Free Request | ナノ


***

「親父ィ、コーヒー牛乳酎もう一杯〜」
「ほんと銀さんは変わった飲み方するねェ」

銀時の注文に屋台の親父が苦笑する。
コーヒー牛乳酎を手渡しながら、どうしたんだいと問うた。

「…何が?」
「長年いろんな人を見てきたからねェ。わかるもんなんだよ」

ほらよ、と小皿にあつあつのがんもと大根を乗せて銀時に差し出す。
銀時は一瞬目を丸くして、敵わねェなァ、と笑った。

「惚れた女の幸せを願うってのは難しいもんだなと思ってよ」
「なんだい銀さん、あんたにそんな人いたのかい?」
「ばっか銀さん超モテモテだからね?選り取りみどり選びたい放題だよ」
「はいはい」
「親父、熱燗くれ」
「おや、土方さん。久しぶりだねェ」

暖簾をくぐってやってきた人物に、銀時が言葉を切る。
親父が発した名前に慌てて振り返って、思いきり嫌そうに顔を歪めた。

「「げっ」」

綺麗にハモった声。
何だ知り合いかいと親父が楽しそうな声を上げる。
しばらく睨み合って立ち尽くしていた土方だったが、笑顔で熱燗を差し出され、しぶしぶ席についた。

「チッ、何でテメェがここにいやがる」
「それはこっちの台詞ですぅ。お前の顔見ながら酒飲むなんて御免だわ。視覚的にも味覚的にもマヨに犯される」
「あァん?上等だテメェ、」
「まあまあ、二人とも。ほら、土方さんもそんな怖い顔せずに座りな。たまにはいいじゃねェか。積もる話もあるだろう?」

親父の人の良さそうな笑みに銀時も土方もぐっと口をつぐむ。
互いを睨み付けて、ケッと顔をそらした。

「恋愛っつーのはなかなか厄介で上手くいかないもんだ」

カチャカチャ。
ぐつぐつ。

親父がぽつりと呟いた声が静かに屋台の中に響く。

「なに、親父にもそんな恋愛してた時期があったわけ?」
「そりゃああったさ。うちの母ちゃんは今はただのオニババだが昔はえらいべっぴんでなァ。何人もの男に言い寄られてたんだ」
「へェ。親父も二枚目だったってか?」

思い出話をし始めた親父に、銀時も土方も口角を上げる。
当然!と親父はにやりと笑った。

「でも俺には里に置いてきた女がいてなァ。女っつても結婚の約束をしたわけでも恋仲だったわけでもなかったんだが、俺はそいつが好きだった。だから最初は母ちゃんに興味はなかったんだよ。どっちかってェと嫌いだったなァ。えらい美人だったが気の強い女でよォ」

しつこく付きまとう男を張り倒してるのを見たときはさすがにたまげたよ。

苦笑しながらそう言う親父に銀時は引きつった笑みを浮かべて、ちらりと土方を見やる。

「なんかどっかで聞いたことある話じゃね?」
「……」

土方は黙って熱燗をあおった。

「でも何故か母ちゃんとは縁があってなァ。たまたま行ったスナックで働いてた母ちゃんに俺の兄貴が惚れちまって、尻を追いかけだしたんだ」
「「ぶふぉっ」」

げほげほと同時にむせこんだ二人を見て、親父は大丈夫かいとおしぼりを手渡す。

「え?なに、なんなの?昔から流行ってんの?そのシチュエーション」
「………」
「あんな女を義姉さんと呼ぶのは嫌だと俺は意固地になって、ますます嫌いになった。母ちゃんもその頃は俺が大嫌いだったって言ってたよ」

苦笑して、顔が綺麗なもんだから、凄んだ時の表情といったらそりゃあもうおっかなくてなァ、と親父が続けた。

「兄貴が母ちゃんを追いかけだしてしばらくたった頃、里に置いてきた女が死んだという知らせを受け取った」

親父の目がほんの少し翳りを帯びる。
銀時は親父の話にただ唖然として、なにこれなんの台本?と乾いた笑いをもらした。
土方も落ち着かない様子で熱燗の猪口を握っていた。

「結婚の約束はおろか、好きだと伝えたこともなかった。そいつが他の男と結婚するつもりだったと後から聞いて、どうしようもなく悔しかったよ。お前は幸せだったのか、捨てたも同然な俺のことを恨んでたのか、って何度も考えた」

「そうなの?」
「…黙れ」

「 それでも表面上は普段通りに過ごしていた。涙も見せず、仕事にも行った。そうしてるうちにまたしばらくたって、兄貴に連れていかれたスナックで、母ちゃんに会ったんだ。いつも通りの仏頂面で酒を飲む俺に、母ちゃんは『男がいつまでもうじうじと情けない。そもそも昔捨てた女がずっと自分を想ってくれてるなんて思うこと自体傲慢だわ』って言ったんだ」

「…そうなの?」
「………」

妙な沈黙が屋台の中に落ちる。
親父はそれを気にする風でもなく、人好きのする笑みを浮かべて土方の熱燗を交換した。

「で、親父はなんて答えたわけ?」
「腹が立って仕方なくてよォ。お前に何がわかるって、女相手だってことも忘れて胸ぐらつかんじまったんだよ。母ちゃんは怖がりもせずに真っ直ぐに俺を見てた。着物が乱れてるのも構わずに、じぃっとよ」

懐かしそうに、少し照れ臭そうに、親父は笑う。
その瞳には、彼が"母ちゃん"と呼ぶ女房に対する愛情が滲んでいた。

「思えばその時にもう落ちちまってたんだろうなァ」

ふぅん、と銀時が面白そうに相槌を打つ。
土方はただ黙っていた。

「そっからめでたく恋人同士ってか?」
「付き合い始めるまでそりゃあいろいろあったよ。兄貴と殴り合ったり、母ちゃんの弟に死ねとばかりに殴り倒されたり」
「そりゃぁ大変だったなァ」
「……」
「付き合い始めてから、俺は母ちゃんに夢中になった。母ちゃんの弟や昔馴染みの男にまで嫉妬して、柄にもなく焦ったりしてなァ」

惚れた方の負けってやつだな、と親父は少し照れたように頬をかく。

「恋をすると女は綺麗になるって言うが、男はてんで駄目だ。どんどん綺麗になってく母ちゃんのことが気が気じゃなくて、余裕なんてまるでなかった。カッコ悪くて仕方ねェ」

土方が猪口を一気にあおる。
銀時はそれを横目で見やって、自身も酒をぐっとあおった。

「好いた女が自分のとなりで笑っていてくれたらそれで満足なはずなのになァ。自分だけを見ていて欲しいなんて思っちまって、どんどん欲張りになっちまう」
「…親父。勘定、ここに置いとくぜ」

親父の言葉が終わると同時に、土方が立ち上がる。机の上に勘定には十分過ぎる額の金を置いて、そのまま背を向けた。

その背に向けて、銀時が土方くん、と呼び掛ける。黙って立ち止まったことを気配で感じたのか、銀時はそのまま言葉を続けた。

「…俺を家に上げたのはあいつじゃねェよ」
「……」
「信頼されてる自信はある。あいつにとって俺は家族みたいなもんだ。それ以上でも以下でもねェよ」

ぐつぐつ。
かちゃかちゃ。

ぐび、と銀時の喉が鳴る。

「でも、俺だってあいつが大事だ。あんまり泣かすようなことしてっと、本気出しちゃうから」
「…誰がやるかよ」

うなるような土方の低い声。
うまい酒だった、と小さく言って、そのまま足音が遠ざかっていく。

「銀さん、なかなかいい男じゃないか」
「…親父にゃ敵わねェよ」

末恐ろしいじーさんだぜ、と銀時はひとりごちて、熱燗、と笑った。

***
ガヤガヤと騒がしかった店内も、閉店近くになった今では比較的静かなものだった。
残っている客はあと数組で、両手があれば数えられる数だ。

今日はお客さんの引きが早いわね、と妙は相手をしていた客を見送る。
また来るよお妙ちゃん、という上機嫌なデレデレの声に、お待ちしてます、と営業スマイルで手を降った。

ふうとため息をついて、テーブルの片付けをしようと店内へと戻りかけた時、後ろに腕を引かれてつんのめる。
キッと後ろを睨み付けるように振り返ると、そこにいたのは喧嘩中の恋人だった。

「…よォ」
「…土、方さん」

突然のことに動揺して言葉に詰まる。
この人の上司はもう一時間以上前に引き渡した。迎えに来たこの人と顔を合わせずにすんで、どこかほっとしていたのに。

(わざわざ戻ってきたの?)
(何のために?)
(怒っていたんじゃないんですか?)

謝ろうと決心したはずなのに、口を開いてしまえば、また生意気なことを言ってしまいそうで怖かった。

「…もう上がりか?」

いつもより少し遠慮がちな土方の声。
伺うように妙の瞳を見つめた。

「…いいえ。まだ少しかかります。片付けがありますから」

一呼吸置いて、妙はゆっくりとそう答える。

この間はごめんなさい、と喉元まで言葉がでかかっているのに、どうして素直に口に出せないんだろう。

妙はそんな自分に腹立たしさを覚えながら、ぐっと拳に力をこめた。

「あの、」
「なァ、」

同時にそう言って、沈黙が流れる。
二人して黙りこんで、どうしよう、と妙が土方をちらりと見上げた時、くしゃりと頭を撫でられた。

「…待ってる。俺もお前に話があんだよ」

困ったような笑みを浮かべて、土方は妙に同意を求めるような目を向ける。
妙はそれに頷いて、土方を見上げた。

「じゃあ、すみません。少しだけ、待ってていただけますか?」

ぽん、と妙の頭を押さえるように撫でて、土方は背を向ける。
その背を暫し見つめて、妙も店内へと足を早めた。

***

「そういえば、それ、新調したの?」

おりょうの声に、妙は振り返る。
妙が今しがた身に付けた藍色の羽織を指して、似合ってるわよ、と笑った。

「あ、これは…、」

新しい反物の匂い。
喧嘩してしまったあの日、障子に立て掛けられた袋に入っていたものだった。
お前にじゃねーの、と銀時に促され、包みを開くと、そこにあったのは溶けかかった好物の高級アイスとこの羽織。

『妙へ
仕事先で見かけた。
最近時間が取れなくて悪い。
たまには受け取ってくれ。』

ひらりと落ちた葉書には、綺麗な字でそう書かれていた。
裏返すと、その地方の名所なのだろう、美しい蓮の浮いた池と赤い橋。

それを読んで、自分がどう思ったかなんて、あの人は知らない。
何故か、思わず泣きそうになってしまったなんて。

妙はそこまで思い出して、贈り物なの、と柔らかく微笑む。

「ふーん?なるほどね」

さすがね。いいセンスしてるわ。

ニヤニヤと笑いながらおりょうはそう言って、頑張んなさいよ、とお妙の背を軽く叩く。

全て気付いているのだろうおりょうに照れくさそうな笑みを浮かべて、ありがとう、と返した。
おりょうに見送られ、妙はそのまま足早に店を出る。

煙草をふかす土方の姿を見つけて、駆け寄った。

「ごめんなさい、お待たせしました」
「いや…、」

妙の姿をみとめて、土方は目を見張る。
見覚えのある羽織に、お前それ、と声が漏れた。

「…似合いますか?」

少し照れたように妙が聞いて、土方が煙草の火をもみ消しながら、あァ、と短く返事をする。

「…アイスも新ちゃんと美味しくいただきました」

遅くなってしまいましたが、素敵なお土産ありがとうございます。

妙が笑う。

たえ、と口を開いた土方の声を、ネオン街の喧騒が遮った。

途切れてしまった会話。
互いにどこか距離を計りかねて、沈黙が落ちる。
煙草をもみ消した土方が、送ると言いながら差し出した手を遠慮がちに握った。

「……」
「……」

謝るタイミングを探りつつ手を引かれたまま歩き始めて数分。
普段はさして気にもならないはずの沈黙が気まずい。

謝るって決めたでしょう、と妙は自身に語りかけて、よし、と心の中で大きく深呼吸をした。

それから、

「土方さん」
「なァ、妙」

被さる声。

またか、と思って見上げると、土方も珍しく困ったような顔をしていた。

二人して何してるのかしら、と妙はおかしくなる。
握られたままだった右手をそっと解いて、両手で包み込むように握り直す。少し力を込めて握って、土方の目を真っ直ぐに見つめた。

「この間はごめんなさい、土方さん」

言えた、と妙はほっと胸を撫で下ろす。
妙に気恥ずかしくなってうつむいた瞬間、強い力で引き寄せられた。

「ちょっと土方さん!ここ外…っ!」
「こんな時間に誰もいやしねーよ」

細い腰を抱き寄せて、土方は妙を腕の中に抱き込む。
焦ったような妙の声にも耳を貸さず、腕に力を込めた。

「先越されちまったが、すまん。俺も悪かった」

僅かに緊張した土方の声音。妙はそれを感じとって、大人しく土方の背に手を回す。

「おりょうに言われました。もし私が土方さんと久しぶりに会って、土方さんが部屋で女の子を看病していたらどう思うかって」

久しぶりに感じた愛する人の体温に、妙はそっと目を閉じる。

「そんなのムカつくって、許せないって思ったんです」

だから、ごめんなさい、と妙は続けた。
土方は黙って頷きを返す。

「お前がアイツ何もないってことは、わかってる」

でも、二人きりにはなるんじゃねェ。

苦々しげにそう言う土方に、妙はわかりましたと返した。

「それはやきもちかしら?」
「…は?」
「土方さん?」

観念しろという妙の視線に、土方はわずかにつまる。
照れ隠しに違うと言ってしまいそうになるのをぐっとこらえて、そうだよ悪いか、と小さく言った。

それを見てくすくすと、でも嬉しそうに笑う妙。
土方は深く息をついた。

「…恋愛は男を駄目にするって、本当だな」

小さくそう呟いた土方の背をそっと撫でて、妙はなあにそれ、と笑った。

「自分が駄目だとおっしゃるの?鬼の副長さんが随分しおらしいことを言うのね」
「お前が笑うのも泣くのも俺の隣だけでいいなんて、そんなことを、」

思っちまう俺は、相当イカれてる。

掠れた声でそう続けて、土方は腕の力を強める。
その腕の中で、妙は目を見張って、ひじかたさん、と呼んだ。

「妙」
「はい」
「…好きだ」

妙がはっと息を飲む。
ぎゅっと隊服をつかんでうつむいた。

「…土方さんじゃないみたい」
「うるせェ」

小さな声で言い返して、妙、と顔を覗きこんだ土方はぴたりと手を止める。

視線に気付いた妙が慌てて顔をそらすが、肩を掴まれてそれも叶わない。消えそうに小さな声で離して、と言った。

「…妙」
「や…!」

目の前の妙は見たことがないほどに真っ赤で、どうしようもなく愛しさが増す。

衝動のままに口付けて、反論ごと飲み込んだ。

「…ふ、ぁっ、」
「煽ったのはお前だぞ?」

唇を離して、荒い呼吸の妙ににやりと笑いかける。
それから耳元で、よく似合ってる、と囁いた。

涙目で睨み付けてくる妙の目尻にキスを落として、そういう顔をさせんのも俺だけでいい、と土方は満足そうに目を細める。

物言いたげに自身を睨む妙を宥めるように額にもちゅ、とキスをして、帰るぞ、と手を引いた。

背を向けた土方に、妙はそっと額を寄せて、

「…私だって、あなたが好きですよ」

すねたように小さく、妙は土方の背に向かってそう言う。

「は、…?」

それから、土方が反応するよりも早く駆け出した。

「なっ、待ちやがれ!妙!」

頬をやや赤く染めて、土方は駆けていった妙を追いかける。





走って、


追って、


捕まえて、


抱き締めて。




そうして、寄り添う二人を顔を出し始めた朝日が照らしていた。


いつだって、好きです
(お前の隣は誰にも譲ってやらない)

title:ひよこ屋





大変遅くなりまして申し訳ありません…っ!リクエスト下さった匿名さまに捧げます。リクエストを頂いた際も記載漏れ等でご迷惑をおかけいたしまして、本当に申し訳ありませんでした…><。まだのぞいてくださっているでしょうか?土方視点というご希望だったにも関わらず、お妙さん視点とごっちゃになってしまってすみません…;随分長めの話になってしまいましたが、気に入っていただければ嬉しく思います。二枚目男前な土方さんが年下のお妙さんを相手にやきもきしたり悩んだりってたまらないです^q^← やきもちをやく土方さん、楽しく書かせていただきました!
もちろん返品、リテイク希望可ですので、何かありましたらお気軽にご一報くださいね^^素敵なリクエストありがとうございました!



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