シリーズ | ナノ


***

「うわー、相変わらずすごいわね」

座席の横に積み上げられたプレゼントの量を見て、おりょうが呆れたようにつぶやく。

「こんなにたくさんの人に祝ってもらえてなんてお礼を言っていいかわからないわ」
「なんだか今日はご機嫌じゃないの。銀さんたちに何かしてもらったの?」

妙は頷いて、幸せそうに微笑んだ。

「こんなに幸せでいいのかしらって思うほど幸せな日だったわ」
「ふーん、愛されてんのねぇ。もう日付変わっちゃったけど誕生日おめでとう。これからもよろしくね、お妙」
「ありがとうおりょう。こちらこそよろしくね」

誕生日祝いにケーキバイキングに行こうと約束をして、店の前で別れを告げる。

空はもう白み始めていて、少し肌寒かった。

「たーえっ」
「きゃあっ」

慌てて振り向くと、そこにはピンク色のおさげの少年とその世話役の姿。

「…神威さん?」
「せーかい。妙、久しぶり」
「お久しぶりです。お元気でしたか?」

抱きついたまま会話をする上司の姿に阿伏兎はため息をつく。

「団長、いい加減離してやりなさいよ。嬢ちゃん困ってるでしょうが」
「えー、そんなことないよね」
「少し重いです」

妙がそう言うと、神威は渋々腕を離す。
神威が離れた後で、妙は自分の首に見慣れないものが巻かれていることに気付いた。

「え、これ…」
「誕生日プレゼント。一日遅れだけどね。俺とお揃いだよ」

神威は笑って自分の首元を指差す。
そこには妙の淡いピンク色とは対象の水色のマフラーが巻かれていた。

「いいんですか?」
「もちろん!」
「ありがとうございます、神威さん」

嬉しそうにマフラーを握りしめ、妙は笑う。
妙の笑顔に見とれる上司をちらりと見て、阿伏兎は妙に小さな包みを差し出した。

「阿伏兎さん?」
「俺からです。大したモンじゃねェが、受け取ってやって下さい」
「そんな…なんだかすみません」

開けてもいいかと確認をすると、阿伏兎は少し照れたように頷く。
小さな包みをそっと開くと、そこには桜色の綺麗なハンカチが入っていた。

「可愛い…」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
「ありがとうございます。大事に使いますね」

阿伏兎もまた、綺麗に微笑む妙の姿に見とれる。
それを快く思わなかったのか、神威は阿伏兎を思い切り突き飛ばして妙の手をそっと握った。
白い指に柔らかく口付けて上目遣いで妙を見つめる。

「神威さん…?」
「誕生日おめでとう、妙。いつか必ず、迎えに来るよ」
「…え?」
「団長ー!このすっとこどっこい!もう時間です。行きますよ!」
「えーヤダー」
「ヤダじゃありません。もう限界です」
「ちぇッ」

自分の衣服をはたく部下を見て、神威は悔しそうに口を尖らせた。

「あの、神威さ」
「残念、妙。タイムリミットなんだ。また会いにくるよ」
「えっ…神威さ」

神威はぐいっと妙を引き寄せる。
妙がバランスを崩した瞬間、左頬で響いた可愛らしいリップ音。

「じゃあね!愛してるよ妙!」
「どうもお騒がせしました」

突然のことに呆然とする妙にウインクを残して、ひらりと身を翻した。

妙は二人が消えていった方向を見つめ、頬を赤く染める。

それからため息をひとつこぼして、熱くなった頬を冷ますように家路を急いだ。

***

自分の部屋で妙は大きく深呼吸をした。
昼間どんちゃん騒ぎをしたせいか、きれいに片付けられた部屋を見て少し寂しさを感じてしまう。

「本当に…あんなに素敵な誕生日は生まれて始めてだったわ」

昼間のパーティーやついさっきの訪問者のことを思い出し、妙は幸せそうに微笑んだ。

窓から外を見つめると、白み始めた空が眩しい。
どうも寝付く気になれず、足が自然と居間へ向いていた。

居間のふすまを開けると、縁側の障子に映る、ひとつの人影。

まさかと思って障子を開くと、大きな酒瓶を手にゆったりと佇む鮮やかな色彩。

「…た、かすぎさん」
「よォ。随分遅かったなァ」

高杉はくつくつと笑いながら杯を傾ける。

「どうして」
「さァてなァ。それくらい自分で考えな」

相変わらずの身勝手さに妙も思わずため息がもれた。

「飲め」
「はい?」

急に差し出された杯に、妙は目をしばたく。

「かなりの上物だせェ。注いでやるから、飲め」
「まあ、珍しいこともあるものね」

どこか機嫌のいい高杉から杯を受け取って、酒を受けた。
透明な液体が杯の中で揺れて、波紋を描く。

「…ほんと。おいしいわ」
「ククッ、ガキのくせにわかんのかァ」

高杉の纏う空気がいつもよりも柔らかい気がして、おかしそうに笑う男を妙はただ見つめた。

「本当にどうしたんですか。今日はなんだか機嫌がいいんですね」
「…鈍い女だな」

小馬鹿にしたような物言いにむっとした妙がにこやかに拳を握る。
高杉はその拳を上からそっと包んだ。

「…な」
「妙、お前は俺が唯一認めた女だ」

真剣な瞳に、妙も押し黙る。
知らずに身体が強張ったのを感じた。

「…そう構えんな。妙」
「…高杉さん」

見たこともないような柔らかい笑みを浮かべ、高杉は妙の頬を撫でる。
普段とは違い過ぎる態度に妙の鼓動も速くなった。

「感謝すんだなァ。俺にここまでさせる女はお前だけだぜェ」

ククっといつもの笑い声を漏らし、妙の手に櫛を握らせる。

「…これ、どうしたんですか?」
「さァなァ。くれてやらァ。祝いの品だ」
「ご存知だったんですか?」
「…あァ。まァな」

驚く妙に、高杉は嫌な思い出を振り払うように首を振った。
あれ、君知らなかったのー?とニヤつくピンク頭の男が高杉の頭に浮かんでいたことなど、妙はもちろん知る由もない。

「こんな上等なもの、頂いていいんですか?」
「俺に使えってかァ?」

妙は美しい模様が描かれた漆の櫛をじっくりと眺め、それからそっと微笑んだ。

「…ありがとうございます」

嬉しそうに笑う妙に、キセルをふかしながら高杉は満足そうに瞳を伏せて立ち上がった。

「もう行かれるんですか?」
「あァ。せいぜい達者でいろや」
「ふふ、あなたもお気をつけて。捕まらないように用心することね」
「はッ、口の減らねェ女だ」

いつも通りの憎まれ口。
東の空には朝日が登りきろうとしていた。

「妙」
「はい」
「お前はそのまま笑ってろ」
「…え?」
「じゃあな」
「高杉さん!」

ぶっきらぼうに別れの言葉に、妙は慌てて立ち上がる。
妙が名を呼んだ時には、高杉はひらりと塀を飛び越えていた。

「…ずるい人ね、本当に」

登りきった朝日が、明るく辺りを照らす。

年老うことは、新しい自分にまたひとつ成長するということ。
周りの人の優しさに、自分はどれほど救われているんだろう。

妙は大きく頷いて、きっと前を見据える。

「おはようございます、姉上」
「おはよう、新ちゃん」

凛と背筋を伸ばし、妙は優しい笑みを浮かべた。



HAPPY BIRTHDAY,TAE!!
(これからも君が、幸せでありますように)







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