SS | ナノ

月下の逢瀬(阿伏妙)



雲の間から顔を覗かせる丸い月に、妙はひっそりと笑みをこぼす。

丑三つ時とも呼ばれるこの時間帯。
静か、と囁くように言って、妙は柱にもたれかかる。

妙は今日、またひとつ年をとった。
幼い頃は早く大人になりたいと誕生日が近づくたびに浮かれていたものだが、実際に自分がそれに近い年齢になってくるとそれほど感慨も湧かなくなってしまうのだから不思議だ。

午前零時をすまいるで迎え、常連客や同僚からおめでとうと祝いの言葉をもらった。
明日は必ず出勤するようにと釘をさされ、今日は早めに帰されたのだ。

忙しいと自分の誕生日もつい忘れてしまいがちだが、周りが気付かせてくれるというのは、なんて有難いことだろうと妙は思う。

温かい職場。
優しい弟に可愛い妹分。
なんだかんだで世話をやいてくれる怠惰な侍と騒がしい武装警察。

本当に、周りに恵まれている。

幸せだと妙は噛みしめるように目を閉じた。

同僚からもらったお香のゆったりとした優しい香りが妙の鼻孔をくすぐる。

深く息を吐いて目を開けた妙に、ふと影がさす。
月が翳ったのかと顔を上げて、驚いた。

「阿伏兎さん…」

照れ臭そうに髪をかきながら、どうも、と阿伏兎は軽く会釈する。
どうしてここに、と言いたげな妙に苦笑した。

「びっくりさせちまったかねェ?」
「え、ええ。とても。どうなさったんです、こんな時間に。おひとりですか?神威さんは?」
「団長は今日はいねェんだ。抜けてきたから、俺一人だ」
「大丈夫なんですか?」
「バレたら半殺しじゃすまないかもねェ。だから長居は出来ない」
「まあ、大変じゃありませんか。どうしてそんな、」
「どうしてって、そんなの決まってらァ」

妙の言葉を遮るようにして、阿伏兎がそう言う。
それから、誕生日おめでとう、と妙に簡素な包みを差し出した。

「…これは?」
「つまんねェもんだが、祝いの品ってやつだよ。好みじゃねェかもしれねェが、受け取ってくれ」

妙は驚きながらもそれを受け取って、ありがとうございますと笑った。

「まあ…」

丁寧に包みを開き、そして現れたものに妙は感嘆のため息を漏らす。

妙の手の中には綺麗な硝子細工の髪飾りが収まっていた。

「綺麗…」
「こないだ寄った星で見かけたモンだ。芸がなくてすまんねェ。女に渡して喜ぶもんってェと、これくらいしか思い浮かばなかった」

バツが悪そうに眉を寄せる阿伏兎に、妙は首を振る。

頬を朱色に染め、嬉しいです、ありがとう、と妙は優しく目を細めた。

大事そうに髪飾りに触れる妙が愛しくて、阿伏兎は妙のつむじに口付けを落とす。
一瞬だけ腕の中に妙を収め、阿伏兎はもう行くな、と少し寂しげに笑った。

「わざわざ来て下さってありがとうございました。生まれた日にあなたに会えただけで、本当に嬉しいわ」
「…可愛いこと言ってくれるねェ」

こりゃあ油断してられねェな、と赤くなった頬をごまかすように背を向けて、阿伏兎は苦笑する。

お気をつけて、と妙に見送られ、阿伏兎はターミナルへと急ぐ。

薄桃色をした髪飾りが、妙の手の中で優しく光っていた。



title:灰の嘆き



prev / next
[ back to top ]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -