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す、好きなことくらい気付け馬鹿!(5年3組設定)


無言で自転車をこぎ続ける幼馴染の背中を、複雑な気持ちで見つめた。
夕暮れが眩しい。
オレンジ色の夕焼けが川面に反射して、とても綺麗だ。

「ねえ、坂田くん」
「……なんだよ」

夕焼けが綺麗だと言おうとしたら、返ってきたのは不機嫌な低い声。
一体何をそんなにイライラしているのか。
昔からそうだ。気に入らないことがあるとすぐ顔に出る。

ひそかにため息をついて、うつむく。
私は、彼のことが好きだ。
もうずっと昔から。
でも彼は気付いていない。というより、気付かせるつもりもない。
わざとそっけない態度もとってきたし、何よりこんな可愛げのない自分を、彼が好きになってくれるとも思わなかった。
自分の顔が人より綺麗なのは自覚しているが、可愛げがないのだ。
『女は愛嬌だろうが!この暴力女!』そう言われたのも記憶に新しい。
もちろん百倍返しでボコボコにしてやったが、好きな人にそう言われて嬉しいはずもない。
ただ、そう簡単に素直になれるはずもなく、彼の想像通りの『委員長』を演じるのが精一杯。
面倒な女だと自分でも思う。

「何をそんなに怒ってるの?こんなに可愛い幼馴染が後ろに乗ってるんだから、何か気の利いたことでも言ったらどうなの」

普段ならこんなことを聞く前に殴り倒すものだが、なんだか今日はそれが憚られた。
怒りよりも寂しさが勝ったのかもしれない。

「何をってお前…。ほんとにわかんねェの?」

呆れたような驚いたような、そんな調子の声で彼は私を振り返る。
すねた表情の彼が大きなため息をひとつこぼした。

「何よ、人の顔見てため息なんて失礼ね!男ならはっきり言ったらどうなの」

そう言いながら彼の銀髪を鷲掴みにして思い切り引っ張った。
ふわふわな彼の髪が手の平をくすぐる。
銀色の髪に夕焼けの色が映って、オレンジ色に光っている。
純粋に綺麗だと思った。

「いだだだだだだだだ!!!!ちょっ、おま、委員長ォォォォォォ!!!はげる!はげるってこれェェェェェ!!」

彼はいつもの調子で私のことを「委員長」と呼んだ。
その肩書は小学生のころのもので、現在は生徒会長となった今も彼だけが私をそう呼び続ける。
決して短い付き合いではないのに、彼は私を名前で呼ばないのだ。
それが少しさびしくもあり、悲しくもあった。

「あー…もう!!俺が将来ハゲたらお前のせいだからな!!」
「はっきりしない坂田くんが悪いんでしょう。それで、原因はなんなの?」

そう言って問うと、彼はまた押し黙る。
いい加減イライラして、その天パむしりとってやろうか、などと物騒な考えを巡らせていると彼はぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。

「…委員長さ、さっきなんか言ってただろ」
「え?さっき?」

何の事だかわからずに頭をひねる。
自分の発言が原因で彼は不機嫌になっていたということだろうか。
しかし、怒らせるようなことは言っていないと思う。
話したことと言えば、ひとつだけだ。

「もしかして、土方くんの話?」
「……」

先ほど口にした話題の人物の名前を挙げてみれば、返って来たのは沈黙。
でも、沈黙は肯定の証だ。

「どうしてそれで坂田くんが怒るの?」
「っ!!」
「きゃあっ」

急ブレーキをかけた彼に、身体が前につんのめる。
彼の背中にぶつかって、鼻の頭をぶつけた。

「ちょっと、何なの急に!」

拳を振り上げると、彼と目が合った。
まっすぐな瞳。
いつになく真剣な顔つきに、手が止まった。
行き場を失った拳を、彼がそっと包む。

「な、何…」
「…もうやめた」
「やめた?やめたって何を…」
「もう無理。…そもそもお前に期待してた俺が馬鹿だった」
「なっ、何なのさっきから!」
「土方になんて言われたって?」
「え…?あの、」
「好きだって言われたんだろ?」
「坂田くん…?」
「俺は、お前に好きだって言った土方にムカついてんの。んで告られてるお前にイライラしてんの。ここまで来てまだわかんねェ?」
「イライラ?」
「わかってたけどな!委員長が鈍いのは昔から!こんだけ時間かけても結局気付いてねーんだもん。俺もう限界だわ」
「だから何が…」
「ガキのころから今まで、なんで俺がずっとそばにいたと思う?こうやってチャリ二ケツして、迎えに行って、送ってやって、何でそこまで俺がしてたと思う?」

彼の表情に、何も返せなかった。
こんな表情の彼は、知らない。
私の知ってる『坂田くん』じゃない…。
言ってやりたいことはたくさんあるのに。
文句も拳も、何も出てこない。

自分の都合のいいように、私の頭が理解を進める。
待って。待って。そんなはずない。
だって、それじゃまるで、

(坂田くんが土方くんにやきもちをやいているみたいじゃない…!)

どくりどくりとやけに心臓がうるさい。
彼の手が熱かった。

「…だからっ!す、好きだって言ってんだよ!そんな事くらい気付け馬鹿!一体いつから好きだと思ってんだコノヤロー!!」

驚いて目を見開く。
頭の中が真っ白になった。

突然引かれた手。
気付いた時には彼の腕の中で。

がしゃん、と大きな音を立てて自転車が倒れた。

「好きだ、妙」

耳元で低い声がそう囁く。
坂田くん、と呼んだ声が掠れた。


(どうしよう。こんなことって…!)




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