ミッドナイトフォーリンラブ



仕事帰りの帰り道。
真夜中を少し過ぎた時刻。
いつもより遅くなったせいか、空が明るくなり始めている。

視線を前に戻すと、橋の欄干に誰かが立っているのが見えた。
その人物が、こちらを向く。
目が合って、男だということに気付いた。多分自分と同い年くらいの。
一瞬飛び降りでもするのかと目を見張ったが、その少年の顔を見る限りそんな気はなさそうだった。
しかし、どこか異様な雰囲気をまとっている。

「おネーさん」

触らぬ神に祟りなしと気にせず通り過ぎようとすると、すれ違い様に声をかけられた。

疲れで重くなった頭を無理やり起こして、努めて笑顔で振り返る。

「…どなたかしら?」

にっこりと笑うその少年が自分の知っている誰かと似ている気がして、不思議な感覚に捕らわれた。

「ん?俺?神威だよ」
「そう。神威さん、私に何かご用?」

聞いたことない名前。それでも、誰かと似ているという感覚は消えなかった。
妙は必死で記憶の糸を手繰り寄せる。
神威の細められた目から感じる違和感に、少し身を引いた。

「坂田銀時の女って、君のこと?」

知った名前に、知らずと肩が揺れる。
しまったと思った時にはもう遅かった。

「ふぅん。そっか。なかなか美人だね。あの男にはもったいないくらい」
「…あなた、誰なの?」

銀時を知っているということは、もしかしたら自分も会ったことがあるのかもしれない。
そう思い、尚も記憶を辿ってみるが、思い当たる人物はいなかった。
万事屋の仕事仲間か、それとも銀時の昔なじみか。
でも、どちらも違うような気がした。

「んー。神楽の兄だと言ったらわかる?」
「…!」

三つ編みにされた桃色の髪。チャイナ服のような服装。
自分を姉御と言って慕う少女と、目の前の男の顔が重なった。

「まあ、もう兄だなんて言えないけどね。神楽のこと知ってる?」
「…ええ」
「じゃあやっぱり君が志村妙さんだね。不出来な妹だけどまあよろしく頼むよ」

驚いて、息をのむ。
ニコニコと笑う神威の顔を、じっと睨みつけた。

「どうして知ってるのって聞きたそうな顔してるね」
「…わかってるのなら答えなさい」
「気が強いんだね、妙。でも残念ながら、それは教えられないんだ」

神威は、トン、と軽やかに欄干の上へ一足で登って、楽しそうに笑う。
当然のように自分の名前を呼び捨てる男に苛立ちを感じたが、言って聞くような男ではなさそうだ。口をついてため息が出る。

「何者なの、あなたは」
「まあいずれわかるよ。それより、いいね、その瞳。気に入ったよ」

細められた瞳。
ぴり、と緊張が走った。
挑戦的な視線を妙は正面から受け止めて、睨みつけるように神威の瞳を見つめ返す。

「その強い瞳、たまらないね。壊したくなるよ」

神威の笑顔に、全身がぞくりと粟立った。
背中を冷たい汗が伝う。

「あはは、そんなに怯えないでよ。大丈夫、殺したりしないよ。女の人は強い子供を生むかもしれないし」

平然とそんなことを言ってのける神威を、妙はきつく睨みつけた。

きつくなった妙の視線を愉快そうに受けとめて、笑顔のまま言葉を続ける。

「君と俺なら、きっと強くて綺麗な子供が出来るだろうな」
「…誰と誰の子どもですって?」
「君と俺。君はとっても美人だし、顔だってすごく綺麗な子になるよ。髪は何色になるかな?」
「その頭今すぐかち割って差し上げましょうか?」

無邪気にそう問いかけた神威に、妙は笑顔で拳をつくった。

「告白もお付き合いもプロポーズもすっ飛ばして子どもだなんて、口説き文句としては原始人レベルだわ。それとも、自分がそう言えばどんな女でも付いてくるとでもお思いなのかしら?」

にこり、と笑みを深めて、神威を真っ直ぐに見つめる。
神威はその視線を受け止めて、ふうん、とどこか楽しそうに頷いた。

「面白いね、妙。俺にそんなこと言った人は君が初めてだ。やっぱり気に入ったよ」

登り始めた日の光が、辺りを徐々に照らしていく。
その眩しさに、妙は思わず目を細めた。

「おっと、もう行かなくちゃ。じゃあね、妙」

くるりと背を向けた神威に、妙ははっとして叫ぶ。

「待ちなさい!」
「何?もう急がないといけないんだ」
「私は銀さんの女なんかじゃないわ」
「へ?」
「訂正よ。そんなデタラメ、誤解されたままじゃ困るわ」

神威は一瞬きょとんとした顔になって、それから心底愉快そうに笑った。

「あはははっ!やっぱり最高だよ、妙。今日は少し見るだけにしようと思ってたけど、君と話して良かったよ。こんな人だとは思わなかった」

ひとしきり笑った後、妙を正面から見つめ、またにっこりと微笑んだ。

「じゃあね、妙。また会いに来るよ」

そう言うと、さっと走り去り、姿を消した。
握りしめていた拳をほどいて、ゆっくりと息を吐く。
神楽の兄だと言ったあの神威という男は、自分の知る彼の妹とは似ても似つかない雰囲気をまとっていた。

どこかつかみどころのない飄々とした態度。
細められた目の奥は、笑っていなかった。
きっと、あの男は人を殺すことに慣れているのだろう。

自分はとんでもない男に気に入られてしまったらしい。
またひとつ、大きなため息をついた。

「神威、さん…」

怖い。けれど不思議で、変わった人だった。
妙は神威が走り去った方向を一瞥すると、くるりと橋に背を向けて歩き出した。
日の光が照らす、朝が始まる。




(出会いはいつも、突然に)


title:エドナ



 

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