日常茶飯事の憂鬱
※銀妙未満
ちゃぷん、とお湯が跳ねる。
妙はぐっと体を伸ばして、大きく伸びをした。
「…いいお湯」
仕事で疲れた体がじんと温まる。
いつもなら少し寂しいお風呂上がりも、今日はきっと鬱陶しいくらいにぎやかだ。
妙が仕事から帰ると、おかえりと出迎えてくれた複数の声。
何で帰るときに連絡入れねェんだ、と不機嫌そうな声で銀時が言って、お疲れさまです姐さん、と山崎が困ったように笑った。
(誰が妙を迎えに行くかを争っていたら結局迎えに行くことすら出来なかったということは、妙は知らない事実である。)
今日は珍しくゴリラがいなかったと思ったら、まさか先に家に来ているとは。
イラっと来たので、 お帰りなさいお妙さん会いたかったです と向かってきたゴリラをご挨拶よろしくとりあえず笑顔で殴り飛ばした。
いつも通りの様子にため息をつく土方と肩をすくめる沖田に、今日はどうしたんですかと問いかけると、仕事帰りに銀時たち万事屋一行に遭遇し、土方と銀時が争いながらなんやかんやしているとここに来ていたと説明されて苦笑した。
しかも、夕飯もちゃっかりとここで済ませてしまったらしい。
神楽と新八はさっき寝たとこだ、と銀時が付け加えた。
どこかで買ってきたのであろう缶ビールをあおりながら、先に風呂でも入ってくれば、と促され今に至る。
「熱燗、まだあったかしら」
妙はまだ飲む気でいるであろう男たちを頭に思い浮かべ、こっそりと笑む。
幸い、明日は休み。少しくらい夜更かしをしても平気だ。
勝手に家に上がってきたのだ。
付き合ってもらったって構わないだろう。
そこまで考えて、妙は湯船から出る。
まとめていた髪を下ろして、シャンプーのボトルを手に取ったところでふとあることに気付いた。
軽い。
「…そういえば、昨日なくなりかけてたんだわ」
ノズルを押してみるが、案の定、掠れた音がするだけだった。
下ろした髪をまとめ直して、妙はそろそろと風呂を出る。
昨日新八が買いにいってきますねと言っていたが、戸棚の中に目当てのものは見当たらない。
そういえば、玄関に買い物袋が置きっぱなしになっていた気がする。
さて、どうしたものか、と妙はため息をついた。
新八と神楽は寝てしまったと言っていたし、土方や沖田が来ているのにバスタオル一枚で出ていくわけにもいかない。
困り果てていたところに、とんとんとん、という足音が聞こえた。
気恥ずかしさとはしたなさにためらうが、背に腹は変えられない。
ドア越しにすみません、と話しかけた。
「…ん?今なんか呼ばれたような…」
「あの、すみません、私です」
「は?え、姐さん!?」
お風呂入ってたんじゃないんですか、という焦ったような声。
「その声、山崎さんですか?ごめんなさい、こんな所から。申し訳ないんですが、銀さんを呼んできてくださいますか?」
「え、旦那?」
お願いします、と言う困ったような妙の声に、山崎は戸惑いながらも返事をする。
足音が遠ざかったことに安心して、妙は風呂場に戻った。
「すっかり冷えちゃったわ」
湯船に肩までつかって、ふうとため息をつく。
乳白色の入浴剤が肌に柔らかく当たって心地いい。
今度またみんなで温泉に行きたいな、と思ったところでガラリと戸が開く音がして、外から声がした。
「おーい、何だよ。人を呼びつけて」
銀時の相変わらずだるそうな声に妙は苦笑して、そのまま扉越しに返事をする。
「銀さん?ごめんなさい、シャンプーがなくなってしまって。今日新ちゃんが買ってきてくれたと思うんですけど、ご存知ありませんか?」
シャンプー?と聞き返して、ああ、と銀時は何かに思い当たったように言った。
「そういえば今日買ったわ。洗剤もないっつーから買っといたぞ。あ、玄関に置きっぱだったか」
「あら、銀さんが買いに行ってくださったんですか?ありがとうございます。すみませんけど取ってきていただけません?」
「しゃーねーな。ちょっと待ってろ」
扉を閉める音がして、銀時が出て行ったのがわかった。
妙は湯船につかり直して足を伸ばす。
この間阿音から教わったマッサージをして銀時を待った。
左足をやり終え、右足を伸ばしていると、入るぞと声がして扉の開く音がした。
どうぞと返事をして風呂場の扉を少し開けると、詰め替え用のシャンプーが差し出される。
「ありがとうございます。助かりました」
「あんま長湯して逆上せんなよ」
「わかってますよ」
「居間で飲んでるからな。あと、台所借りてる」
「どうぞお好きになさってください。どうせ夜通しやるんでしょう。上がったら熱燗でも作りますから」
「おう、悪いな。お前ちゃんと頭とか乾かしてから来いよ」
「はいはい」
銀時ののそのそとした足音が遠ざかる。
洗面所の扉が閉まった音を聞いて、妙も風呂場の戸を閉めた。
「あとは右足ね」
ちゃぷん、ちゃぷん、とお湯がまた跳ねる。
妙の機嫌の良さそうな鼻歌が静かな風呂場に反響してゆっくりと響いた。
***
「…え、ちょ、旦那遅くないですか?」
「…何しに行ったんだあいつ」
「姐さんが風呂入ってる時に何だって旦那が呼ばれるんでィ」
場所は変わって居間。
銀時が飲んでいると言ったそこでは、妙に険悪なムードが漂っていた。
酒に酔って、お妙さぁんと言いながら眠っている近藤だけがそんなこととは知らずに気持ち良さそうに寝入っている。
効果音で表すならば、ずおん、が適切だろうか。
酒の席とは思えないほど重たい空気である。
土方が眉間の皺を深めたとき、居間のふすまが開いた。
渦中の人物である銀時が、ピリピリした雰囲気になんだよお前らと怪訝そうな声を上げる。
「どうしたって、ね、ねねね姐さんがふふふ風呂入ってるっていうのにな、何してたんですか!」
山崎がつまりつまりにそう言って、土方と沖田が銀時をきつく睨みつけた。
それを気に留める風でもなく、銀時はいつもの調子で何ってシャンプー渡しに行っただけだろ、と返す。
「シャンプー?」
「シャンプーが切れたっつーから、今日買った詰め替え用渡しに行ったんだよ。玄関に置きっぱだったからな」
「そうだったんですか」
「っておいィィィィ!!何納得しそうになってんだ!」
頷きかけた山崎を土方が遮った。
何だよ多串くん、と銀時がうるさそうに新しい缶ビールを手に取る。
「別に普通じゃね?それよりつまみくれつまみ」
平然とそう言ってのけた銀時に土方も山崎もぐっとつまる。
もしゃもしゃとするめを口にして、あとで熱燗作ってくれるってよ、と告げた。
もやもや。
風呂を覗いたとか何かがあったとか、そんな色っぽいことはなさそうだが、なんとも言えないもやもや感。
「いちご牛乳あったっけな〜」
のそりと冷蔵庫を漁りにいく銀時と、のんびりと風呂に浸かる妙。
この二人の距離感に誰もがもやもやとした疑問を抱いたが、口に出すものはいなかった。
土方、沖田、山崎の三人は微妙な苛立ちともやもやを抱えたままビールをあおる。
なぜ入浴中の妙が弟の新八ではなく銀時を呼んだのか。
なぜ当然のように銀時が志村家の台所を迷う風でもなく使っているのか。
「お、あるじゃん」
―――なぜ、妙の家の冷蔵庫に銀時の好物であるいちご牛乳が常備してあるのか。
増えるばかりの疑問を拭い去るように、誰かがぐびりと喉を鳴らした。
そうして、夜は更けていく。
(どうして、なぜだか、もやもやする)Title: Discolo
2014,June
久々に銀妙です。まだ付き合ってもないし、自分の中の想いにも気付いていない二人。恋人とは違う家族っぽさのようなものを出してみたくて書いてみました。互いを全く意識していないからできちゃうというのがポイントです←
ちなみに、ここからすんなりと銀妙に落ち着くかと思いきや、沖田さんが頑張っちゃったり、土方さんが本気出したり、山崎がチャラ崎になってぐいぐい攻めちゃったりして違うCPに落ち着く可能性を秘めてます。なんてったって未満ですから(`・ω・´)
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