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ぱらぱらと降る霧雨が身体を濡らしていく。
髪から滴り落ちる雫を乱暴に着物の袖で拭いながら、妙は足を止めずに走る。

着物が濡れて重い。
しばらく走り続けていたせいでもうそんなにスピードは出ない。
追いつかれるのも時間の問題だ。

「…ハァッ、っ」

ひゅ、と喉が鳴る。
お妙、と叫ぶ声が後ろから聞こえて妙は眉を寄せた。
もうやめて、そんな声で私を呼ばないで、と思わず泣きそうになるのをぐっとこらえる。

「お妙っ!おい!」

近づく声。
曲がり角を曲がろうとして、足元にあった小石につまずいた。
あっ、と思った時には地面が目の前に迫っていて、濡れた地面に倒れ込む。

立ち止まっている場合じゃないのに、と妙は悔しさに顔を歪めた。

あの人にだけは捕まるわけにはいかない。
あの人だけは、駄目なのに…!

『銀時か俺か。選べなんて酷な話か?』

妙の頭にちらりとよぎる男の顔。
隻眼を細めて、俺はもう止まることができないと言う。

『お前が今持ってるもん全部と俺一人じゃ、賭けるもんが違いすぎらァ』

らしくもないセリフを口にして、視線は窓の外。

『進んで不幸になるこたねェさ。今ならまだ、俺はお前を離してやれる』

決してこっちを向いてくれなかった。
愛用のキセルから煙をくゆらせて、彼は笑っていたのだろうか。

爪が食い込むほどにに拳を強く握って、泥で汚れた着物にも構わずに、妙は立ちあがる。
そうして走り出そうとした妙の腕を、男が握った。

「…っ、どんだけ足速ェんだお前」

ハァハァと肩で息をしながら、男はまっすぐに妙を見る。
跡が付きそうな程強く、妙の腕を握って離さない。

「ぎ、んさん…」

さあああああ。
霧雨が二人の間を落ちていく。

(ああ、つかまってしまった)

この人にだけは、つかまってはいけなかったのに。

妙は顔を歪めて、うつむいた。

握られたままの腕が痛い。
離して、という声が掠れていた。

「離さねーよ。お前、自分が今何しようとしてるかわかってんのか?」

荒い息のまま、銀時が言う。
明らかに怒っていた。きっと、何も告げずにいなくなろうとした自分に対して。

(ごめんなさい、なんて言えない)

妙は拳に力を込める。食い込んだ爪の痛さが、妙の心をその場に押しとどめていた。

「…口出しなんかするつもりはなかった」
「……」
「相手があいつじゃなけりゃ、俺ァずっとお前を見守ってやれた」

銀時の銀色の髪が雨に濡れて光る。
絞り出したような声音が妙の心をちくちくとつついた。

「…少なくとも、こんな風にお前と向かい合うことはなかったはずだ」
「っ、」

妙はぎゅっと目をつぶって頭を振る。

そんなことは痛いほどわかっている。でも、それでも、彼を選ぶと決めたのだ。
ガンガンと鳴るように痛む頭を懸命に起こして、妙はただ一心に彼を思う。

(この人に会ったら、決意が揺らいでしまいそうで恐かった)

(この人は優しい。この人の傍は居心地が良くて、)

駄目だ、と妙は唇を噛む。
涙が溢れてしまいそうで、それを懸命に堪える。
泣いてしまったらもう先には進めない気がした。

「お妙」
「…離して銀さん」
「新八や神楽がどんだけ心配してると思ってんだ! 気付いてないとでも思ってんのか!」
「…っ!」

『姉上』
『アネゴ』

愛しい弟、妹分。

(私は、裏切ってるんだわ)

みんなを。この人を。

わかっていたはずなのに。
何よりも、他の何を捨てても、彼のそばにいたいと思った。
罰が下っても、彼と一緒に、いや、いっそ彼の手で殺されるなら本望だと思った。

それは本当だ。

なのに。

声が震える。
冷たくなってしまった手は感覚がなくて、もう痛みもわからなかった。

見上げた先の銀時は見たことのないような顔をしていた。
目が合って、銀時はそのまま腕の中に妙を閉じ込める。

ぎんさん、と妙が呼んだ。

「…やめろ!頼むからやめてくれ…!」

力の強さに声がつまる。
感じた体温に涙腺がゆるみかけた。

(駄目、だめ。私は…!)

「あいつは駄目だ。あいつは、あいつだけは…っ!」
「わ、たしは、」
「お妙、」
「ぎ、んさ」
「行くな、」

そう言って合わせた視線。
銀時の紅い瞳が不安げに揺れていて、母親に置いて行かれた子供のようだった。

お妙、と呼ぶ熱っぽい声。
ぎんさん、と掠れた声で応えた妙の頬を滑り落ちたのは、雨か涙か。



(ごめんなさい、)
(私はあなたを選べない)






Title: a dim memory





大変お待たせいたしました!フリリクをくださった由香里さまに捧げます!まだのぞいて下さっているでしょうか?お待たせしてしまって本当に申し訳ありません><。
原作で高妙←銀ということでしたので、かなりシリアスになってしまいました…。ほんとはもう少しギャグっぽく書こうかとも思っていたんですが、原作で高妙銀ときたらやっぱりシリアスかな?といつものところに落ち着きました。高杉さんがほぼ出てない上に銀さんが焦るというか縋る感じになってしまってすみません…。最終的にお妙さんがどちらを選んだのかは、ご想像にお任せします。由香里さまのご期待に添えているかどうかわかりませんが、気に入って頂けるとうれしく思います^^
もちろんリテイク等可ですので、何かありましたらお気軽にご一報くださいませ。
素敵なリクエストありがとうございました!


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