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酒で火照った頬を冷ますように、夜風が優しく頬を撫でる。
中のどんちゃん騒ぎがここまで聞こえてきて、妙は苦笑した。

依頼が無事成功したお礼にと開かれた宴会で、いつの間にか里中の住人が集まっての大宴会。『里の救世主 万事屋御一行さま』という横断幕まで作られていて、随分と丁重にもてなされた。
お上品とは言えないが、優しい里の人たち。
主や新八、神楽も楽しそうにしていたし、報酬もたくさんもらえた。
文句なんてあるわけがない。

浅くため息をついた妙の頭に、綺麗な女の人を周りにはべらせてニヤついていた主、銀時の顔がよぎる。
無性にイラついて、足元にあった石を思い切り蹴飛ばした。
今頃銀時は月詠にお酌でもされているのだろう。
妙はなんとなく面白くない気持ちで、土手に腰を下ろした。
見上げると、満天の星空。
綺麗、と思わず口にして、そっと溜息をつく。

「…銀さんの馬鹿」

だらしなく鼻の下なんかのばしちゃって、と妙は呟いてちらりと屋敷を振り返った。
楽しそうな笑い声が妙のいるところにまで届く。中は相変わらずの騒ぎようなのだろう。

(…馬鹿ね。期待なんかしちゃって。あの人が追いかけてくるわけない)

少し、期待した。
中座した自分を銀時が追いかけて来てくれるんじゃないか、なんて。
きっとあの人は、自分がいなくなったことも気付いていないに違いない。
イライラ、もやもや。どうにも落ち着かない。
どうしてこんな気持ちになるのか、答えは明白だ。

(でも、)

「銀さんは、人間…」

そう。銀時は人間で、自分は妖。
それに、銀時は主だ。

(人間なんて、大嫌いだったのに)

人間なんて、みんなみんな滅んでしまえばいいと本気で思っていた。
自分たち人ならざる者に害をなす人間なんて、死に絶えてしまえばいいとそう思っていた。それなのに、今の自分は人間に淡い想いを抱いている。

信じられない、と妙はぎゅっと拳を握った。

新八と離れ離れになってから再会するまで、どれほどひどい目に遭ってきたか。
それを忘れたわけじゃない。忘れられるはずもない。

それに、人間と妖怪では生きる時間が違う。
人間は短命で、あっけない理由で簡単に死んでしまうのだ。
仮に銀時と想いが通じたとしても、幸せな時間はそう長くは続かない。
そんなことはわかりきっている。
人間は人間同士で結ばれるのが一番幸せだ。
たとえば月詠のような綺麗で強い女性なら、銀時と並んでも遜色ない。

人間なんて好きになってはいけない。
辛い思いするのは、結局は自分なのだ。

(銀さんは、人間。私たちとは違う生き物だわ)

自分の気持ちを認めても、自分たちの周りにはそれを否定する材料が多すぎる。
楽になるどころか、胸は苦しくなるばかりだ。

(銀さん…)

「お妙」

不意に呼ばれた名前。
妙は驚いて肩を揺らすが、振り向くことはしなかった。
振り向かなくとも、誰かなんてすぐにわかる。

(…何で来たのよ、馬鹿)

嬉しさと恥ずかしさと、それから空しさがぐるぐるとない交ぜになって妙の心を浸食していく。
会いたかったと、寂しかったと言えたらどんなにか。
しかし、素直に振り向くことなんて出来やしないのだ。

「…何しに来たんですか。貴方は主役でしょう」
「あんだけ出来あがってりゃ誰が抜けたってわかんねェよ」

振り向きもせず冷たく言い放った妙を気にする風でもなく、銀時は隣に腰を下ろした。

「おーいい風」

さあっと土手を駆けあがっていく風が銀時の髪を揺らす。
くるくるの銀髪が夜空に映えて綺麗だった。

「『新ちゃんを解放しなさい、人間!』」
「…え?」
「って言われたっけなァ、お前と初めて会った時」

唐突に、ぽそりと呟くように銀時はそう言った。
マジで殺されるかと思った、と苦笑する。

「…殺すつもりだったもの」
「お前が言うとシャレになんねェよ!まァでも、そうだよなァ。お前らにとっちゃ、人間なんて害悪以外の何物でもないんだろ」

銀時の視線はどこか昔を懐かしむように遠くを見つめている。
そんな話をする銀時の真意がわからずに、妙は少し困惑する。
どうしたんですか、と言いかけて、上げた視線が銀時の紅い瞳と絡んだ。

(綺麗…)

ドキリと胸が鳴る。
でも視線は外さなかった。

「否定はしません。でも、今はみんながみんな悪だなんて思っていませんから」

先ほどの問いに小さくそう返すと、そうか、と銀時はかすかに笑って、妙の頭を撫でる。

「…酔ってるんですか?」
「んー?そうかもなァ」

ヘラヘラといつものように笑う銀時に、妙は眉を寄せた。

「銀さ」
「なァ、お妙」

妙の言葉を遮るように、銀時は妙の名を呼ぶ。
妙は大人しく銀時の次の言葉を待った。

「いいんだぜ、別に。連れて行っても」

銀時の言葉に、妙は目を見開いた。
誰のことを指しているのかは聞くまでもない。

こみ上げてきた感情の波を抑え込んで、妙はいいえと首を左右に振った。

「新ちゃんが自分で決めたんです。ここにいたいんだって、みんなと離れたくないって。新ちゃんが望んでるんだもの。だからこれでいいんです」

良かった、と妙は優しく目を細める。

「銀さん?」
「新ちゃんが、ねェ」
「何かおかしいですか?」
「お前は?」
「え?」
「…お前はどうなんだよ。新八が、じゃなくてよ」
「新ちゃんは私の全てだもの。あの子の望みは私の望みです」
「そうじゃねェ!」

突然声を荒げた銀時に、妙は目を丸くする。
銀時の表情にはっとした。

「銀さん…?」

いつも飄々としている銀時の、切羽詰まったような、縋るような、必死な表情。
初めて見るその表情に、妙は言葉を詰まらせた。

(そんな表情(かお)、しないで…)

「…っどうしたんです、急に。酔ってるならもう休んだらどうですか?」
「ああそうだよ!酔ってるよ!」

イラついたような銀時の声。
反論しようとした次の瞬間、強い力で引き寄せられた。

「…っ!」

驚きで声がつまる。
腕の中に閉じ込めるようにきつく抱きしめられて身動きが取れない。
伝わってくる銀時の体温に動揺した。

「酔ってんだ…。だから、これから言うことは酔っ払いの戯言だとでも思っとけ」

耳元で銀時の低い声がして、妙はふるりと身を震わせる。
いつものように殴り飛ばすことも出来ず、ただ銀時の腕の中でじっとする他なかった。

「お妙。なァ、少しでいい。お前の時間を俺にくれねェか」
「…?」
「俺は人間、お前は妖怪だ。俺たちは生きる時間が違う。俺はどんなに頑張ったって、せいぜい100年くらいしか生きられねェ」
「…な、にを」
「…好きだ」

銀時の言葉に、妙は息を飲んだ。
不意に涙腺が緩みかけて、必死でこらえる。
銀さん、と呼ぼうとして声にならなかった。

「好きなんだ。お前が。俺が死ぬまででいい。俺の傍にいてくれねェか」

銀時の言葉が、妙の鼓膜を震わせる。
こらえていた涙が頬を伝って、銀時の肩口に染みをつくった。

「お妙?」
「…っ、ず、るい…っ!」
「…あァ。ごめんな」
「人間、なんて…っ、きら、いですっ」
「…そうだな」
「だって、あな、たはっ、私を、…置、いていく…っ!」

なんて自分勝手なひと、と掠れた声で妙は呟いた。
妙、という銀時の優しい声が胸をしめつける。
本当は死んでしまうほど嬉しい。それでも、手放しでは喜べないことが悲しかった。
期限付きの幸せ。銀時を想えば想うほど、後で辛くなるのは自分だ。
なら、今まで通り主と式の関係でいい。
一線を越えなければ、銀時がいなくなった後、想いはきっと自然に風化していく。

だから、ずっと胸に秘めておこうと思っていたのに。
力強い銀時の腕。脈打つ鼓動。
触れられてしまえば、ギリギリの状態だった想いなど、容易く溢れだしてしまう。

「ひとりは、もう…っ、嫌です…!」
「お妙」
「置いて、いか、ないで…。ずっと…、一緒に、」

続く言葉は銀時の唇に阻まれた。
妙は咄嗟に抵抗するが銀時の力に敵うはずもなく、そのまま大人しく目を閉じる。

「…っは、銀さ」
「必ず逢いに行く」
「え?」
「どんな姿になっても、俺はまたお前を探し出すから」

真剣な瞳。
本気なのだ、と妙は思った。
その場の慰めや気休めではない。
本気で生まれ変わるとそう言っているのだ。

「…っ、馬鹿な男(ひと)」

人間のくせに生意気ですね、と妙は微笑む。
銀時はその笑顔を優しく見つめて、妙の瞳にたまる涙をぬぐった。
それから額にひとつ口付けて、そっと手を握る。

「…この酔っ払い」
「それはお前もだろーが」
「…信じて、いいんですか?」
「それはお前次第じゃね?」
「しまらない人ですね」
「うるせー」

照れたように顔を背けた銀時を横目で盗み見見て、妙は手を握り返した。

願わくは、繋がれたこの手が離れませんように。
絡めた指先に、ふたり、力を込めた。


繋いだ手の温度
(あなたの傍にいたいから)



Title:a dim memory



大変お待たせ致しました…っ!リクエスト下さったまりんさまに捧げます!遅くなって本当に申し訳ありません><。まだ覗いて下さっているでしょうか…?
切ないテイストになってしまいましたが、気に入って頂ければ嬉しく思います。
このネタにはちびっこ沖田さんの式として連れる土方さんとか無駄に裏設定があったりするので、また機会があれば派生話なぞ書いてみたいと思います^^裏設定なんて考えてしまう程、楽しく書かせて頂きました!^^素敵な設定のリクエストありがとうございました!


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