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「大丈夫ですか?どこか痛いところとか他にないですか?」
「大丈夫よ、新ちゃん。ただの捻挫だもの。じっとしてれば何ともないわ」

今にも泣きそうな顔でそう聞く新八に妙は苦笑した。
自分の不注意なのだから仕方がないと言うと、新八は不満気に口をつぐむ。
まるで妙の怪我が自分のせいだと言うように顔を歪めてうつむいた。
そんな新八の頭を優しく撫でてやると、少し頬を赤く染めて、心配したんですよ、と呟く。
まるで幼いころに戻ったようで、妙は思わず微笑んだ。

この怪我は本当に単なる自分の不注意から来たもの。

いつものように客を送り出そうと店の階段を登った時、酔った客の肩がぶつかり、誤って落ちてしまったのだ。

客がふらついたことに気がつかなかった自分の落ち度だ。
自分以外の誰のせいというわけでもない。

高さがそれほどなかったのが不幸中の幸いだろう。
落ちた時に打った腰と捻った足首は痛むが、その他は至って健康体だった。

「本当に大丈夫か、お妙さん」
「ええ。ありがとうございます、土方さん」

深刻そうに眉根を寄せ、傍らに座る土方に妙は礼を述べる。
怪我をして動けなくなった妙を送ってくれたのは、いつも通りゴリラの迎えに来た土方だった。

「ごめんなさい、お仕事中に」
「いや、気にしなくていい。それより」
「お妙っ!!!」

土方の言葉をパアンという小気味いい音が遮った。
開いた障子から柔らかい夜風が入り込む。
その中に佇むのはひどく慌てた様子の銀髪の男。

「銀さ」
「大丈夫なのか!?」
「えっ?あの、」
「足!怪我したって聞いたぞ!」

驚く妙を尻目に、銀時は妙の布団をめくり上げる。
足首に痛々しく巻かれた包帯に目を止めた。

「ちょっと銀さん!」
「どんな感じなんだ?」
「え?」
「痛むのか?」
「え、あの…」
「ちゃんとまた歩けるようになるのか?」
「は?あの、だから」
「他にどこか怪我とかしてんのか?お前、ほんとに」
「銀さん!大丈夫ですからちょっと落ち着いて下さいな!」

矢継ぎ早に質問を浴びせかける銀時に妙はたまりかねて抗議の声を上げる。
一体どうしたのかと妙は困ったように銀時を見た。
いつになく不安そうな表情をする銀時に、妙も困惑する。

「銀さん…?」
「じゃあ俺は帰らせてもらうぜ」

何か言おうとした銀時を遮って、土方はそう告げる。
銀時は口をつぐみ、視界に入った黒服に視線を向けた。

「…というか、何で多串くんがここにいるわけ?」

不機嫌そうな口調でそう言うと、土方がじろりと銀時を見た。

「あ、土方さんは」
「お妙さんを送って来たんだよ」

土方は静かに立ち上がり、眉を寄せたまま銀時に向かい合う。
銀時も険しい目つきで土方を睨み返した。

「用が済んだなら早く帰ったらどうだ」
「銀さん!そんな言い方」
「…言われなくても帰るさ」
「土方さん…」

ふたりの険悪な雰囲気に新八が思わず口をはさむ。
土方はそれを遮って、短く言い返した。

「お妙さん」
「…はい」
「あまり無理はしないでくれ。アンタに何かあったらうちの連中がうるさい」
「まあ。ふふ」
「ゆっくり療養するこった。じゃあ邪魔したな」
「ええ。ありがとうございました」

土方は柔らかく微笑んで、部屋を後にする。
見送り行ってきます、と新八も障子の向こうに消え、静かに閉められた障子の音だけが後に残った。

ふたりきりになった部屋に沈黙が流れる。
さっきの勢いはどうしたのか、銀時は口をつぐんだままだ。
銀時の方をちらりと盗み見るが、うつむいているせいでその表情はうかがい知れない。
気まずい沈黙が流れる中、妙はどうしたものかとうつむく銀時を見つめた。

ふたりきりになることなど、別に珍しくもない。
しかし、こんな沈黙が流れることなど今までなかった。
何か怒っているのか思ったが、何に対しての怒りなのか、妙には皆目見当もつかない。
銀時には聞こえないように浅くため息をついて、目を伏せた。
このままお互い黙りこんでいても仕方ないと、妙はおそるおそる銀時に呼びかけた。

「あの、銀さん…?」
「お妙」

銀時の低い声が妙の名を呼ぶ。
驚いて銀時を見ると、ふたりの視線がぱちりと合った。

「焦った…」
「え?」
「新八からお妙がケガしたって聞いて、迎えに行ってみたらおめーはいねェし…」
「迎えに、来て下さったんですか…?」

問い返す妙の視線から逃げるようにうつむいて、ガシガシと自分の銀髪をかく。
恥ずかしいのか照れくさいのか、どこか居心地が悪そうに銀時は言葉を続けた。

「んで来てみたら何でか多串くんがいるし?なんか多串くんも微笑みとか浮かべちゃっていい感じだし?アレ?なんか邪魔ですか俺みたいな?」

視線を泳がせながらぼそぼそと話す銀時の言葉に妙は黙って耳を傾ける。

「…よーするにだ、心配したんだよ俺は。すげェ焦って、お前が捻挫とかじゃなくてもっとひどい怪我してたらとか、無駄に考えてだなァ…。あーもう、くそ…。カッコ悪ィ…」

熱くなる自分の顔を隠すように銀時は額に手を当てる。
その様子に、妙は驚いたように目を丸くして、それから嬉しそうに微笑んだ。

「…何笑ってんだよ」
「ふふ、だって、嬉しくて」

普段飄々としている彼が、こんなにも自分を思ってくれていたなんて。
一緒にいる時間はそれなりに長いが、こんな銀時を見たのは初めてだ。
妙はただその事実が嬉しかった。

「心配して下さってありがとうございます」
「…おー」
「今度から何かあったら一番に銀さんに連絡しますね」
「…あァ。そーしてくれ」

未だ顔の赤い銀時の頭を優しく撫でて、妙はまた微笑む。

「…何してんのおネーさん」
「なんだか銀さんがいつになく可愛くて」
「…そーかよ」
「ふふ」
(可愛いのはお前の方だっつーの!!)

こんなに心配してくれるなら、怪我をするのも悪くないな、なんて思ったのは銀時には内緒。
いつも心配させられるのは妙の方で。
たくさんのものを背負う銀時に、自分のことで余計な心配をかけるのは嫌だった。
自分だけは、銀時が手放しで安らげる場所でありたかった。
傲慢な願いかもしれないが、自分の前では自由でいて欲しかったのだ。
何のしがらみも関係なく、ただ笑って、泣いて、怒って、ありのままの銀時でいてくれたらと願っていた。
心配はかけまいと頑張っていたつもりだった。でも、心配してくれたことがこんなにも嬉しいなんて。

「銀さん」
「何だよ」
「ありがとうございます」
「いーって」
「本当に、ありがとうございます」
「…それはこっちのセリフだよ」
「え?」
「いーや。何でもねェよ。いーからお前はもう寝てろ」

ぼそりと呟いた銀時の言葉は聞き取れなかったが、目を塞ぐ手の温度が心地よくて目を閉じた。

「そこに居て下さいね…?」
「居るよ。だから安心して寝ろー」

はい、と小さく頷いて妙はすうすうと寝息を立て始める。

「いつも心配ばっかかけてんな、俺は」

幸せそうに眠る妙の寝顔を銀時を優しい瞳で見つめる。
その眼差しには愛しさがにじんでいた。

「お前はいつも、どんな気持ちで俺を待っててくれてたんだ…?」

妙が怪我をしたと聞いた時、血の気が引いたのが自分でもわかった。
そんなヤワな女じゃないとわかってはいるものの、もしも、という最悪の言葉が銀時の頭をよぎった。
いつも通りに笑っている妙を見てどれほどほっとしたことか。

普段自分は妙にどれほどの心配をかけているのだろうと銀時はそこで初めて気付いたのだ。
事件が起こるたびに大怪我をして帰ってくる自分たちを手当てしてくれるのは妙だ。
妙は何も聞かず、いつものように笑って、お帰りなさいと言ってくれる。
小言は言っても、決して泣きごとは言わない。
自分たちの知らないところで、妙は一体どれだけの涙を流しているのだろう。
どれだけ我慢させているのだろう、自分は。

気付いた瞬間、自分が情けなくて仕方なくなった。
妙の存在に、どれだけ救われているか知れない。
護りたいと思った存在に護られているなんて。

「強い女だよ、おめーはほんとに」

額にそっと口付けを落として、銀時はそっと部屋を後にする。
ぱたんという音が辺りに響いた。

銀時の、そして妙の胸に宿るのは、ただただ君が愛しいと思うその気持ちだけ。


不器用な伝え方
(“ありがとう”さえもまだ言えないまま)
(いつかちゃんと伝えるから)



Title: a dim memory



お待たせしました…!フリリクして下さった匿名さまに捧げます。遅くなってすみません。
お妙さんの怪我を情けないほど心配する銀さんという内容だったにも関わらずあんまりそういう雰囲気が出てなくてすみません…。そして何故か最後の方はシリアステイストに;
わかりにくいですが、このふたりはまだ付き合ってません。両片思いです。銀さんにお妙さんの大切さを再確認させたかったんです…!リクエストして下さった匿名さまのみ苦情受け付けます。もちろん返品可ですので、何かありましたらお気軽にご一報下さいね^^リクエスト本当にありがとうございました!



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