スクーターが出せる限りの最大速度で、銀時と妙は病院を目指した。
病院名は報道されていなかったが、恐らく大江戸病院だろう。
ここかぶき町で一番大きな病院と言えばそこしかない。
ニュースを聞いたのか、夜中にも関わらず人通りは多い。
事件があったという通りに向かって、人だかりが流れていった。
それを横目で見ながら、銀時は舌打ちをする。
痛いくらいの力で自分につかまる妙の手が震えていることに、銀時は気付いていた。
(クソッ!こんなとこでくたばんじゃねェぞ…!)
通りを右に曲がると、大きな病院が見えた。
目的地はすぐそこだ。
銀時はハンドルを握りしめ、思い切りアクセルを踏み込んだ。
キィィィ
悲鳴を上げるブレーキにも構わず、スクーターを乗り捨てて妙の頭からヘルメットを取った。それもスクーター付近投げ捨てて走る。
病院の前に止まる何台もの救急車が二人の不安を煽った。
バタバタと忙しく駆け回る救急隊員と医者たちの怒鳴るような声が飛び交っている。
病院内にストレッチャーで運び込まれる黒服と和服の男たち。
血だらけで苦しそうにうめく様子に胸が痛んだ。
想像以上の被害の大きさに、妙も銀時もただ呆然とする。
ふと、そこに見知った顔を見つけて慌てて駆け寄った。
「山崎さん!」
「ジミー!」
頭には包帯、腕や足から覗く傷が痛々しい。
妙と銀時は息を飲んだ。
「山崎さん!しっかりして下さい!山崎さん!」
「…う、ぁ…ね、え…さ…ん?だ、んな?」
「そうです!私です!山崎さん!」
差し出された震える手を妙は強く握る。
山崎は安心したように笑って、ねえさん、と弱々しく呼んだ。
「いって、あげ…て、…さい。ふ、く…ちょ…が」
「…ええ。必ず。頑張って、山崎さん…!」
ふっと気を失った山崎を救急隊員が病院の奥へと運んでいく。
心配そうに山崎を見送る妙の肩に手を置いて、行くぞ、と銀時が促した。
「アイツは大丈夫だろ。真選組の監察やってるくらいだからな。生命力は強いだろうよ」
銀時の言葉に妙は頷いて、走り出した。
そこここにいるレポーターやカメラの隙間をくぐり抜ける。
たどり着いた入り口に立っていたのは真選組の制服を着た平隊士で、彼らの顔にも色濃い疲労が浮かんでいた。
「…姐さん?」
「なんで姐さんがこんなところに…」
隊士は妙を見つけると、驚きながらも疲れた顔をわずかに緩ませる。
妙はそれに応えるようにそっと微笑んだ。
「通してもらえませんか?」
「え?」
「あの人に…土方さんに、会いに来ました」
妙の言葉に、隊士は目を丸くする。
顔を見合わせて僅かに逡巡するが、どうぞ、と笑って道を開けた。
「姐さんを門前払いしたなんて局長に知れたら、きっと切腹もんです」
「姐さんが来たとあっちゃ、副長もおちおち寝てられないでしょう」
お願いします、と隊士二人は頭を下げる。
ありがとう、と妙は笑って、ドアをくぐり抜けた。
一番奥の手術室です、と隊士が銀時に耳打ちする。
わかったと頷いて、妙の後を追った。
薄暗い病院内をひたすら走る。
時々医者や看護婦が慌ただしく指示を飛ばす声があちらこちらから聞こえてきた。
廊下の突き当たりを左に曲がると、手術中と点灯した赤いランプが見えた。
その前に座り込む数人の影。
バタバタと走る音が静かな廊下に反響する。
その音に気付いた一際大きな人影が顔を上げた。
「お妙さん!?万事屋!?」
近藤が驚いて立ち上がる。
その声に、原田も顔を上げた。
二人も傷だらけで、あらゆるところに包帯やガーゼが当てられていた。
心配そうに眉を寄せた妙に、近藤は優しく笑いかける。
「大丈夫ですよ。こんなのかすり傷です」
「俺たちゃ頑丈ですから!」
無理をしているのは一目でわかった。
近藤も原田も目が赤い。
衝動で飛び出して来たのはいいが、自分には何も出来ない。
(なんて浅はかなの…)
己の至らなさに妙はぐっと唇を噛んでうつむく。
「…トシに会いに来てくれたんですか?」
静かにそう言った近藤に、妙は驚いて顔を上げた。
妙の不安げな瞳を、近藤は真っ直ぐに見つめ返す。
「こりゃあ百人力だ。トシも心強いでしょう」
ありがとうございます、と近藤は笑う。
近藤の笑顔に、妙の心が少し軽くなった。
大丈夫だと言うように、銀時が妙の頭を撫でる。
短く頷いて、前を向いた。
視界の端に移った人影に、妙は目を凝らす。
妙の視線に気付いた近藤が、振り返って総悟、と呼んだ。
「沖田さん…?」
刀を抱えてうずくまる人影に、妙は近づいて恐る恐る声をかける。
何の反応も示さない沖田らしき人物に、妙はもう一度呼びかけた。
ゆっくりと顔を上げたのはやはり沖田で、でもその目は何も写していなかった。
頭に巻かれた包帯と顔の大きなガーゼ、三角巾で吊された左腕。
怪我だらけの沖田に、妙は息を飲んだ。
もう一度、震える声で呼びかける。
「ね、…えさ…ん?」
小さく発せられたその言葉に、妙はそうですよ、と優しく返した。
焦点の合っていなかった瞳がぼんやりと妙を捉えたのがわかった。
「…っ!」
妙を認識した沖田は怯えるように顔を背ける。
明らかに様子がおかしい。
沖田さん、と呼びながら顔を覗き込む。
目が合った途端、沖田の瞳からぼろぼろと涙がこぼれた。
「…っ!…ねえさっ…、姐さ、んっ!すいやせん…、すいやせん!俺ァ、」
謝り続ける沖田に、妙は努めて優しい声音で問いかける。
「どうしたの、沖田さん。どうして謝るんですか?」
妙の声にびくりと身を震わせて、俺のせいだ、と沖田は喉から絞り出すような声で繰り返した。
「…俺を、かばっ、て…アイツァ…っ!すいやせん、すいやせん姐さん…!お、れの、俺のっせ、いです…っ!」
「…っ!」
糸が切れたように声を上げて泣き出す沖田。
土方が怪我をしたのは自分をかばったせいなのだと沖田は途切れ途切れに妙にそう言って、謝り続けた。
もうやめろ、と近藤も原田が沖田を諫めるが沖田は首を振る。
「沖田さん、落ち着いて。大丈夫、あなたのせいなんかじゃないわ」
「違いまさァッ!俺のっ、俺のせいなんでィ!」
「総悟、いい加減にしろ!」
「…っぅ、俺ァアンタに顔向けがっ、出来ねェ…!土方さんがっ!…これでもし、土方さんが死んだら、俺は、どうやってアンタに詫びれば…っ!」
「総悟!!」
近藤が沖田につかみかかろうとしたのと、妙が沖田の頬を打ったのは同時だった。
バシン、と乾いた音がして、そこにいた全員が目を丸くした。
沖田は平手打ちされた頬を押さえて、ただ呆然と妙を見つめ返した。
「しっかりしなさい!あなたがそんなことでどうするの!」
妙の怒りをはらんだ声が廊下に響き渡る。
沖田も、銀時も、近藤も、原田も、誰も何も言えなかった。
「あなたをかばったこと、あの人は絶対に後悔なんてしてないわ。もし今ここで死んだとしても、本望だって笑うでしょう。でも、あの人はこんなところで終わるような人じゃない。そんなの、あなたが一番わかってるでしょう!?あなたがそれを信じなくてどうするの!」
しっかりしなさい、と妙はもう一度繰り返す。
沖田の肩を掴む手が震えていた。
「あ…ね、姐さん…す、いやせん、俺…っ」
わあわあと泣き出した沖田を支えるように強く抱きしめて、妙は大丈夫よ、と耳元で繰り返した。
子供のように泣き続ける沖田の背中を撫でながら、誰もあなたを責めたりなんかしないわ、と優しく笑う。
「信じましょう。今はそれしかできないわ」
妙の言葉に、沖田が腕の中で小さく頷いた。
他にはなにも望まないから(お願い、逝かないで)
title: a dim memory