重なる気持ち(山妙)
暖かい午後の休日。
縁側に座ると、やわらかな風が髪を揺らした。
思い浮かぶのは、困ったように、でも優しく笑う彼の姿。
「…会いたい」
不意にこぼれた言葉に、妙自身もはっとした。
最後に会ったのはいつだっただろう。
確か、少し長期の仕事に行くと彼が報告に来たときだ。
申し訳なさそうに頭を下げる彼に、妙は大丈夫ですからと笑って見送ったのだ。
指折り数えていた任務終了の日まで、あと1ヶ月と少し。
「…大丈夫なんかじゃ、ないわ」
ようやく、あと1月というところまできた。
強がりでも何でもなく、本当に大丈夫だと思っていたのだ。
少しの寂しさはあったけれど、あの時笑顔で見送ったのは嘘じゃない。
たった半年。
一生会えなくなるわけじゃない。
無事にさえ帰ってきてくれたらそれで十分だと、半年や会えないくらい平気だと、本気で思っていた。
「どうしたのかしら?」
少し離れるだけで泣いてしまうような弱い女じゃない。
強いつもりだったのに。
「こんなに会いたくなるなんてね」
優しい声で妙と呼んで欲しい。
思い切り甘やかして欲しい。
思っていたよりも、自分は彼に甘やかされていたらしい、と気付いたのは彼を見送ってから二月たった頃だった。
恋しくてたまらない。
どうしようもなく、彼に会いたかった。
「山崎さん…」
ぽつりと呟いた彼の名前。
返事なんて返って来ないと、わかっているのに。
「…はい、何ですか。お妙さん」
後ろで聞こえた懐かしい声に、妙は目を見開く。
後ろを振り返る前に、優しい体温に包まれた。
「ただいま」
耳元で彼の声がする。
妙は震える手で山崎の腕に触れた。
「どう…して?」
「思ったより早く片付いたんだ。本当は屯所に報告書出しに行かなくちゃいけないんだけど、先に来ちゃった」
副長にバレたらヤバいなあと山崎は苦笑するが、その表情はどこか晴れやかだ。
「…やまざきさん?」
その声に山崎は目を細め、どうしたの、と優しく問い返す。
「お顔、見せて下さい」
妙は呟くようにそう言うと、山崎を振り返った。
妙の白い手が、そっと山崎の頬に触れる。
柔らかな感触に、心臓が跳ねた。
「本当に、山崎さん?」
「うん、本物だよ」
まだ信じられないと言うような妙の声に、山崎は可笑しそうに笑って、自身の手を妙の手に重ねる。
「…半年なんて、すぐだと思ったんです」
「…うん」
「私は大丈夫だろうってそう思ってました」
「うん」
真っ直ぐに自分の目を見つめる妙の視線を受け止めて、山崎はゆっくり頷いた。
「こんなに寂しいなんて思ってもみなかったんです」
妙の素直な言葉に、山崎は頬を染める。
その沈黙を困惑と受け取ったのか、妙は言葉を続けた。
「ごめんなさい。こんな面倒なことを言う女、嫌でしょう?」
悲しそうに眉を下げる妙に、山崎は目を丸くする。
「面倒だなんてとんでもない!俺だってお妙さんに会いたかったんだ」
不安げな表情の妙に、山崎は照れたような笑顔を向けた。
「お帰りなさい、山崎さん」
山崎の胸に体を預け、妙は優しくそう呟いた。
少し遠慮がちに、山崎は妙の体をそっと抱きしめる。
「「会いたかった」」
互いの言葉が重なって、ふたりして笑い合う。
ふたりの間に流れるのは穏やかで優しい時間。
幸せだと、そう感じるのは自分だけじゃない。
「お妙さん」
優しく紡がれた名前に、妙は顔を上げる。
会えて嬉しい、と山崎は耳元で囁いて、その唇を塞いだ。
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