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Be with me.(高妙)


今日は弟も仕事場に泊まっていて、家の中には自分ひとりだけ。
仕事が休みなのは嬉しいが、ひとりきりでは何もすることがない。

どうせ今日も、あの男は来はしないのだ。
月見酒でも、と思い、ある男のために買った上等な酒を片手に縁側に腰掛けたが、生憎今日は新月で星一つない黒い空が広がるだけだった。

虫の声さえしない静かな夜。
ひとりの孤独を紛らわすように、強くもない酒を仰いだ。

「…馬鹿」

ぽろりと出たひとことに、幼な子のようだと苦笑した。

期待するだけ無駄なのだ。
それなのに、こうして待っている自分は、なんと愚かなことか。
彼は幕府から追われる身。軽々しく出歩けるような身分ではないというのに。

「…馬鹿は私ね。期待なんてして、悲しくなるだけなのに」

杯に注いだ酒に、不安に揺れる瞳が映る。
それを掻き消すように、一気に酒を飲み干すと頭の芯がくらりと揺れた。

このまま眠ってしまおう。
どこかに男の影を探してしまうような、そんな愚かで弱い自分などいらない。

いつでも強くあらねばならない。弱音など吐くものか。
それが父を亡くした時に立てた、己への誓いだった。

何杯目かの酒を飲み干し、アルコールで火照った体を柱に預けた。
重くなった瞼が自然と落ちてくる。
抗う暇もなく、意識は眠りへと沈みこんでいった。




闇ばかりの夜に、鮮やかな色調がひとつ浮かび上がる。
右目を隠したその男は、女の隣にそっと腰を下ろすと愛おしそうに名を呼んだ。

「妙」

壊れものに触るように優しく、頬に触れる。

「らしくねェなァ。お前はそんなに強くねェだろうが」

苦笑して、静かに呟かれたその言葉にも妙は気付かない。
何かに耐えるようにひそめられた眉に、男もまた眉を寄せた。

「すまねェな…。会いに来てやれなくて」

閉じられた瞳に語りかけるように、男はつぶやく。

「俺は、お前を幸せにゃしてやれねェ。俺は壊すだけだ。護るなんざ、」
「…馬鹿ですね」
「た、」
「私はあなたのそばにいられたらそれで十分です。護って欲しいだなんて、思ってないわ」

妙は困ったように笑いながら、仕方ない人、と小さく囁いた。

「…聞いてたのか?」
「だから、夢でもいいです。夢でいいですから、…こうして、会いに…きて、下さい…ね。…高杉さん」

眠そうな目で、ふわりと笑うと瞼がまた大きな瞳を隠した。

「…夢?」

珍しく驚いたように目を見開いて、すやすやと寝息を立て始めた妙を唖然として見つめる。

「…ククッ、大した女だなァ。お前は」

穏やかにそう言って、妙の唇に自分のそれを重ねた。

「いつか、生きて戻ってこれたら、迎えに来てやらァ」

だからそれまで、お前はここで笑っていてくれ。

その言葉を言わない代わりに、額にそっと口付けを落とした。

「じゃあなァ、妙。この酒は餞別に俺が貰ってくぜェ」

一升瓶を片手にぶら下げ、もう一度妙を見つめるとその場を後にした。


「…本当に馬鹿だわ」

『生きて帰れたら、迎えに来てやらァ』

「死ぬなんて、許さないんだから」

アルコールの抜けきっていない頭はぼうっとする。
だから、涙なんて出るんだわ。

「…っ、ふ…高杉さんっ…」

静かな夜に、妙の耐えるような泣き声だけが響く。

道場の扉の前に佇む男の耳にも、それは届いていた。

拳をグッと握りしめ、くしゃりと髪をかきあげる。

「…妙」

切なげな声音でひとことそう呟くと、響く泣き声を振り払うように着流しを翻した。

星ひとつない夜空に、闇は続く。
夜明けはまだ、来ない。


(そばにいて)


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