Free Request | ナノ


攘夷派の暴動や重なった出張で、気付けば一月(ひとつき)が過ぎていた。
非番も返上して働き続けていたせいで、妙と最後に会ったのはもう1ヵ月以上前のことだ。
恋人という関係になってしばらく経つが、こんなに長い期間顔を会わせなかったのは初めてかもしれない。
頭に浮かんだ少女の姿に、恋しさが募る。 土方は肺の中の煙を吐いて、灰皿に煙草を押しつけた。
机や床に積まれているのは、やっと思いで片付けた書類の山。
崩さないように多少の注意を払いながら凝った肩をほぐすように回した。

「副長、お茶持ってきました」

伸びをしていたところで障子の向こうから山崎の声がして、入れと短く返す。 机上にある最後の書類に目を通し、土方十四郎と署名した。

「お疲れ様です。進み具合はどうですか?」
「おう、丁度良かった。ザキィ、これ全部持ってけ」
「え?もう全部終わったんですか?」

渡された茶を受け取りながら、土方は書類の山を指さす。 驚く部下に後は頼んだと今しがたサインをしたばかりの書類を手渡した。

「さすがですねー。あれ、どこ行くんですか?」
「俺は午後から非番なんだよ。ちったァ休ませろ」
「ここんとこずっと働き通しでしたもんね。お疲れ様でした」

サボんじゃねーぞ、と背を向けた土方に、お妙さんによろしくお伝えください、と山崎が笑う。 苦虫を噛み潰したような顔で土方が振り返った。

「手土産は忘れない方がいいですよ」

山崎テメェ、と低い声を出すと、あからさまに肩を震わせて、書類の束を手に慌てて部屋を出ていった。

「…チッ」

照れくさい気持ちが半分、苛立ちが半分。 最近はミントンよりもあんぱんあんぱんとうるさい部下だが、さすがは優秀な監察方。妙なところで鋭いから困りものなのだ。 戻ったら仕事増やしてやると心に決めて、土方はそのまま屯所を出た。

私用で街を歩くのは久しぶりで、どこか浮足立つ。 行き先が恋人の家なだけあって、逸る気持ちはどうにもごまかせない。 週に一度は連絡していたが、やはり実際に会えないというのはなかなか堪える。
いつの間にこんなにハマったんだと苦笑しながら、恋人へのプレゼントを持つ手に力を込めた。
やや大きめの包みに入っているのは、出張で出掛けた先で見つけた藍色の羽織。コンビニで妙の好物高級アイスも購入した。 仕事で赴いた先で見かけた呉服店。 控えめにあしらわれた花模様が綺麗で、ふと立ち止まった。深みのある色味はきっと彼女に似合うだろうと。
柄ではないとわかっていたが、あまりわがままを言わない彼女を甘やかしてやりたいと思うのは男の性か。
あまり値の張る贈り物を受け取るのを良しとしない彼女だが、たまには悪くない。

いつもの癖でそれなりに街中へ目を配りながら、真っ直ぐに恒道館を目指した。 そうしてやってきた恒道館。 怒られるか殴られるか、はたまた“寂しかった”とでも言ってくれるのか。

妙の笑顔を思い浮かべながら門をくぐって、ふと足を止めた。
縁側の方に人の気配を感じて、土方はそのまま裏へ回る。
洗濯物でも取りこんでいるのかもしれないと、いつもの縁側を覗き込んでみたが、予想に反して障子はぴったりと閉じられていた。
日中は開けられていることが多いのに珍しい、と玄関へ向かおうとした土方の耳にごほごほとくぐもった咳が聞こえた。
縁側から上がり込むのは不躾かと思ったが、風邪でも引いているのかと思うと変に急いて、玄関まで戻る余裕はなかった。
上がるぞと控えめに一声かけて、障子をそっと開ける。

「妙、」

大丈夫か、と言いかけた言葉は最後まで紡がれることなく途切れた。

目の前で横たわる人物に思いきり眉間の皺を深くして、唸るような低い声でなんでテメェがここにいる、と問いかける。

「見てわかんね?風邪引いてんの」

悪びれもせず、銀髪の男は土方に向かってそう答えた。
土産を下げている手に力がこもる。
頭の上には濡らされた手拭。横には水の張った桶。

赤い顔でマスクをつけて、ごほごほと咳き込む銀髪は確かに風邪なのだろう。
しかし、土方が聞きたいのはそんなことではなかった。 問題は、何故この大嫌いな男が自分の恋人の家に上がり込んで、あまつさえ看病してもらっているのか、ということだ。

「げほっ、ごほごほ…っ。あー、しんど…。喉いてー鼻つまるー」
「もう、いい大人が風邪ごときで情けない声出さないで下さいな」

くぐもった鼻声で唸る銀時を凛としたソプラノが遮るようにたしなめる。 お盆に小さな土鍋と水の入ったコップを乗せて、妙が顔を出した。

「あら?土方さん、お久しぶりですね。お仕事は一段落したんですか?」

土方に気付いた妙が、まあ、と嬉しそうな声でそう言う。 苛立っていた気持ちが幾分か凪いで、ああ、と微笑んだ。

「お元気そうで良かった。すみません、居間で待っていていただけますか?後でお茶お持ちしますから。銀さんの風邪がうつったら大変だわ」
「俺は病原菌ですかー」
「似たようなものでしょう!もう、年に2,3度は風邪引くんだから…。自己管理くらいきちんとして下さい。神楽ちゃんや新ちゃんにまでうつったらどうするんですか」

だってよー、と反論し始めた銀時が大きく咳き込んで、妙が慌てて背中をさする。
大丈夫ですか、と言う妙の声は気遣わしげで、凪いだ土方の苛立ちがまた頭をもたげ始めた。

「ごほっ!げほ!んあ゛ーー…。無理。もう無理。しんどい。もう俺死ぬかも」
「死にません。大丈夫ですよ。お医者様もただの風邪だっておっしゃってたじゃありませんか」

甘えたように声を出す銀時に最大限の殺気を放ちつつ、土方は妙、と努めて普段通りにそう呼んだ。

「ごめんなさい、せっかく来て下さったのに」
「…いや。急に来て悪かったな」
「そんな、」
「お妙ー」

眉を下げて謝る妙に、土方もどうにか平静を保とうとするが、銀時の間延びした声に遮られどうしようもなく苛立ちが募った。
すみません、楽にしていて下さいね、と謝って妙は銀時の元へ戻って行く。
妙が悪いわけではないとわかっているが、仮にも男である銀時を家に上げて、献身的に看病する妙にも腹が立った。

「もう、なんですか?」
「くすり…。薬取って」
「待ってください、まだ何も食べてないでしょう?お薬を飲む前に何か食べないと良くないですよ」
「ん…、あんま食欲ない」
「わかりますけど、少しだけ胃に何かいれた方がいいですよ。新ちゃんがさっきお粥作っていってくれたので、半分だけでも食べましょう?」

幼子を諭すように、妙は銀時に話しかける。 妙はきっと誰が相手であってもこうするのだろう。 弟の新八であっても、妹のような神楽であっても、総悟にだってこんな風に接するのかもしれない。
少々乱暴だが、世話好きで面倒見のいい彼女。
それは妙の長所であるとよくわかっている。
でも、 苛立つものは苛立つのだ。
恋人が他の男に優しくしているところなんて、見ていて気分のいいものじゃない。
土方は自分の怒りのゲージが振り切れそうなのを必死でこらえて、渡しそびれた土産の包みを眺めた。

「ほら、銀さん」
「…じゃあ食わせて」
「もう、仕様のない人ね。はい、あーん」
「ん、」
「ちょっと待てェェェェェ!!!」

ダッツ溶けてんじゃねェかな、とぼんやり思っていたら、耳に飛び込んできた信じがたい会話。
慌ててツッコミを入れて視線を上げると、妙から差し出された蓮華にぱくつく銀時がいた。

「ふぁんはよふぉほふしふん(何だよ多串くん)」
「こら銀さん、食べながら話すと行儀が悪いですよ。ほら、口開けて」
「ん、」
「何甘えてんだテメェ!粥くらい自分で食えやこの天パ!妙もやり過ぎだろ!!」
「そうは言っても、」
「うっせマヨラーが!俺は病人なんだよっ、げほげほっ」
「もう、銀さん!扁桃腺が腫れてるってお医者様がおっしゃっていたでしょう?熱も高いんですから大人しくしてなさい」

銀時の背中をさすりながら、妙はコップを手渡す。
そこまでしてやる必要ないだろ、と大人げない疑問が頭に浮かんだのは、相手がこの男だからか。
土方の眉間の皺が一際深くなる。 怒鳴るわけにもいかず、やり場のないイライラが胸の内でくすぶっていた。

「…やり過ぎだろ」
「何ですかその言い方」

押さえきれない苛立ちが声にまで現れて、その好意的とは言えない物言いに妙もぴくりと眉を寄せる。

「いくら風邪だっつってもお前がそこまでしてやる必要ねェだろ」
「放っておけとおっしゃるんですか?ご心配なく。私はこの人のためにやってるんじゃありませんから。神楽ちゃんや新ちゃんにうつされたら困るからやってるんです」
「え、俺の扱い超ひどくない?」

売り言葉に買い言葉。 ついきつくなってしまった言葉に妙も負けずと言い返す。
漂い出した不穏な空気に銀時も眉をひきつらせた。

「そもそもなんで男を家に上げてんだよ。それに看病だァ?ふざけんな!女一人でいるときに男を家に上げる奴があるか!!」
「何ですかそれ!!だったらあんな狭いところにこんなマダオほったらかしにして神楽ちゃんや新ちゃんにうつってもいいって言うんですか!」
「そういうことを言ってんじゃねェよ!風邪引いてるっつてもこいつだって一応男だろうが!警戒心持てっつってんだよ!!それとも何か?こいつだからそんなに甲斐甲斐しく看病してやってんのか!?」
「…っ、!」

きつくなった語気にはっとしてももう遅かった。
一瞬傷ついたような表情をした妙に、土方が言い淀む。
妙、と呼ぼうとした土方に飛んできたのは罵声でも涙でもなく、妙の拳だった。

「ぐぉっ!!」
「お引き取り下さい」

横っ面に思いっきりグーパンを決められ、土方は縁側から外に吹っ飛ばされる。
にっこり、という効果音が付くほどに綺麗に笑った妙。
言い返す間もなくぴしゃりと障子を閉められて反論も叶わなかった。

「クッソ…。ってェな、」

殴られた左頬を手の甲で押さえれば、そこはもうすでに熱を持っていた。
平手ならまだ可愛げがあるものを、ためらいも遠慮もなく拳で思い切り殴ってくるあたり、妙らしいと言えば妙らしい。
じゃじゃ馬が、と忌々しげに言って大きく舌打ちをした。
振り切れてしまったゲージはなかなか元に戻りそうにない。
さすがに言い過ぎたかと思ったが、すぐ謝るのも癪だった。
そのまま黙って立ち上がり、恒道館を後にする。
苛立ちで沸騰しそうな頭を落ち着かせるように煙草をくわえた。
大きく吸って、そのまま扉にもたれかかる。

「…何やってんだ」

掠れた声に後悔と苛立ち滲ませて。

***


5時を少し回った、夕暮れ時。
陽が落ちるのが少し早くなったな、と妙は窓の外を見やる。空がもうオレンジ色に染まっていた。

「ちょっと、そんな哀愁漂わせてため息つかないでよ」
「え?」

呆れた声でそう言われ、妙はふと我に返る。
ごめん、と苦笑して視線を前に戻した。
まだ半分以上中身の残る紅茶のカップを手にとって一口飲む。
出勤する前にお茶でもしようかと同僚のおりょうとやってきた最近出来たばかりというカフェ。
落ち着いた雰囲気が素敵で、今度土方さんと来れたらな、なんて思って、喧嘩したことを思い出す。
無意識のうちに眉間に皺が寄った。

「眉間に皺なんて寄せちゃって。土方さんとなんかあった?」

思わずむせそうになって、妙は紅茶のカップを置く。 図星ね、と意地悪く笑うおりょうに妙はため息をついた。

「何よそのため息は。そんなに派手に喧嘩したの?」

普段なら何でもないと笑ってごまかせるのに、今日はどうしてかそれが出来なかった。 心配そうな表情のおりょうに、喧嘩したの、と告げる。

「喧嘩?珍しい。あんまり忙しいんで嫌気がさした?」
「違うわ。そうじゃなくて…、」

実は、と喧嘩のことをおりょうに話す。 そういえばもう1週間になるのかと妙はそっと目線を下げた。

ことの起こりをぽつぽつと話し始めて10分あまり。
妙から話を聞き終えたおりょうは、なるほどね、と言ってカップに残っていた紅茶をぐいと飲み干して、

「それはお妙が悪いわ」
とあっさりと言い放った。
「…どうして?」

努めて静かにそう問い返すと、おりょうは苦笑する。

「んー、まあ、お妙にそういう気持ちがないっていうのは土方さんもわかってるんだろうけどね。やっぱり彼女が他の男を家に上げて甲斐甲斐しく看病してるなんて、気分いいもんじゃないでしょ?」

土方さんになんて言われたんだっけ?とおりょうは優しく妙に聞いた。
言い合いになった時のことを思い出してイラっときたが、抑え込んで頭の中の記憶を探る。

「そもそもなんで男を家に上げてんだよ、とか…。あと、銀さんだから看病してやってるのかって。それを聞いてすごく腹が立って、つい殴っちゃったのよ」

眉間に皺を寄せる妙を見ておりょうはまた苦笑する。
きっと手加減なしで殴り飛ばしたんだろう。お気の毒に、と心の中で土方にそう言って、おりょうは妙を見た。

「確かに土方さんが言い過ぎたとこもあると思うけど、やっぱり今回のことは妙に非があるんじゃない?ほら、逆の立場になって考えてみなよ。もし久しぶりに土方さんに会いに行って、土方さんが自分んちで女の子を優しく看病してたらどうする?」

おりょうがそう言い終わると同時に、バキン、という音がしてカップの持ち手が砕けた。
通りかかったウェイトレスが、申し訳ありませんお客様、お怪我はありませんか、と慌てて新しいカップと紅茶を持ってくる。ついでにケーキセットのタダ券もついていた。
今のは100%妙の過失だとおりょうは思ったが、余計なことは言わないでおこうと冷や汗が浮かぶ顔に引きつった笑みを浮かべる。

「…ムカつくわ。すごく」

どす黒いオーラを発しながら、しかし妙は笑っていなかった。
むくれたようにすこし頬を膨らませて、悲しそうな、悔しそうな、そんな顔をしていた。

「…そんな顔するようになっちゃって」 「え?」

ぼそりと呟いたおりょうの言葉に、妙が顔を上げる。 不思議そうな顔をする親友に、おりょうは困ったように笑った。

(あんたが土方さんのことほんとに好きだってことよ)

惚気られた気分だわ、と心の中でまた呟いて、妙の眉間を人差し指で押さえた。

「なあに、急に」
「多分土方さんも、あんたにとって万事屋の旦那が家族みたいな存在だっていうのはわかってると思うわ。それでもやっぱり、“彼氏”としては気が気じゃないんでしょ。あんたはどうも思ってなくたって、万事屋の旦那はそうじゃないみたいだし?」
「…いい加減でどうしようもないマダオだけど、銀さんは大事な人よ。感謝だってしてる。あの人に会えたから今私はここにいられるんだわ」
「すっごい殺し文句…」
「でも、やっぱり土方さんへの好きと銀さんへの好きは違うのよ…」
「お妙、」
「それを“銀さんだから看病してやってるのか”って。確かにそうよ。銀さんじゃなきゃ家に上げたりしないもの。でも、神楽ちゃんにだって同じことをするわ。土方さんが思ってるような意味じゃないの」

いつになく饒舌な妙におりょうも少し面食らう。 色事には鈍い妙がこれほど正確に自身の気持ちを把握しているとは思っていなかった。

「銀さんだって同じよ。私と銀さんの間にはなんにもない。それをあんな風に言われて、腹が立って…」

自身に向けられる恋情までは把握できてないらしい。鈍いのは相変わらずか、とおりょうは苦笑する。
でもそれほどに、銀時は妙にとって大きな支柱のような存在なのだろう。 銀時に対する絶対的な信頼。土方はそれが面白くないに違いない。
万事屋の旦那頑張って、と内心同情しながら、おりょうは妙の額にでこぴんをかます。

「いたっ!何するの!」
「ちゃんと仲直りしなさいよ」
「…謝るわ。ちゃんと。ありがとう、おりょう」


そう言って笑う妙はいつもの妙で、おりょうもにししと嬉しそうに笑った。

(ごめんね万事屋の旦那。あたしはお妙の味方だからさ)



[ back to top ]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -