哀しい、愛しい(高妙)
「いつまで、続けるつもりなの」
女の凛とした声が静かな部屋に響く。
男は隻眼をゆるりと動かして、女を視界におさめた。
「続かないわ。こんなこと。あなたはどこに向かっているの?」
男の返事を待つことはせず、女は続ける。
煙管から紫煙をくゆらせて、男は視線を窓の外に放る。
ゆっくりと進む屋形船は、時折軋んだような音をたてた。
外は雨だ。
「逃げるつもりなら、宇宙にでもいってしまえばいいのに、いつまでもこんなところに。あなた本当は、」
見つけてほしいんじゃないんですか。
霧雨の音にかぶさるが、女の声は凛として、よく通った。
「見つけてほしい、ねェ」
女の言葉をゆっくりと繰り返して、男はくつくつと喉を鳴らすように笑う。
女は柳眉をひそめた。
「そうかもしれねェなァ」
事の外穏やかにそう言って、男は紫煙を吐き出す。
「あいつらの目の前でお前を殺すのは、さぞかし愉快だろうさ」
愉快そうに細められた瞳。
女はそれを見つめ返しながら、哀しいひと、と憐れむように呟いた。
(かなしい、かなしい)
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