潔く死んでくれ、世界





「…姐さんがいなくなった?」

沖田の言葉に、今にも泣きそうな顔で新八が頷いた。
その隣に座る神楽もいつもの生意気さと元気はどこにいったのか、眉をハの字にして拳を握っている。
平静を装ってはいるが銀時からも不安が伺い知れた。

いつから、と掠れた声が沖田の口から零れる。
隣に座る山崎も信じられないという表情でペンを握りしめた。

眉間に深く皺を寄せ、銀時が呟く。

「帰って来てねーんだわ、ここ3日」

3日。
その数字に総悟は何故だか胸がざわついたのを感じた。

―――…何だ、何か重要なことを見落としているような。

3日前の日付を山崎が書類に書き込んだ。

「今までこんなことなかったんです。無断で家を空けるなんて…」
「…今日アネゴと一緒に買い物に行く約束だったネ。アネゴが私との約束忘れるわけないアル!」
「神楽」

半ば叫ぶようにそう言った神楽を銀時が諫めるよう呼んだ。
だって、とたちまち涙声になる神楽の頭をわしわしと乱暴に撫でる。
零れそうになる涙をこらえるように神楽はぐっと唇を噛んだ。

「その…連絡は取れないんですか?」

遠慮がちに山崎が問いかけた質問に銀時は首を横に振る。

「探したんだ、心当たりは全部。店にも連絡してみた。でも3日前普通に上がってったきりなんだと」

ポツリポツリと呟くように吐き出されたその言葉に、総悟はただ愕然とした。

「…こんなこと、考えたくないんです。でももう何かの事件に巻き込まれたとしか…」

新八の弱々しい声が部屋に響く。

一番考えたくなかった可能性。
でもきっと、そう考えるのが一番自然だ。

部屋にいる誰も、何も言わなかった。
山崎が書類にペンを走らせる音だけが流れていた。

ペンを置いた山崎が、報告に行ってきます、と退席する。
その表情には隠しきれない困惑と悲しみがにじんでいた。

「お願いします、姉上を探して下さい」
「お願いヨ。お前らケーサツなんダロ?アネゴ見つけてヨ…!」

深く頭を下げる新八の拳は震えていた。
涙に濡れた神楽の青い瞳が沖田の双眸を捉える。
その視線をすっとそらして、沖田は努めていつも通りに頷いた。

「わかりやした。全力で捜索しまさァ。お妙さんは俺らにとっても大事な"姐さん"ですからねィ」
「ありがとうございます…っ」

新八はまた頭を下げて、沖田に礼を告げる。
それに小さく頷いて、手をひらひらと振った。

「ほんと頼むわ。こいつらもこんなだしよ」
「…旦那もでしょう。とにかく、何かあればすぐ連絡しやす。言っても無駄だとは思いやすが、自分勝手な捜索や行動はなるべく控えて下せェ」
「…あァ」

じゃあな、という言葉を残して銀時たちが部屋を後にする。
誰もいなくなった部屋を見回して、沖田はズルズルとその場に座り込んだ。

「な、んで姐さんが…」

どうして、という思いが沖田の頭の中をぐるぐると交錯する。

「3日、前…」

総悟は感じた違和感に記憶の糸を手繰り寄せた。

 3日前というと、土方と夜間の見回りだった日だ。
 二手に別れていつも通りかぶき町を一周して、それから見張りをした。
 見張り…?一体何の見張りだった?
 しばらくした後、血まみれの土方が帰って来て、そのまま屯所に…。
 血…と、それからどこかで嗅いだあの、ニオイ…。
 あれは明らかに返り血だった。
 攘夷浪士かと聞けば、土方は曖昧に濁したんだ。肯定もしていなかった。
 じゃああれは誰の血だ?
 どこか甘いような、あの…―――。

そこまで思い出して、沖田は弾かれたように部屋を飛び出した。

今日、この時間に屯所にいる隊士は少ない。
残っているのは数人の平隊士と沖田を含めた隊長数名、それから副長だけだ。

(まさか、まさか、そんなことが…―――)

混乱する頭に舌打ちをして、勢いよく障子を開けた。
そこにいたのは、煙草をふかす、真選組副長の名を背負う男。

「何だ総悟。障子くらい普通に開けられねェのか」

背を向けたまま、不機嫌そうな声が沖田を責める。
沖田は息を整えながら障子を静かに閉めた。

「姐さんが行方不明らしいですぜ」
「…あァ。山崎から報告を受けた」
「近藤さんが知ったらどうなるでしょうねィ。それに、山崎や他の隊士たちも心配してまさァ。騒ぎになるのは時間の問題ですねィ」
「…何が言いたい」

低く唸るような声。
沖田は気にせずに続けた。

「俺たち真選組にとって、姐さんはそれほど大きな存在だってことでさァ」

土方が振り返る。
目が合った瞬間、沖田は土方の胸倉をつかみ上げ、壁際に押さえつけた。
ドンっという鈍い音がして、それが部屋に響いた。
殺気を剥き出しにして土方が沖田を睨み返す。

「テメェ」
「3日前のあの日、何してたんでィ」
「…何の話だ」
「とぼけんのも大概にしろよ土方…!テメェが斬ったのは誰だって聞いてんだ!」

土方は一瞬瞠目したが、口元に浮かべたのは薄い笑み。

「…えらく勘がいいじゃねェか」
「っ!テメェッ…!何したかわかってんのかよ!!?」

声を荒げる沖田をやや鬱陶しそうに見やって、土方は呆れたように小さく息をついた。

「あァ。俺は悪を断っただけだ。これで全て元通りになる」

悪びれもせず笑う土方の頬を沖田は思い切り殴りつける。衝撃で後ろに倒れ込んだ土方の胸倉をきつく締め上げた。

「姐さんが…あの人が何したってんだッ!」

土方は叫ぶ沖田に眉を寄せる。

「あいつは悪なんだ。あいつのせいで俺たちのリズムが狂っちまったってェのがわからねェのか」
「あの人は、近藤さんのっ…!」
「……」

切れ切れになる沖田の言葉に、土方は黙り込んだ。
沖田の赤い瞳に怒りと憎悪と悲しみが写る。
その頬を伝うのは、透明な滴。

「…悪い夢は醒まさせてやらねェとな。俺はそれをしたまでだ」

沖田の胸倉を掴む手が緩んだ。
土方は切れた口端を拭うと、落ちた煙草を拾い上げる。

「汚れ役なんざ今まで腐るほどやってきたんだ。今更女ひとり斬ったからってどうだってんだ。真選組のため、近藤さんのため。そのためなら俺は何だってできる」

力なく座り込んだままの沖田を一瞥して、土方は立ち上がった。

「…言うも隠すもお前の好きにしろよ。俺は後悔なんてしてねェ。逃げも隠れもしねェぜ」

そう言い残して、部屋を後にする。

後に残ったのは鼻につく紫煙のニオイ。

「…ソッ、」

畳の上にぱたりぱたりと涙が落ちた。
沖田はそれを拭うこともせず、畳を殴りつける。
誰に怒りをぶつけていいかもわからずに。


「…ッ、クソォォッ!」




(こんなこと、気付きたくなかった)
(知らない方がまだ救いはあったのに)




 

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