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『最近姉上が元気ないんです』

心配そうにそう言ったのは、今はジャンケンに負けて罰ゲームという名の買い出しに行っている新八だ。
仲がいい姉弟だから、きっと心配でたまらないのだろう。
新八は今にも泣きそうな顔をしていた。

銀時はため息をこぼして、くるりと椅子を回転させる。
土方と口論する妙を連れて帰ったあの日から、今日で1週間。
妙のあの様子からすると、土方にはあれから会っていないのだろう。
真選組からは沖田が来るようになっていたし、自分も妙の職場まで迎えに行くようになったのだから、土方はお役御免だろう。


あの日、妙は泣いていた。
本人は気付かれないようにしていたつもりかもしれないが、生憎、そこまで鈍くはない。
泣いていた自分が余程嫌なのか、悟らせまいとして無理に笑ってみせた妙の笑顔が痛々しかった。

決して泣くまいと肩を震わせる妙を抱きしめてやりたかった。
しかし、それは自分の役目ではない。
妙が欲しているのは自分の腕ではなく、土方の腕だ。

「あーあ、損な役回りだなァ…」

銀時はぽつりとそう呟いて、またため息をこぼす。
お茶でも飲もうかと立ち上がりかけた時、玄関のチャイムが鳴った。

「神楽ァ、お前見てこい」
「はいはいヨー」

がらりと扉が開く音がして、神楽のアネゴー!という声が聞こえた。
噂をすれば影だなと銀時は苦笑すると、椅子に座り直す。

「こんにちは、銀さん。あら、新ちゃんは?」
「あー、新八は買いもん」
「そうなの。じゃあこのおはぎ、新ちゃんが帰って来てから食べて下さいな」

そう言って、妙は和菓子屋の包みを差し出す。
神楽がヒャッホイと言いながら喜んでそれを受け取った。

「お妙ー、茶淹れて」
「もう、それくらい自分でしたらどうなんです?」
「お前が淹れたのが一番美味いんだよ」
「…そう、ですか」

銀時のセリフに妙は目を丸くして、台所へ消えていった。
ダークマターを作り出す壊滅的な料理の腕だが、どういうわけか妙の淹れたお茶は誰が淹れたものより美味いのだ。銀時はそれが好きだった。

「銀ちゃん」
「何だよ」
「やっぱりアネゴ、元気ない気がするネ」
「……」
「なんか隠してるアル。アネゴ無理してるネ!私にはわかるヨ!新八も言ってたアル」
「…そうだな」

悲しそうに眉を下げる神楽を一瞥し、銀時は台所を振り返った。
凜と伸びた背筋は変わらない。
その小さな背中に一体いくつのものを抱えているのだろう、と銀時は眉を寄せた。

振り返った妙が盆に二つの湯のみを乗せてこちらに歩いてくる。
ひとつを神楽に渡し、銀時の机にもうひとつを置いた。

「サンキュ」
「ふふ、どういたしまして」

妙は嬉しそうに笑う。
茶を啜ると、自分好みの温度に広がる茶の旨味。
いつからか、妙の淹れる茶は言わずとも自分の好きな温度になっていて。
妙の気遣いに、つい頬が緩む。

「…うめェ」
「ふふ、ありがとうございます」

銀さんが誉めてくれるなんて、と妙はおかしそうに笑う。
それでも嬉しそうな妙を銀時は横目で見やって、湯のみを置いた。

(…お前には、そうやって笑ってて欲しいんだよ)

「お妙」
「はい」
「お前、いつまでそうやってごまかすつもりなわけ?」
「…え?」

銀時の手が妙の手首を掴む。
揺れる瞳と真っ直ぐに目が合った。

「逃げてたって何も変わんねェぞ。それはお前が一番わかってんだろうが。そうやって自分の気持ちごまかして、何になんだよ。お前が」
「ごまかす?何のことですか?」

銀時の言葉を妙の声が遮る。
気丈に振る舞ってはいるが、掴んだ手首は震えていた。

「お前が逃げてどうすんだ。このままじゃお前もあいつも進めないままだぞ」
「やめて下さい!」
「お妙」

聞きたくないというように首を振る妙の両手首を掴み、自分に向き合わせる。
ゴトンという音がして妙が手にしていた盆が落ちた。

「もう我慢しなくていい」
「な、にを…」
「泣かないことは強さじゃねーよ。ひとりで考え込むのはやめろ。新八だって神楽だって心配してんだ」
「……」
「お前はあいつにちゃんと伝えたのか?言わなきゃ伝わらないことだってあるだろうが」
「……離してっ」

銀時の瞳から逃げるように妙は目をそらし、握られていた首を振りほどいてバタバタと駆けて行った。
バタバタと階段を下る音がして、やがて静かになる。
銀時は追い掛けることもせず、座ったまま後ろの窓を見やっていた。

「…銀ちゃん」
「んー?」
「いいアルか?銀ちゃんだってアネゴのこと…」
「…いいんだよ。俺はこれで」

神楽に背を向けたまま、銀時は静かにそう答えた。

***

万事屋を飛び出して、妙はひたすら走った。
銀時の真剣な瞳。
掴まれた手首が熱かった。

銀時の言う通りだ。
逃げていたって何も始まらない。
それは自分が一番よくわかっている。

妙はぎゅっと目をつぶる。

(でも、―――恐い)

土方に拒絶されるのが恐いのだ。
拒絶されれば、彼の瞳に自分は映っていないのだと認めることになる。
すまない、と言う土方の姿が容易に想像できた。

何も告げないまま、今まで通りそばにいられるならそれでよかったのに。
好きだと思う気持ちは、大きくなるばかり。

何も気付いていないフリをして笑うことなど、もう出来ない。

ごまかして、自分の気持ちに蓋をして、逃げていたのは自分の弱さのせいだ。

泣かないことは強さとは違うと、銀時は言っていた。

(…わからないわ。強くあるために、泣かないと決めたのよ。何が違うっていうの)

泣いてしまえば、何もかもが崩れてしまう気がした。
弟を、道場を、そして自分を守るために泣かないとそう決めたのだ。

走り疲れて歩調を緩めた時、腕を強く引かれて細い路地に引っ張り込まれた。
突然のことにろくな抵抗も出来ずに壁に押し付けられる。
きっと睨みつけた先にあったのは、切れ長の瞳。開ききった瞳孔が自分を見つめていた。

「ひ、じかたさ…」

切れ切れにそう言うと、男は腕を押さえていた力をほんの少し緩めた。

「…あなたもついにゴリラの仲間入りですか。ゴリラでも、こんな乱暴なことはしませんよ」

ゴリラがこんなことをしたら血祭りくらいじゃ済ましませんけど、とつけ加えて土方をきつく睨みつける。
ドクドクと早鐘を打つ心臓。いつも通り振る舞うのも精一杯だった。

「何で避ける」
「避ける?」
「とぼけんな。ここ1週間ずっとだ」
「自意識過剰もいい加減になさったら如何かしら?そういうことだってあるでしょう。私だって暇じゃないんです」

冷たく言い返せば、気に障ったのかピクリと眉が動く。
いくら平静を装っても鼓動は早くなるばかりで、一刻も早くこの場から立ち去りたかった。

『お前が逃げてどうすんだ』

妙の脳裏に、先ほどの銀時の言葉が蘇る。

(…わかってるわ)

『お前もあいつも前に進めない』

(っ、だけど、)

『言わなきゃ伝わんねーこともあるだろうが』

銀時の言葉が責めるように妙の頭の中で響いた。

(…向き合わなきゃいけないことは、わかってるわ)

「妙」

土方が妙の名を呼ぶ。
宥めるような優しい声音に胸が締め付けられた。

(私のことなんて、見てもいないくせに…!)

悔しさからか悲しさからか、妙は目頭が熱くなったのを感じた。
泣いてはいけない、と妙はまた拳を握りしめる。
癖になってしまったそれに、空しさが増した。

「妙、顔上げろ」

言葉に従ってゆっくりと顔を上げてみれば、優しく細められた瞳。

「…やめて下さい」
「え?」
「そんな瞳(め)で私を見ないで…!」

やめてやめてと心が叫んでいた。
土方の瞳が、態度が、妙の心を追い込んでいく。

「…あなたは誰を、見ているんですか?私は志村妙です!あなたが愛したミツバさんじゃない!」

言葉もなく、土方の目が大きく見開かれる。
逃げ出しそうになる自分の足を踏ん張って、真っ直ぐに土方を見つめた。

「…私はあなたが好きです。土方さん」

潤みを帯びた妙の瞳が射抜くように土方を捉えた。



在るがままに生きることなんて
(けど、でも、)



title:灰の嘆き



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