置き去りにした心(鴨妙)
twitter診断より
鴨妙の切ないシチュエーション 『重くのしかかる暗雲の下 真剣な顔で 君は 「もう一緒に居てあげられなくて、ごめんね」 と言いました。』 http://shindanmaker.com/123977
***
ごろごろと遠くで雷が鳴っている。
家を出た時はからりとした晴天だったのに、今視界に映る雲は真っ黒で、ああ、もうすぐ雨が降るな、と妙は急ぎ足で店を目指す。
天気予報でも雨の予報ではなかった。おそらくは通り雨だろうが、急がなければ雨に当たってしまう。傘を持ってくるのを忘れてしまった。
そうして、急ぎ足で曲がった角。
突然現れた人影にぶつかりそうになって、慌てて立ち止まる。
ごめんなさい、と謝った。
視線を上げると、見慣れた黒服。
ぴくりと眉を吊り上げる。
睨み付けるように顔を上げると、そこにいたのは有能な参謀と名高い伊東鴨太郎だった。
「まあ」
珍しい人物に妙は思わず声を上げる。
伊東先生じゃありませんか、と笑いかけると、彼は驚いたように目を瞬いた。
「見回りですか?」
そう問うと、ええまあ、と珍しく歯切れの悪い返事が返ってくる。
「すみません、ぼうっとしていて。お怪我はありませんか」
「ええ。なんともありません。こちらこそ大変失礼いたしました」
伊東と知り合って日は浅いが、近藤からその名は度々聞いていて、以前から知っているような感覚に陥ってしまう。
伊東のことを話す近藤はいつだって嬉しそうで、いつもは邪険にする近藤の話も、その時ばかりはきちんと耳を傾けていた。
実際初めて会った時も、近藤の話の通り頭の切れそうな男性だな、という印象を抱いた。
血の気の多い真選組に席を置いているにしては、理知的な雰囲気を感じさせる人だった。そこに穏やかさはあまりないように見受けられたが、自分を抑えることに慣れている人なのだと感じたのを覚えている。
お妙さん、と呼ばれ妙は顔を上げる。
笑顔を作ると、伊東は少し哀しそうに笑った。
「これから出勤ですか?」
「ええ。良かったらご一緒しませんかとお誘いしたいところですけれど、お仕事中なら仕方ありませんね」
冗談のつもりでそう言うと、そうですね、残念です、と思いの外素直な返事が返ってきて、妙は面食らった。
「…あなたともっと話がしたかった」
え、と妙は更に目を丸くする。
ああ、不躾にすみません、と謝りながら伊東は眼鏡のフレームに触れた。
「…あなたともう同じところにはいられない」
そもそも、同じところに立てていたなんて思っていませんが。
そう小さく呟いて、俯く。
伊東がとても頼りなげに見えて、胸がぎゅっとつまった。
幼いころの新八を見ているような既視感に襲われて、つい手を伸ばしそうになる。
伊東先生、と呼びかけた声に被さるように、伊東がまた言った。
「ありがとう」
その声の優しさに、どうしてか心臓が跳ねた。
不意に涙腺が緩んで、泣きそうになるのを妙は懸命にこらえた。
「…御免」
すれ違いざま、一瞬引き寄せられる身体。
近くに彼を感じたのは本当に一瞬で、視界に黒が広がった次の瞬間には彼はもう背を向けていた。
伊東先生、と呼びかけて、伊東さん、と言い直す。
立ち止まったその背中に礼をして、
「お気をつけて。いってらっしゃい」
と笑んだ。
彼が頷いたのか、それともそう見えただけなのかわからない。
―――一緒にいたいと思ってしまった俺を許してくれますか。
耳元で途切れ途切れに聞こえた言葉は、本当に彼が言った言葉だったのだろうか。
遠ざかる背を見送って、きっと彼を見るのはこれが最後なのだろうとなぜだか思った。
ぽつり、と頬に雨が当たる。
雷が遠くで光っていた。
(きっとあなたは、もう二度と)
title: 灰の嘆き
何気に初挑戦の鴨妙でした。
prev / next