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『明晩待つ』

その4文字が書かれた紙を丁寧におりたたみ、帯の間に入れる。
妙は自分の部屋をひとしきり見渡して、ゆっくりと立ち上がった。

新八は万事屋の仕事が入ったと言って今日はいない。
何か言いたそうな顔をしていたが、結局いつも通り行ってきますと言って出かけていった。

「…いつもそう。本当に伝えたいことはなかなか言えないんだから」

困った弟だわ、とため息をついて、切なげに笑った。

「ひとりにしないって、約束したのにね」

妙の言葉が誰もいない部屋に静かに響く。

「…守れなくてごめんなさい。新ちゃんなら大丈夫。私がいなくなっても、立派に生きていけるわ」

自分に言い聞かせるように、妙は呟いた。
いつも通り部屋を整えて、ふすまを閉める。

玄関を通り、少し重い扉を開けて外に出た。
振り返って道場を仰ぎ見る。
胸元で両手を握りしめ、こくりと頷いた。

「…さようなら」

深く一礼して、振り返らずに妙は駆け出す。
頬に当たる風がいつもより冷たい気がした。

***

上がった呼吸を治めようと大きく息をつくと、吐いた息が白く染まった。
家を出る時は気がつかなかったが、今日はやけに寒い。
冷え切った手を温めるように妙は自身の手をこすりあわせた。

「…よォ」

聞き慣れた低い声が鼓膜を震わせる。
妙が振り向いた先に佇むのは、いつもの着流しに黒い羽織りを着た片目の男。
橋の欄干に身を預け、キセルを吸う姿はやけに様になっていた。

「ククッ、走って来たのかァ?」

おかしそうに笑う男は煙を吐き出して欄干から体を離す。
妙の近くまで歩を進めると、上気した頬に手をのばした。

「やっぱりここにいたんですね」
「あァ」

自分の頬に添えられた手に自身の手を重ね、会えて良かったと笑う。
男はかすかに頷いて、妙に唇を重ねた。

いつもとは違う、触れるだけの優しい口付けに妙は胸がきゅうと狭まったのを感じた。

唇を離すと、高杉は妙を思い切り抱きしめる。

「た、かすぎ、さん?」

息苦しさから切れ切れにそう言う妙に構うことなく、高杉は腕に力をこめた。

「妙」

静かに、そしてかつてない程の真剣な声で紡がれた自分の名前に、妙は目を閉じた。

「…お前を斬らせてくれ」

妙はただ黙って、高杉の声に耳を傾ける。
妙の心は驚くほど穏やかだった。

「俺の腕の中で、死んで呉れないか」

高杉の口から告げられたその言葉は、何の抵抗もなく妙の心にすとんと落ちる。
妙は体を離して、高杉の頬を両手でそっと包み込んだ。

「ええ。それであなたが救われるなら」

そう言って妙は笑う。
その笑顔は切ないほど優しく、泣きたくなるほど美しかった。

***

冷たい風が障子を揺らす。
嫌な予感がした。
ざわざわと胸のあたりが落ち着かない。

沖田が自身の愛刀を握りしめて立ち上がると、ばたんという大きな音がして障子が開いた。
それから部屋に飛び込んで来たのは血相を変えた山崎だった。

「たっ、隊長っ!!」

真っ青な顔で山崎は沖田を見つめる。
その後ろから、泣きそうな顔をした新八が現れた。

「姐さんがっ」
「姉上がいないんです!」

その言葉に沖田は顔を険しくする。
やはりという思いが心の中で交差した。

「お願いします…!お願いです、沖田さん…!姉上を、助けて下さい。もうきっと、沖田さんにしか出来ない!僕じゃ無理なんです…!僕じゃ、姉上を助けてあげられない。弟なのに、たったひとりの家族なのにっ!その姉上でさえ、僕はっ…!」

沖田につかみかからん勢いで、新八は叫ぶ。
新八の目に浮かぶ涙が、畳にぱたりとこぼれ落ちた。

「新八」

静かに沖田は新八の名を呼ぶ。
初めて呼ばれた名前に、新八ははっとして顔を上げた。

「姐さんは、俺が必ず見つけまさァ」
「お、沖…田さん」
「救えないまま大切な人がいなくなるのはもう御免なんでねィ」

一瞬悲しそうに顔を歪め、沖田は新八にそう言った。
その次の刹那、沖田の瞳は強い光を宿す。
その鋭さに新八も山崎も身をすくめた。

愛刀を腰に携えて、沖田は真っ直ぐ前を見る。
ほんの少しの悲しさと、心にたぎる憎悪の思い。
決意ように頷いて、沖田は障子を開け放った。

「新八」
「…っはい」
「お前は信じろ」
「え?」

それだけを言い残して、沖田は部屋を後にする。
駆けていく沖田の姿をふたりはただ見送った。

***

カチリ、と高杉が鍔を押した音がした。
すらりとした刀身が妙に向き合う。

妙はそれをまるで映画のワンシーンでも見ているかのような錯覚にとらわれる。

刀を構える高杉の姿に、妙はただ見とれた。
高杉の纏う空気はどこか妖しく、そして見るものを恍惚とさせるほど美しい。

刀がゆっくりと振り上げられる。
それから感じた焼け付くような熱い感覚。
斬られたのだと気付いたのは高杉の腕に受け止められた時だった。

「妙…」

驚いたような、安堵したような、そんな声で高杉は妙の名を呼んだ。

「た…す、ぎ…さ、ん」

思うように声が出ず、それでも精一杯の力を振り絞って高杉を見上げる。

「た、え…」
「ど、し…て、そん…な、かお、あなた…らし、く…い」

妙は高杉の血で濡れた頬を弱々しく撫でた。
高杉は妙の震える手を握りしめ、きつく抱きしめる。

「…え、妙、妙…っ」

虚ろな瞳で微笑む妙をかき抱くようにその腕に閉じ込めて、ひたすらに名を呼んだ。

妙は落ちてくる瞼に必死で抗えずに、目を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは、はちみつ色の…――。

「姐さんッ!」

意識が遠のく瞬間に、耳に響いた誰かの叫び声。
大切な、あのひとの声に似ている気がした。




貴方の腕の中で私の幕を引いて
(抜け殻になっても愛してくれるかしら)



title:灰の嘆き




高妙沖シリーズの続編をリクエストして下さったななさまに捧げます!
お名前が一緒ですね!おそろいですー^^←
リクエストを頂いた時、このシリーズをSSだけで終わらせようかきちんとした終わりを書くか迷っていたのですが、決心がつきました!ありがとうございます^^
続編ということで、相変わらずシリアスですが気に入って頂ければと思います!
ご意見等ありましたら、お気軽にご一報下さいませ。
リクエストありがとうございました!




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