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しとしとと小雨が降りしきる夜明け前。
妙は隣を歩く銀髪の男をこっそりと見上げて視線を落とした。
ひとつの傘を気になる人とふたりで半分、と嬉しいはずのシチュエーション。
なのに、心がこんなにも沈んでいくのは何故だろう。
天気のせいかしら、と昨夜から降り続く雨をうらめしく見つめた。

銀時は、ずっと黙ったままだ。
雨降ってたから、と言いながら、傘も持たずにすまいるにやってきた真意もわからない。
雨は天然パーマの敵だ!と散々喚いていた癖に、とため息をつく。

銀時が何を考えているのかわからないのはいつものことだが、今日はどこか気になった。
それでも、声をかけるのは何故だかためらわれた。
妙な緊張感がふたりの間に漂う。

(…居心地が悪いったらないわ)

何かあったのだろう、となんとなく思った。

いつもだらだらと怠惰な生活を送っている銀時だが、いざとなれば頼りになることも知っている。
人の痛み、そして何かを失うことの辛さを知っている人だということも。

出逢いはいいものではなかった、と妙は思う。
それからはただの弟の上司、という認識でしかなかった。
それでも、気付いた時には惹かれていた。

違うと言い聞かせようとした。
認めたくなくて、気付かなかったフリをした。
でも、なかったことには出来なかったのだ。

ちゃらんぽらんでだらしがなくて、死んだ魚のような目をした、でも、魂だけは真っ直ぐな“侍”。
そんな銀時に、その生き方に、惹かれた。

妙はまた銀時の横顔をちらりと盗み見て、素早く視線を元に戻す。
触れている左肩が温かった。
もっと銀時に近づきたいと思う。そばにいて、笑い合って、触れたいと。
そんなわがままでひとりよがりな感情に妙は苦笑する。

この距離はずっと変わらないだろう、と妙はわかっていた。
銀時は、これ以上近づかせてはくれない。
近づいたかと思うと、するりとそばから離れて行ってしまう。
そんな風に、いつか彼が手の届かないどこかへ行ってしまいそうな気がして仕方なかった。

きっと、好きだという言葉すら言わせてもらえないのだろう。
ごめん、だとかありがとう、とかそういう言葉でかわされてしまうのだ。

銀時の過去に何があったかは知らないが、その過去が銀時の中を大きく占めているということだけはわかった。

彼にどんな過去があろうと、そんなことは妙にとって大きな問題ではなかった。
どうでもいい、というわけではない。むしろ、大切にしたいし、大切にしてほしいと思う。
その過去があって、今の銀時がいるのだ。
どんな辛い過去であっても、銀時が通ってきたその道筋は銀時が生きてきた証。

詮索などするつもりはない。
話す気がないならずっと胸の内にしまったままでいい。
私が癒してあげる、などと言うつもりもない。
ただ、受け止めさせてほしい。
”坂田銀時”というひとりのひとを愛させてほしい。
妙の願いはそれだけだった。

(自分以外の人を受け止めて愛することが、簡単なことじゃないことくらいわかってるわ)

でも、それでも、自分は銀時のそばにいたいと思うのだ。
わがままな願いだとわかっているけれど、一度認めてしまった自分の気持ちはなかなか言うことを聞いてくれない。

傷つけてしまう、とでも思っているのだろうか。
いつもどこか他人と少し距離を置いて、傷つけないように、細心の注意を払って。

傷つけることや失うことを、銀時は、人一倍恐がっているように見えた。
ひとりで傷を負って、護りぬこうとする。
傷つけたっていい、傷つけられたっていい。そんな程度でへこたれる程の気持ちじゃないのに、と妙は唇を噛んだ。

***

隣を歩く妙は黙ったままだ。

妙に会いに来たのは、単なる気まぐれ。
ただ、顔が見たかった。
それだけの理由だ。

妙の仕事が終わる時間に合わせて来たのはいいが、傘もなく、怪しいのは明らかだった。
それでも妙は何も聞かず、ただ、馬鹿ですね、と困ったように笑っただけだ。

(っとに、かわいくねー女)

妙には支えてもらってばかりだ。
どんな時も、そばで笑っていてくれる。
闘って傷を負った時も、何も聞かずにいてくれる。

自分より少し下にある妙の顔を横目で見やって、銀時は心の中で小さくため息をついた。

本当に出来た女だと思う。
百点満点の容姿に、父親譲りなのか、武家の娘らしい凛とした立ち振る舞い。
女らしからぬ剛健も、護りたいものを護り通そうとするその姿勢も。

何もかもが、銀時にとっては眩しく見えた。
綺麗で眩しい、一種の聖域のようだとも思えるほどに。

妙が自分に好意を持っていることも、その好意が恋愛的な意味合いを持っているだろうことも、銀時はわかっていた。
そして、銀さん、と妙に呼ばれる度、くすぐったいようそんな感覚になっている自分にも。

妙が好きだと、その笑顔を護ってやりたいと、思うようになったのはいつからだったか。
気付けば、ただの『従業員の姉』から、ひとりの『女』として目で追うようになっていた。

妙の気持ちに気付いた時はどれほど嬉しかったか。

でも、妙の『好き』と自分の『好き』はイコールではない、と銀時は思う。

どんなに大人びて見えても、妙はまだ十八の少女。
純粋でまっさらだ。
自分の気持ちとは似ても似つかない。
一緒にいたいという気持ちは当然あるが、もっとこう、どろどろしたものが混じっている。

銀時にとって、妙は綺麗過ぎた。
誰よりもこの手で幸せにしてやりたいのに、自分が相手では、きっと幸せになんてしてやれない。

この手でどれほどの命を奪ってきただろう。
どれほどの血を浴びただろう。
そんな自分に、妙を幸せになんて出来るはずもない。

妙はもっと、明るくて温かい場所にいるべきだ。

そばにいるべきではないとわかってはいる。しかし、離れることも出来ないでいた。

愛しくて愛しくてたまらない。
心はこんなにも好きだと叫んでいるのに。
こんな汚れた手じゃ引き寄せることもできない。

好きだ、好きだ、好きだ、と心が叫ぶ。
抱きしめたい、そばにいたい。
自分だけをその瞳に映して欲しい。

想いを告げることも受け入れることも出来ないのに、手放してもやれないのだ。
矛盾した自分の想いに銀時は苦笑する。

妙は聡い。そして賢い女だ。
きっと気付いているのだろう。自分の抱えるものに。
軽々しく話せるような、そんな過去ではない。
自分が通って来た道は、血なまぐさい、もっとずっと暗いものだ。
それでも、妙なら受け入れてくれるだろう。
受け入れて、愛してくれるだろう。

そうして、妙は一層泣けなくなるのだ。
誰にも知られずに、ひっそりと心の傷を重ねていく。

(…お前のこと、傷つけてばっかりだな)

護ってもらうことをよく思わないのは知っているが、失いたくない。
もう大切なものがなくなっていくのは御免だ。

愛しいと叫ぶ心を押さえつけ、銀時は妙を見下ろした。
ぱちりと合った視線に、妙が静かに微笑む。

「…銀さん」

妙が小さく呼んだ名前に、銀時は視線だけを動かした。
雨の音が静かに二人の間を通り抜ける。

「雨、止みませんね」

ぽつりとつぶやくようにそう言う妙に、銀時はふいと空を見上げる。
重たい鉛色の空を眺め、そうだな、と呟いた。

道場の前。
見つめた先の黒い瞳。
妙に向かってのばしかけた手を引っ込めて、銀時は背を向けた。


苦しいのは、肺ではないのです
(胸が、痛い。この痛みはどうしたらなくなるのでしょう?)



Title:灰の嘆き




遅くなって申し訳ありません!><本当にお待たせしました。フリリクを下さったyouさまに捧げます!
切なめ銀妙の両片思いということで、もどかしい感じにしてみました。お互い思い合ってはいるけれど、あと一歩が踏み出せないし、踏み出してはいけないと思っているふたりです。ご希望に添えているでしょうか?気に入って頂ければ嬉しく思います^^
返品可ですので、何かありましたらお気軽にお知らせ下さいね^^
リクエスト本当にありがとうございました!




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