとう」

遅いです、と不満げな声が上がったが、それでも嬉しそうに微笑んだのがわかった。

「ありがとうございます」

こんなに盛大に祝って頂いて、と妙はくすりと笑みをこぼす。
久しぶりにみなさんにお会いできて嬉しかったです、と優しく言った。

「誕生日祝いなんだが、」

もう充分ですよ、と言う妙に、土方は1枚の紙切れを差し出す。
その紙には『温泉旅行ご家族招待券』の文字。

「…どうしたんですか?」
「貰いもんだ」

このチケットを手に入れたのは、つい先日。
妙の誕生日の前日のことだった。
送り主は真選組一同。言いだしっぺはもちろん局長であり古き良き友人である近藤勲。
家族サービスもそっちのけで働き詰めだった土方を見かねて手配してくれたらしい。
ご丁寧にたっぷり5日間の休暇まで調整して。
どこまでも甘い己の大将に苦笑が漏れるが、その優しさと懐の深さにただただ感謝するばかりだ。

「お仕事は?」
「5日休みだ。家族サービスしてこいってよ」
「まあ。近藤さんや皆さんにお礼を言わなくちゃね」
「人がよすぎるのも困りもんだ」
「あら。そこが近藤さんのいいところ、でしょう?」

妙の言葉に少し面食らって、それから浅く頷いた。

「ありがとうございます、十四郎さん」

そう言って微笑んだ妙の笑顔があまりに綺麗で、吸い寄せられるように唇を寄せる。
そのまま細い体をありったけの愛しさを込めて抱きしめた。

「…愛してる」
「…私もよ」



(これからもよろしく、奥さん)
(世界で一番、君が好きだよ)




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