Free Request | ナノ


万事屋に出勤する新八をいってらっしゃいと送り出し、 長雨のせいで溜まっていた洗濯物を干して、 今日は買い物でも行こうかしら、とお茶で一息ついていたところにかかってきた一件の電話。

もしもし、と妙が出るなり、姉上!という弟の焦ったような声が響いた。
何があったのか、ひどく慌てている様子の弟に妙はどうしたの新ちゃん、落ち着きなさいと諌めるようにそう言う。

すみません、と弟は謝ってきたが、とにかく万事屋に来てくれと言う。
口で言っても信じてもらえないだろうから、とつけ足して、お願いしますと困惑のにじむ声で告げた。
電話口の後ろが少し騒がしい。
神楽の銀ちゃん、という震えたような声が聞こえて、妙はすぐ行くからと返事をして電話を切った。

手早く身支度を済ませて家を出る。

銀ちゃん、と呼んだ神楽の声にいつもの元気はなかった。
もしかしたら銀時に何かあったのかもしれない。
いつもだらしのない新八の雇い主を頭に思い浮かべて、妙は眉間に皺を寄せる。
また黙ってふらっと出ていって、あの子達に心配をかけさせるようなことをしたに違いない。

あの天パが、と悪態をついて妙はそのまま万事屋へ急いだ。

***

「…で、これはどういうことなのかしら?」

ぴきりと顔に青筋を浮かべて、妙は笑顔でそう言った。

「お、落ち着いてください姉上!違うんです!姉上が想像してるようなことじゃないんです!」
「いいのよ新ちゃん、あんな天パのことなんてかばうことないわ。やっぱりあの人は脳みそまでくるくるしてたのね。こんな子供を残して蒸発するなんてどこまで最低なのかしら。神楽ちゃん、明日からはうちにいらっしゃいね。こんなところにいたら、」
「アネゴ違うアル!あの子は銀ちゃんネ!」

にっこり、と笑みを深めた妙を神楽が慌てて遮って、視線の先にいた男の子を指さす。
神楽の言葉に妙はえ、と口をつぐんだ。

目の前の小さな男の子をじっと見つめる。
おそらく5、6歳だろう。大きな目にきつい光を宿していた。
銀髪のくるくるの天パに、紅い瞳。
見れば見るほどそっくりで、この男の子が銀時なのだ言われれば納得が出来ないでもないが、理解はできない。
どこぞでこさえてきた子供なのだと言われれば納得も理解もできるのに、しかしそうではないらしい。

「信じられないっていうのはわかります。でもあの子は銀さんなんです!」

新八がそう続けるが、信じられなくて当然だろう。
疑うまでもなく、銀時はちゃらんぽらんでまるでダメなおっさん、略してマダオへの道をひた走っていたようなどうしようもない大人だったのだ。
不器用で変に意地っ張りで、面倒くさいと言う割に、全部掬いとっていくような、馬鹿な男。

――――だったはずである。

「…あの子が、銀さん?」

なんの冗談?と視線で二人に問い掛けるが、新八と神楽の目は真剣そのもので、冗談を言っているようには思えなかった。

ということは、警戒心剥き出しでこちらを睨み付けているこの男の子は、銀時本人だということになる。

「…銀さん、なの?」
「近寄んな!!」

妙が小さく名を呼ぶと、吠えるように叫んだ。
その語気の強さに妙も思わず肩を揺らす。
朝からずっとこの調子なんです、と新八が言った。

「銀ちゃん私たちのこと覚えてないアル…」

神楽の青い瞳が寂しそうに揺れている。
不安げに眉を寄せる神楽の頭を妙は優しく撫でた。
アネゴ、というすがるような声に大丈夫よ、と微笑みを返す。

何がどうなって小さくなったのかはわからないが、今の銀時には大人だった頃の記憶は残っていないらしい。
記憶ごと後退してしまっているのだとしたら、今の自分たちは突然現れたただの他人だ。
それにしても、この拒絶のしようはあまりにも激しすぎる気がした。

自身のことをあまり多くは語らない銀時の過去が少し垣間見えた気がして、ツキリと妙の胸が痛む。

こんな形で知っていいようなことではないはずなのに、と妙は心の中で銀時に詫びた。

変わらずこちらを睨み付けている男の子に向かって、妙は歩を進める。

姉上。アネゴ。と焦ったように二人が呼んだが構わずに進んだ。

拒絶されないギリギリの距離をとって、目線を合わせるように膝を折る。

まるで全身の毛を逆立てて威嚇する猫のようだと妙は思った。
じっと正面から視線を合わせ、紅い瞳に不安の色が浮かんでいることに気付く。

「あなたの名前は?」

静かに妙がそう問う。
少年は自分の身を守るようにぐっと体を固くして、睨むように妙を見た。

静かで重い沈黙が流れたが、妙は辛抱強く待つ。ただじっと、不安げに揺れる瞳を見つめていた。

「…ぎんとき」

そうして1分とも10分ともわからない時間が過ぎ、少年が小さく口を開く。
その声に、新八と神楽が安心したように息をついたのがわかった。

「そう、ぎんときくん。私は志村妙っていうの。こっちは私の弟の新八、こっちの女の子は神楽ちゃんよ」

ぎんときはおずおずと後ろの二人に視線を移す。
その瞳にはまだ警戒の色が残っていたが、"近寄るな"と言っていた時に比べれば随分ましになった。
その変化に心底安堵して、新八と神楽も優しく笑いかける。

「もうすぐお昼の時間ね。さあ、ご飯にしましょうか。ぎんときくんは何が食べたい?」

微笑んだ妙を面食らったように見つめて、ぎんときは小さくまんじゅう、と答えた。

***

おいしそうに饅頭を頬張るぎんときを妙は優しく見つめる。

お饅頭じゃ昼ごはんにはならないと諭すときょとんとした顔をしていたが、新八が作ったオムライスに目を輝かせていた。

万事屋への依頼で神楽と新八は出掛けていったが、少し寂しそうに二人を見送っていたぎんときを思い出して、笑みを浮かべる。

妙にも警戒する様子はなくなり、今は饅頭に夢中だ。

ふう、と妙は息をついて、テーブルを振り返る。
そこにあるのは錠剤が入った小さな瓶で、ラベルにはこう書いてあった。

『ワカクナール〜気になるあの子と夢のひとときを〜』

なんとも捻りのない名前に鼻白むが、ようするに、この薬を飲めば一時的に若返ることが出来るというものらしい。

新八と神楽がいつまでたっても起きてこない銀時を起こしにいったら、件のメス豚ストーカーがハアハアとカメラで小さくなった銀時を連写していたという。
とりあえず二人でぼこぼこにして問い詰めると、なんでも天人が作った舶来の薬で、今ひっそりと出回っているとか。効力は半日〜1日程度で、時間がきて自然に元に戻るのを待つしかないという。
小さくなった銀時を連れ帰ろうとするストーカーを叩き出したのはいいが、一連の騒音で目を覚ましたぎんときは近寄るな殺すぞと叫んでとりつく島もない。
慌ててストーカーから取り上げた薬のラベルを読むと、稀に記憶まで後退することがあるという注意書き。
困り果てた二人が助けを求めて妙を呼んだというのが今回の経緯らしい。

なんとも厄介な問題ごとを引き起こしてくれたものである。

妙は大きくため息をついて、視線を前に戻した。

隣から視線を感じて、どうしたの、と問い掛けるとぎんときははっとしたように饅頭を口にいれた。

「ふふ、口の周りが真っ白よ」

饅頭の粉で顔半分を真っ白にしてむぐむぐと懸命に口を動かすぎんときを妙は優しく見つめる。

口の周りを拭いてやり、少々べたべたになっていた小さな手もお手拭きでそっと包むようにして拭ってやった。

「ほら、綺麗になった」

きょとんとしてぎんときが妙を見上げる。
ふわふわの銀色の髪をそっと撫でて、いつもより柔らかいその感触に頬を緩ませた。

「綺麗な髪ね。ふわふわで、キラキラしてて。とっても素敵だわ」

いつもの銀時を目の前にすれば決して言えない言葉も、ぎんとき相手なら素直に口に出来た。
かわいい、と妙は目を細めて笑う。

そんな妙をぎんときはただただ目を丸くしてじっと見た。

「おまえ、怖くないのか?」

小さく告げられたその言葉に、妙も目を丸くする。
どうして、と聞き返した。

「みんな、俺のこと鬼っていうから。この髪も紅い目も、みんなとは違う」

淡々と、ぎんときはそう言った。
悲しさも寂しさも、その声には滲んでいない。
それが当然であるというように、ぎんときは続ける。

「"鬼は外"だから」

すべてを諦めたような目で、ぎんときは笑った。

妙はその笑顔にぐっと口をつぐむ。
胸が痛かった。

可哀想だと思う。
しかし、同情ではなかった。

当たり前のように、自身は鬼で、"鬼は外"なのだと何の躊躇いもなく言い切った小さな銀時を抱き締めて、教えてやりたい。

自分が教えてあげる、なんて傲慢なことを言うつもりはない。
この子が、この人が抱える傷を自分ごときが癒せるだなんて思っていない。

ただ、知ってほしかった。

今のあなた――大人になったあなた――は、立派だとは言えないけれど、たくさんの人に必要とされて、愛されているのだと。

あなたは鬼だなんだと言われた過去も全部受け止めて、それでも前を向いて歩いて来られた強い人なのだと。

鼻の奥がツンとする。
零れそうになった涙をこらえて、妙は笑ってみせた。

「こんなかわいい鬼がいるもんですか」

銀さん、と小さく呼んで、ふわふわの銀髪を撫でる。

「あなたの銀色の髪も、その紅い目も、私は大好きよ。私たちとなにも違わない。あなたはとっても優しくて、強い男の子だわ」

ひゅ、とぎんときの喉が鳴った。
うつむいたぎんときを妙はそっと抱き寄せる。

昔弟にしてやったように、やさしく背をたたき、大丈夫、と繰り返した。

「あなたはきっと、これからたくさんの人に出会うわ。辛い思いだってたくさんするかもしれない。でも決して、自分が人と違うからだとか、"鬼"だからだなんて思わないで。辛い気持ちも悲しい気持ちも、いつかきっと肥やしになるわ。絶対にあなたを受け入れて、導いてくれる人に出会えるから。どうか、諦めてしまわないで」

ねえ銀さん、私はあなたが大好きですよ。

心に浮かんだ言葉は飲み込んで、いい子ね。あなたは優しい子。と小さな背中を撫でてやる。

「…っ、ぅ」

小さく肩を震わせて、ぎゅっとしがみついてくるぎんときを妙は優しく抱き締めた。

***


「ただいま戻りましたー」
「アネゴ、銀ちゃん、ただいまヨー!」

万事屋の玄関から元気よく戻ってきた神楽が、居間の扉を勢いよく開けかけて、ぴたりと止まる。
どうしたの、と後ろから新八が問い掛けて居間を覗きこんだ。

「あ」
「銀ちゃんとアネゴ、よく寝てるアル」

にしし、と笑って、しー、と人差し指を口に当てる。
頭を互いに寄せあって眠る二人を見つめて、戻って良かったアル、と嬉しそうに笑った。
距離の近い二人に新八はやや不服そうな顔をしたが、仕方ないとため息をついてそっと毛布をかけてやる。

「神楽ちゃん」
「何アルか?」
「このまま夕飯の買い物に行こうか」
「ふーん?新八も大人になったアルな?」
「なっ、そんなんじゃねーし!」

頬をやや赤く染めてそっぽを向いた新八を後ろから軽く叩いて、さっさと行くアル!と手をとる。
待ってよ神楽ちゃん!と新八が後に続いた。

***


「…うるせーし」

ばたばたと二人が出ていったことを耳で確認して、銀時は目を開ける。
隣を見やると、妙は気持ち良さそうに寝息をたてていた。

起きる様子のない妙に安堵して、銀時は毛布をかけ直してやる。
自身の肩に妙の頭を引き寄せて、ぽんぽんと撫でた。

「…世話かけたな」

銀時の中に残る淡い記憶。
それは、自分が師と呼ぶ松陽に出会う少し前の、不思議で、泣きそうなほどに優しい記憶だった。

『こんなかわいい鬼がいるもんですか』

『随分とかわいい鬼がいたものですねェ』

二人の声が重なって、銀時の中に落ちる。

忌み嫌われて、疎まれることしかされていなかった自分を、優しくて強い子だと言って笑ってくれた女の人。
大嫌いだった髪と目を、綺麗だと、好きなのだと言ってくれた。

「辛い出来事もいつかきっと肥やしになる、か…」

お前はそうやって、生きてきたんだな、と銀時は妙の髪をそっとすくように撫でる。

「あのねーちゃんは、お前だったんだな」

今作られた記憶だったとしても、妙に言われた言葉はしっかりと銀時の中に根付いていた。

松陽先生に会うまでどうにか生き延びることが出来たのは、きっと妙に逢ったおかげだ。

おぼろげになってしまっていた女の人の影が、ぴたりと妙に重なった。

優しく自分を抱き締めてくれた彼女の手の暖かさは、今も自分の中に残っている。

あの時自分は誓ったのだ。
自分を受け入れて笑ってくれた彼女を護ることの出来る、強い男になると。

「結局全部お前に繋がってたってわけか」

なにこれ運命?と銀時は可笑しそうに笑って、妙の寝顔を見つめた。

「なァ、お妙さんよォ。俺はお前がずーっと好きだったんだぜ。ガキんときからずっと、お前を探してたんだ」

やっと逢えたな。お妙。

銀時はさらりと妙の前髪を撫で、妙が寝ていることを確認して、ちゅ、と額に口づける。

「お前には一生勝てそうにねーわ」

ありがとう、と一際幸せそうに笑った。



絶対に幸せになんて約束はできないけれど
(もう決めた。君と共に在る未来が欲しいんだ)


title: a dim memory



大変お待たせ致しました…!お待たせしてごめんなさい!><。リクエストを下さった匿名さまに捧げます!
変な薬の出所はさっちゃんにお願いしました^^直接的な描写がなくてすみません;;ご期待に添えているでしょうか…><。もっとほのぼのな雰囲気をお求めでしたらほんとに申し訳ないです。。。銀さんの記憶を後退させるかそのままにするかかなり悩んだのですが、悩んだ末に記憶ごと後退させるという方を選びました。しかしこっちを選んだせいでとんだシリアスに;銀さんの初恋がめぐりめぐってお妙さんだったらいいなあなんていう妄想を詰め込みました←
気に入っていただけると嬉しく思います^^もちろん返品・リテイク希望可ですので、何かあればお気軽にご一報ください^^
素敵なリクエストありがとうございました!




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