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ドォン、と遠くで地響きのような音が聞こえる。
おそらくは爆破音だろう。

攘夷浪士の中でも最も過激と言われる輩が江戸で騒ぎを起こしているらしい。
詳しいことはわからないが、真選組は元より銀時や桂までもがその鎮圧に向かっていった。
何があっても外には出るなと銀時や新八にきつく言われたが、部屋の中でじっとしているなんて出来ない。いてもたってもいられず、閉めていた雨戸を少し開けた。
縁側に出て少し背伸びをすると、東の空が不自然に赤く色づいていた。
ドォン、とまた低い音がする。

妙は自身の両手を祈るようにきつく握りしめた。

彼らもあの戦いの中に身を投じている。
自分がついていっても足手まといなだけだとわかっているが、待つことしか出来ない自分が歯がゆかった。

「銀さん、新ちゃん、神楽ちゃん…。みんな…」

行ってきます、と言って走って行った弟の目を思い出して、妙も目を閉じる。

(大丈夫。みんな絶対帰ってくるわ)

妙は赤く染まる東の空を真っ直ぐに見つめた。

「へェ。肝っ玉の据わった女じゃねェか」
「誰っ!?」

突然響いた声に、妙は驚いて振り返る。
念のために手にしていた薙刀を構えるが、振り向いた妙を迎えたのは冷たい刃先だった。

「動くんじゃねェぜ。大人しくしてりゃァ、乱暴はしねェさ」
「…誰なの」

突き付けられた刀に臆することなく、妙はその先の人物に問いかける。
月明かりに照らされてぼんやりと輪郭が浮かび上がった。
派手な着流しに、左目を隠す包帯。
悠然と刀を向けるその人物は、妙にも見覚えがあった。

「…あなた、高杉晋助ね」
「あァ」

驚いた様子もなく、くつりと喉を鳴らすように高杉は笑う。
構えた薙刀は下ろさずに、妙は高杉をきつく睨みつけた。

「私に何か御用かしら?デートのお誘いにしては随分と不躾ね」
「ククッ、気の強ェ女だ」

可笑しそうに目を細める高杉に妙は眉を寄せる。
こめかみに冷たい汗が伝った。

「気の強い女はお嫌いかしら?」
「いや、嫌いじゃねェさ」

くつくつとまた笑って、高杉は妙を見据えた。

頭の中で鳴り響く警鐘。
この男は危険だと、自分の体全身がそう告げていた。
体の底から沸き起こる言い知れない恐怖に飲み込まれそうだ。
膝をつきそうになる自分を奮い立たせるように、汗ばんだ手で薙刀を握る手に力を込める。

高杉はそんな妙を観察するように眺めて、口角を上げた。

「…気が変わった」
「気?」
「俺と来い、志村妙」

高杉の言葉に妙は面食らって一瞬黙り込む。
何を言っているのだ、この男は。

「殺すには惜しい女だ。銀時の野郎も、なかなか見る目はあるらしい」
「馬鹿言わないで。私はそんな安い女じゃないわ!」

薙刀を構え直した妙を高杉は愉快そうに眺めていた。
人を小馬鹿にしたような態度が癇に障る。
自身の喉元に当てられた刀の刃先の感触が不意に強まった。

「…っ」
「ちょいとお転婆が過ぎるぜェ。死にたいか?」

高杉の瞳に宿る鋭い光に、妙はぐっと下唇を噛んだ。
感じたことのない殺気に身がすくむ。

「お前が死んだら、あいつらはどう思うだろうなァ?」
「別にどうもしませんよ。私が死んだところであの人たちは止まらないわ。あの人たちの信念と魂はそんなことで揺るがない。当てがはずれたんじゃなくて?」

それでも毅然と言い返す妙を高杉は無表情に見つめ返した。
互いの胸の内を探るように、ただ黙って睨み合う。

「…口の減らねェ女だ。勇ましいのは結構だが、威勢が良すぎるとはじかれるってもんだぜェ」

そう呟いた次の瞬間、高杉は一気に妙との間合いを詰めた。
刀が妙の右腕をかすめる。取り落としそうになった薙刀をなんとか握りしめ、高杉の二太刀目を受け止めた。

「…っ!ぅ…っ」
「ほォ。女にしちゃァいい腕だ」

口元だけで笑って、高杉は妙の薙刀をそのままはじき飛ばした。
右肩に刀を受け、妙は耐えきれず膝をつく。
結いあげていた髪がぱらりとほどけた。

斬られた傷口から血が溢れだして着物を染めていく。
地面にも赤い染みがぽたりぽたりと落ちていった。

「志村妙さんよォ、勘違いしちゃいめェな?あいつらの命は俺が握ってるんだぜェ」
「…っハァ、何を…っ!あの人たちに何をしたのっ!!?」

庭に妙の叫びが響いた。
荒い呼吸で震えながらも尚も瞳の光を失わない妙を高杉はどこか満足そうに眺める。

「まだ何もしちゃいねェさ。ただ、あいつらの命はお前の返答次第だってことだ。皆まで言わずとも、どうすればいいかくらい、わかるよなァ?」

そう言ってくつりと笑った高杉に、妙は全身がぞわりと粟立つのを感じた。

ギリ、と下唇を噛み締める。
頭の中をよぎった大切な人たちの笑顔。

(銀さん、新ちゃん、神楽ちゃん、桂さん、近藤さん、土方さん、沖田さん、山崎さん…っ、みんな…っ!)

じわりと目頭が熱くなる。
泣くな、と自分に言い聞かせて歯を食いしばった。

おかえりと出迎えると決めたのに。ボロボロになって帰ってくるであろうみんなを笑顔で迎えると、そう決めたのに。

『姉上!』『アネゴ!』『お妙さァァァァん!!』『お妙さん』『姐さん』『お妙殿』『お妙』

(…―――――っ!)

―――――なくしたくない。護りたいのだ。
この男が提示する条件が、あの人たちを護るひとつの方法だというのなら。

零れた涙はそのままに、妙は目の前の男をきつく睨みつける。
妙の視線を受け止めて、高杉は笑みを深めた。

「…っ、あなたと、…共にゆきます…っ、」

絞り出した妙の声。
爪に土が入り込むほど強く地面を引っ掻いて。

「正解だ。物わかりのいい女は好きだぜェ」

と、満足そうな声が聞こえた後、妙の世界は暗転した。


終末の時が忍び寄る
(ありがとう、ごめんなさい)
(それから、―――さようなら)

Title:灰の嘆き



フリリクを下さった匿名さまに捧げます!本当に長らくお待たせ致しました><申し訳ありません…!
原作沿い高妙ということで、一度書いてみたかったお妙さんを拉致する高杉さんを書かせて頂きました!^^ヒールに連れ去られるヒロインはやっぱり定番!甘さの欠片もなくてすみません…;
この後高杉さんがいないことに気付いた銀さんや桂さんがお妙さんの家に向かいますが時すでに遅し。怒りに燃える銀さんたちが鬼兵隊を追って…というとんでもなくありきたり設定です><;
もちろん返品可ですので、何かありましたらお気軽にご一報下さいね^^
素敵なリクエストありがとうございました!


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