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馬鹿だけどそれが愛しい(桂妙)


「いらっしゃいませ。誰になさいますか?」
「うむ。お妙殿を頼む」

珍しい来客に、妙は驚きつつもテーブルを整えた。
手早く水割りを作ってグラスをそっと差し出す。

「礼を言う」
「いいえ、仕事ですから。それにしても珍しいですね。おひとりですか?」
「ああ。何故だか急に、お妙殿の顔が見たくなってな」

真顔でそう言う桂に、妙は顔が赤くなるのを感じた。

「…っ、そんなこと言ったって何も出ませんよ」
「何も期待などしておらぬ。ただ会いたかった、というだけだ」

表情ひとつ変えずにこの男は何を言い出すのだろう。
いつもは馬鹿なことばかりしているくせに、たまにこういうことを言い出すから困る。
キザなセリフも、何の恥ずかしげもなく言ってのけるのだ。

「あなたはっ…!」
「お妙殿?」

ここが自分にとって危険な場所だと、わかって来ているのだろうか。
今日は来ていないが、いつもは毎日のようにゴリラが襲来してくるのだ。
それを毎度引き取りに来る黒服の人達も。

「馬鹿…」
「む。それは俺のことか?」

呆れたような、それでも優しい声音が聞こえて、妙は桂の腕に体を預けた。

「馬鹿です。ほんとに。桂さんの馬鹿」
「失礼だがお妙殿、馬鹿と言った方が」
「でも、ありがとうございます」

いつも通り下らない返答をしようとする桂に心の中で苦笑しつつも、それを途中で遮った。

「私もお会いしたかったわ」

顔を埋めたままそう言うと、そうか、とまた優しい声が聞こえた。
肩に回された腕から体温が伝わる。
どこか懐かしいそのぬくもりに、妙はそのまま目を閉じた。


(あなたの前だけは、素直な私でいたいから)


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