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『御見舞 真選組一同』と書かれた大きな包みを手に、妙は眉を下げた。
代表で見舞いに来たと銀時と入れ替わりにやってきた沖田が差し出したのは、ひとり分の見舞いの品にしては大きすぎる包み。しかも、美味しいと評判の和菓子屋のもの。有名な和菓子職人が作るそこの店はいつ行っても混雑していて、なかなか手に入れられないと有名だった。

「いただけないわ。こんな上等なもの…」

雑誌やテレビに出る程の有名な店。当然それなりの値段はするだろう。
こんな大層な物はもらえないと妙は固辞して包みを沖田に返した。

「まァそう言わねェで受け取ってやって下せェ。それでも、控えめになった方なんですぜ。俺とザキが止めてなきゃァ今頃この部屋に入りきらねェくらいの見舞いの品が届いてたはずでさァ」

持って帰るわけにもいきやせんから、と沖田は苦笑して頭を下げる。
あながち冗談でもないのだろう沖田のその言葉に、妙は思わずため息をもらした。
確かにあのストーカーなら確かにやりかねないと容易に想像できてしまう自分にげんなりとしながら納得して、素直にありがとうございますと言って受け取った。

「その代わりと言っちゃァなんですが、隊士全員手紙を書いたんでさァ」
「手紙?」

手渡された便箋は綺麗な桜色で、まるで恋文を思わせるような体だった。開いてみると、そこには『早く元気になって下さいね 山崎』『近藤さんが死にそうなくらい心配してまさァ 沖田』『姐さんお大事に! 原田』『倒れたと聞いて気が気じゃありません。生憎今日は上に呼び出されてて会いに行けませんが、どうかお大事に。お妙さんの元気な姿が早くみたいです。愛してますお妙さん! あなたの近藤勲』などなどお世辞にも綺麗とは言えない字が大小様々な大きさで並んでいた。
妙はそれを見て困ったように笑う。
閉じようとした時、ふと隅の方に書かれた短い言葉が目に止まった。

『お大事に』

名前はどこにも記されていないが、恐らく。
綺麗だが少しクセある字。いつだったか一度だけ文をもらった時に見たことのある字だった。

今頃彼はどうしているだろう。
謝りたいことも、伝えたいこともたくさんある。

「姐さん」

かけられた声に妙は顔を上げる。
蜂蜜色の髪の彼が、不思議そうな目でこちらをみていた。

「何か面白いものでもありやしたかィ?」
「なんだかあなたたちらしいわ。とっても賑やかなお手紙ね」
「読みにくいでしょう?すいやせん。書きなぐってるようなのもありやすからねィ」
「ふふ、大丈夫ですよ」

くすくすと笑う妙に、沖田は目を細める。

「こりゃァ近藤さんからでさァ。それからこれは俺から」

差し出されたのは大きな花束とふたつのりんご。

「綺麗…。近藤さんも懲りないものね。この間バラも頂いたばかりなのに」

妙は苦笑して、いささか大きすぎる花束をそっと脇によけた。生け直さなくちゃいけないわね、と笑う。

「ありがとうございますって伝えて下さいな」
「了解でさァ」
「沖田さんもりんごありがとう」
「むきやしょうかィ?」
「あら。じゃあお願いしようかしら」


***


しょりしょりという音と共に、くるりくるりと赤いりんごの皮がボウルに収まっていく。
むきはじめてから一度も途切れることのないそれを、妙はまじまじと見つめた。

「…姐さん、俺ァそんなに見とれるほどいい男ですかィ?」

からかうようにそう言って、でも照れたように沖田は笑った。

「ふふ、そうね。ごめんなさい。沖田さんって器用なんですね」
「これくらいはできまさァ」
「沖田さんは何でも器用にこなしてしまいそうね」

ほぼ均一な幅で長くなっていく皮を見つめて、まるでリボンみたい、と妙はつぶやいた。すげェ想像力ですねィ、と沖田は呆れたように苦笑して、りんごを八等分する。
爪楊枝を差して皿に並べ、一切れ妙に差し出した。

「ありがとう」

しゃく、とりんごを咀嚼する音。
縁側から吹き込む風が妙の長い髪を揺らした。

「ん、おいしいわ」
「そりゃァ良かった」

嬉しそうに笑う妙。
沖田はすっかり冷めた茶を啜る。独特の甘みが喉に引っかかった。

「…本当に、ありがとうございました。沖田さん」

妙の声に、沖田は視線だけを上げた。
湯のみの中の茶はあと半分。

「そりゃァ何に対しての礼ですかィ?」
「倒れた私を背負って来て下さったって銀さんから聞きました。ほんとなら、真っ先にお礼に伺うべきだったのに。ごめんなさい」

本当に申し訳なさそうに眉を下げる妙に、何だそんなこと、と沖田は苦笑する。

「礼には及びませんぜ。俺たちにとっちゃ、アンタは大事な姐さんだ。姐さんが倒れたって聞いて、屯所中大騒ぎだったんですぜ」
「…まあ」

愛されたものね、と妙はおかしそうに笑う。それでもあんなゴリラの嫁にはなりません、とぴしゃりと言ってのける毒舌も相変わらず。
でも、少し寂しげに見えるのは気のせいだろうか。
昨夜から沖田の中でくすぶっていた疑問が頭をもたげ始める。

「姐さん」
「はい、何ですか?」

視線を上げた妙の瞳を、沖田の蘇芳色が捉えた。
黒燿石がわずかに揺れる。

「アイツと何かあったんですかィ?」

沖田の指すところの『アイツ』が誰なのかを妙は汲み取ったらしかった。
けれど、妙は動揺の色も見せず、沖田の瞳を見つめ返す。

「…そうだと言ったら?」
「アイツを一番苦しい方法で嬲り殺しまさァ」

真顔でそう言ってみせる沖田に、妙は目を丸くする。

「沖田さんが言うと冗談に聞こえないわ」
「俺は本気ですぜ」

まあ怖い、と言いながら、証拠隠滅はちゃんとするんですよ、と恐ろしい台詞をさらりと言って笑う妙に沖田も思わず苦笑する。

(相変わらず肝の座ったお人でさァ)

「…ねえ沖田さん」
「何ですかィ?」
「私が言ったこと、覚えてますか?」

どこか不安げな妙の表情。
沖田の頭に、昨夜の出来事が蘇る。
耳にこびりついて離れない、妙が呼んだ名前。

「…姉上をご存知で?」
「…いいえ。お会いしたことも、お話したこともないわ。ただ、人づてに少しお話を伺っただけ」
「…近藤さん、ですかィ?」

ええ、と妙は頷いた。

「女らしくて淑やかで、それでいて芯の強い、とても素敵な女性だったって」
「そう、ですか…」

自分は今どんな顔をしてるんだろう、と沖田はどこか醒めた頭で思った。

姉が死んでもう一年。心の整理は当に出来ている。姉の話をあんなこともあったと笑って出来るようにもなった。
懐かしさや恋しさはあるけれど、苦しさや辛さはない。
ミツバは今でも自分の中で生きている。
自分が迷った時、立ち止まった時、『そーちゃん』と優しく笑って、背中を押してくれる。そんな気がしていた。
決して強がっているわけでも、忘れたわけでもない。
自分はもう姉の死を受け入れたのだ。
しかし、―――あの男はどうだ。

頭によぎった男の顔。沖田は眉間に皺が寄りそうになるのをどうにかこらえて、妙から目をそらした。

「沖田さん」

顔は上げなかった。
妙は気にする風でもなく、言葉を続ける。

「私ね、夢を見たんです」
「…夢?」
「ええ。多分、あなたのお姉さんとあの人の」

話してもいいか迷っているのか、妙はそこで言葉を切った。
動揺からか早まる心臓の鼓動。
沖田は拳に力を込めた。

「…どんな、夢だったんですかィ?」
「どこかの家の縁側で、綺麗な女の人と髪の長い男の人がいて、とても絵になるふたりでした。男の人はどこかに行ってしまうみたいで、女の人が"連れて行って"って言うんです。でも彼は"お前のことなんて知らない"って。なんだか切ない夢だったんですけど…。沖田さん?」

妙の言葉に、沖田は耳を疑った。
妙が夢だと言ったそれは、夢でもなんでもなく、幼い頃自分が実際に盗み聞いた内容だ。
あの男への憎しみを増した出来事でもある。

どう反応していいかわからず、沖田はうつむいたまま拳を握りしめた。
沸々と沸いてくる怒りと憎しみ。それから悔しさ。いろんなものがないまぜになって沖田の心を荒らしていく。

姉の死は確かに受け入れた。
でも、それでも、あの男への憎しみや苛立ちにまで踏ん切りをつけられた訳ではない。
自分のあの男への感情は、憎しみや妬みというただそれだけで言い切れてしまうような単純なものではないのだ。
もっと複雑で、生々しい。名前なんてわからないし、言葉ではとても言い表せない。

不意に頭がガンガンと痛んだ。
止めろ止めろと目を閉じる。

(…ク、ソっ)

「…さん、…たさん、沖田さんっ!」

沖田の頭に、妙の声が響く。
はっと我に返ると妙の心配げな顔があった。

「…ね、えさん」
「大丈夫ですか?ごめんなさい、私無神経にあなたの…」

ごめんなさい、と苦しげに眉を寄せて目を伏せる妙の手を強く握って、黙らせる。
妙は口をつぐんで、沖田の言葉を待った。

「違いまさァ。そうじゃねェ。姉上のことじゃありやせん」

絞り出すようにそう言う沖田を妙はただ黙って見つめた。

「俺ァ、アイツが大嫌いなんでさァ。本気で殺してやりてェくらい、アイツが…っ」
「沖田さん」
「気に食わねェんでさァ!アイツはいつだって、俺のそばから俺の大事なもんを奪っていくんでィ。今度だってそうじゃねェですか!アイツは俺から、近藤さんから、俺たちから、姐さんを…っ!」

一気に頭に血が上る。
この人に向かって言う言葉ではないと、わかっているのに。

妙の瞳が、真っ直ぐに沖田を捉える。
その目には同情も軽蔑の色も浮かんでいない。
静かで意志の強い瞳が沖田の心を見透かすように沖田を見ていた。

「…す、いやせん」
「どうして謝るの?」

柔らかく笑う妙に、自分の熱がしゅるしゅるとしぼんでいくのがわかった。
毒気を抜かれたように、ふっと熱が冷める。

「今のだって、あなたの気持ちでしょう?誰かへの気持ちって綺麗なものばかりじゃないもの」
「…姐さん」

自分に知るところがあるような口ぶりで、妙は続ける。

「いろんな感情が入り混じって、ひとつの思いになるんだと思うんです。愛しさも憎らしさも、全部含めたその気持ちが誰かへの想いなんじゃないかって」

(姐さん…。アンタは、)

「やっぱり、強いお人だァ。姐さんは」

沖田はうつむいて、握ったままだった妙の手を強く握り直した。
握り返された手の温かさがどうしてかとても懐かしい。
目頭が熱くなる。
目を閉じると、涙が流れ落ちた。

「…強くなんかないわ。ただ、素直になることを知っただけ。教えてもらったんです。泣かないことは強さじゃないって」

優しい妙の声音が沖田の耳に落ちていく。
大丈夫ですよ、と妙は笑った。

「自分に素直になることが、こんなに難しいことだとは思わなかったの。恥ずかしくて情けなくて惨めでたまらなかった。でも、不思議ね。認めてしまったらそんなことどうでもよくなるんですよ」
「姐さん…」
「ミツバさん、笑ってたわ。仕方ないわよね。男の子っていつだってそうなんですもの。女の子が入る隙間なんてないの」

困ったものね、と妙は笑ってそう言った。
妙の穏やかな声が沖田の心の柔らかい部分に染み込んでいく。

「姐さんはっ、やっぱり、ちょっと似てまさァ」
「だとしたら嬉しいわ」

沖田の言葉に妙は嬉しそうに笑った。

「銀さんが言ってたわ。いい女だったって」

眩しそうに、妙は目を細めてそう言った。
沖田さん、と妙の柔らかい声が呼ぶ。

「私でも許してもらえるかしら?あの人の隣に立ちたいって望んでもいいかしら?」

つかえた声の代わりに深く頷いた。

「…ありがとうございます」

ふわりと笑った妙と、一瞬ミツバの顔が重なった。
沖田は零れる涙を乱暴に拭って、精一杯笑ってみせる。

「…あのヤローを、よろしくお願いしまさァ」
「もちろんよ」

そう言って笑う妙を、沖田は素直に美しいと思った。




すぅっと風がひとつ吹いた
(きっと、進める)
(そんな気がした)


Title: a dim memory


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