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※注意
初期設定の土妙です。
お妙さんは原作設定より少し年上くらいの気持ちで書いています。なのでポニーテールじゃなくてサイドで結わえてる、という勝手な設定をつけました。
などなど、その他思いっきり捏造してるので、苦手な方はご注意ください。





「きゃあああ!!ひったくりー!」

前方から上がった甲高い悲鳴に、土方はピクリと眉を寄せた。
視線を前に向けると、突き飛ばされたらしい女と走って逃げる男がひとり。
日中の天下の往来でよくやる、と土方は短く舌打ちをした。
目撃したからには捕まえる他ない。部下を連れてくるべきだったと気だるげに銀髪をかいた。

相手との距離を目測し、土方は犯人を追って走り出す。
目立つ銀髪と重苦しい黒服に、周囲の人が道をあけた。
あれってもしかして、という囁き声がする。

「ひったくりだー!捕まえろ!」

と、誰かが声を上げ、真選組だ、とまた誰かが叫んだ。
その声に、犯人が慌てて後ろを振り返る。
自分の後を追う黒服の男の姿を目に留めて、走るスピードを上げた。

間の距離があと10メートルを切った時、犯人の行く手に1人の女の姿があるのを土方の目が捕える。

(チッ、このめんどくせー時に…)

「オイ!女ァ!!」

案の定、犯人の男はニヤリと下卑た笑いを浮かべ、そのまま女の方へ走って行く。

これから起こりうる事態を頭に描いて、土方は盛大に眉間に皺を寄せた。

男は己の目の前の女を乱暴に引き寄せて、どこから出したのか小刀をその顔に突きつける。

「この女に怪我させたくなかったら、」

しかし、得意げにそう言った男のセリフはそこから不自然に途切れた。

「へ?」

間抜けな男の声の後、ドスン、と鈍い音がして、男の身体が地面に叩きつけられる。
苦しげに呻いている男を上から踏んづけて、極めつけに横っ面をグーで殴って気絶させた。

「気安く触らないでいただけるかしら」

女は驚くほど綺麗に笑って、パンパンと手を払う。それから、少し乱れた着物の裾を素早く直した。

往来にいた人も、追っていた土方でさえも呆気にとられ、呆けたようにその場に立ち尽くしてただただ目を疑った。

誰か縄を持ってきて下さいな、という涼やかな声ではっと我に返る。
一瞬遅れて、周囲から拍手が沸き起こった。

「いやー、すごいねお嬢ちゃん」
「大したもんだ」
「男共は何やってんだい」

口ぐちに発せられる声に微笑みを返して、女は真っ直ぐに土方を見る。

「あなた、真選組の方でしょう?」

凛としたソプラノ。嫌いな響きではなかった。女はどうぞ、とのびている男を見やる。
引き取れということらしい。

「…あァ」

土方は頷きを返して、町人が持ってきた縄で素早く男を縛る。部下に捕り物を引き取りに来い、と連絡をして、短くため息をついた。

「この町の治安を守る方が、随分のん気なものですね」
「あ?」
「真選組と言えば、泣く子も黙る人斬りの集団と聞き及んでおりましたが、物盗りも捕まえられないようでは存外大したことないのかもしれませんね」
「…っ、」

にっこりと笑ってそう言った女の言葉に、土方の視線が険しくなる。

なんと生意気な女か。
女の口から出た言葉は、柔らかな口調ながらたっぷりの棘を含んでいた。
豪胆というべきか、命知らずと言うべきか。自分を真選組と知った上で、いっそすがすがしい程の皮肉。血の気の多い者なら逆上して手を上げてもおかしくない。
そんな言葉を吐いておきながら、女は悠然と微笑んでいた。

「…クソ生意気な女だ」
「褒め言葉として受け取らせて頂きます」

苦し紛れに吐いた土方の言葉をさらりと受け流し、女はなおも笑顔を崩さない。

「…っ、すみません!ありがとうございました…っ!」
「まあ、」

この女、と思ったところで、先ほどの盗難の被害者がこちらへやってきた。
女は、追いついた被害者にそっとふろしき包みを渡す。

(…何だ、この女)

土方は目の前の女を複雑な心地で見つめた。

(なんつーじゃじゃ馬。腹立つっつーより引くわ)

小柄とは言い難いこの男を、一瞬で投げ飛ばした生意気極まりない女。
女、というには少し未完成の、しかし少女というには大人びている。
娘、という言葉が一番しっくりくる気がした。

大丈夫ですか、と被害者を気遣う声。
視線を娘にやると、娘が非常に整った容姿であることに気付く。
白い肌、その頬に影を落とす長い睫毛。くるりとした大きな瞳。横で結わえられた黒髪がさらさらと風になびく。

ふと、娘の髪を押さえる仕草に目を奪われた。

(…いやいやいや。何今の。ないない、それはない)

先ほどから、周囲の若者がちらちらとこちらを見ている。育ちがいいのか、所作や言葉遣いも丁寧で嫌味がない。

(立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿はなんとやら、ってか?)

見れば見るほど、大の男を投げ飛ばすような力があるようには見えなかった。

「あの、何か?」
「…は?」
「いえ、ずっとこちらを見られていたものですから」
「いや…。協力感謝する」

渋々ながら土方が告げた言葉に、いいえ、と娘はふわりと笑う。
怪我はないかと問うと、なんともありません、と凛とした声が返って来た。

「では、失礼いたします」
「おい、」
「申し訳ありませんが、急いでおりますの。失礼させて頂きますね」

一礼して、娘はくるりと背を向ける。
ぴんと伸びた背筋が土方の目に映った。

「……」
「オラ、女に見惚れてないで仕事しろ土方ァ」
「…沖田」

ブン、と勢いよく空を切った傘が土方の方へ向かってくる。
それを間一髪で避けて、右手で受けた。

「チッ」
「…っ、あぶねーな。一応聞くが何のつもりだ?」
「仕事ほったらかして女に現ぬかしてる土方クソヤローに制裁のつもりだけど?」
「…っとに可愛げのねー奴だなお前は」

力を緩めない沖田に、土方はため息をついて傘を掴んだ右手に力をこめる。
この傘へし折ってやろうかと考えていたところに、やめて下さい、という声が割って入って来た。

「何やってるんですかもう!周りの人が見てますよ!真選組のイメージに関わりますからやめてください!」
「「チッ」」

突然入った邪魔に、土方と沖田はあからさまに舌打ちをしてその人物を睨みつける。
平隊士の隊服に身を包んだ少年は、困ったように笑いながら、地面で伸びている男を見やった。

「遅くなってすみません。捕り物ってこいつのことですか?」
「あァ。お前が来るとは思わなかった」
「何だ!新八が来ちゃ悪いか!たまたま見回り中だったんだよ」
「もう、沖田さん!やめてくださいよ!じゃあ僕らでこいつは引き取りますんで」

沖田をなだめながら、新八は未だのびている男の縄を手に取る。

「…いや、いい。俺も戻る」

土方はもう一度娘が去った方を見据えて、屯所へと踵を返した。

「お前なんか一生帰ってくんな!」
「お前はちょっと黙ってろ」


***


机上に積まれた書類の束にため息をもらして、土方は煙草に火を付ける。

深く煙を吸い込んで、吐き出した。
ふと、脳裏にちらついたのはあの凛とした後ろ姿。

(…あれから5日か)

娘の微笑んだ顔が土方の頭に浮かんだ。
あれから仕事に忙殺され、思いだす暇もなかったというのに。

「…、はあ」
「悩み事ですか?」

口をついて出たため息に応えるようにして聞こえた声に、土方は振り返る。
お茶です、と言って差し出された湯呑みを黙って受け取った。

「…入る時は声くらいかけろ」
「かけましたよ。返事しなかったのは土方さんじゃないですか」
「…じゃあ入ってくんじゃねェよ」
「開けっぱなしでしたけど」
「……」

言葉に詰まった土方に、新八はくすくすと笑う。
ふと、既視感に襲われた。

「…お前、」
「はい?」
「…いや、何でもない」

妙な感覚に、土方は首をひねる。
渡された茶を一口すすった。

「副長!大変です」

突然、焦った声が響いて穏やかな空気が破られる。慌てて駆け込んできた平隊士に、土方はどうした、と落ち着いた声を返した。
居住まいを正し、廊下で片膝をつくと、隊士は焦りのにじむ声で告げた。

「お上のいる城付近で攘夷派の暴動です!現在は近くの民家らしき場所に人質をとって立て籠もっている模様!現在沖田隊長率いる一番隊が現場に向かっています」

隣で新八が息を飲んだのがわかった。
土方はそれを横目で見やって、報告に来た隊士に隊を集めろ、と告げる。

「行くぞ、新八」
「はいっ」



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