冷たいてのひらに


※劇場版ネタ注意※













近藤がお縄になってから4年と少し。
ついに公開処刑の日程が決まり、その救出の算段も手筈が整った。
幕臣として働いていた自分たちが、今となっては攘夷派の仲間入りだなんて笑い種だなと沖田は薄く笑みを浮かべる。

特別、罪悪感があるわけでもなければ、後悔があるわけでもない。
そもそも、自分は幕府に忠義があったわけではないのだ。近藤がいたから、たまたまそちら側についていただけの話。
その幕府が近藤は不要だと決めたのなら、こちらは幕府こそ不要だと斬り捨てるだけだ。
あの人がいなければ、自分たちの世界は回らない。

ふと、脳裏に新八と神楽の姿がよぎった。昔の面影を残しながらも、成長した二人。形見のように彼の持ち物を身につけて、荒れ果てたかぶき町に名を馳せていた。

あの二人の大将、万事屋坂田銀時が姿を消してから、もう5年になる。
銀時を失って、あの二人の世界は止まったままなのだろう。

もしも近藤を失ったらと、考えるだけで怖かった。
そんな世界なら、いっそなくなってしまった方がマシだ。

バタバタバタ、と数人の医師たちが慌てて沖田の横をすり抜ける。
あぁ、またか、とそれを視線だけで見送った。

大江戸病院の特別病棟。
辿り着いた病室の前で沖田は立ち止まる。

あれから色々なことがあって、皆変わってしまった。
突如流行り出した白詛という病によって世界はすっかり荒廃し、顔馴染みだった人々も一人、また一人と犠牲になっていった。

沖田は扉に手をかけて、しばし逡巡する。
ここを開けたら、いつものポーカーフェイスを保つ自信がなかった。

お見舞いにと持たされたフルーツの詰め合わせが入ったカゴを握り直して、息をつく。

ゆっくりと扉を開けた。

ベッドに横たわる人物が、顔をこちらに向ける。

すっかり白くなった髪と肌に、胸がずくりと痛んだ。

「…姐さん」

どうも、と沖田が頭を軽く下げる。
妙は驚いたように沖田さん、と呼んだ。

かぶっていた笠と刀を奥の椅子に立て掛けて、ベッド脇の机にフルーツの詰め合わせを置く。

ベッドの横にあった椅子に腰を落ち着けて、もう一度姐さん、と呼び掛けた。

「お加減はいかがですかィ」
「お陰様で、なんとか。沖田さんが来てくださるなんて、驚きました」

会えて嬉しいわ、と笑う妙はどこか儚げで、沖田は拳を握る。
いつかの姉の姿がちらついて、それを追い払うように軽く頭を振った。

「近藤さんや土方さんは元気にしてらっしゃるの?こんな世の中ですもの。きっとお忙しいでしょう」
「大丈夫でさァ。俺たちゃ頑丈さが取り柄ですからねィ」
「ふふ、そうね」

笑みを浮かべた妙に、沖田も浅く笑みを返す。自分は今ちゃんと笑えているのだろうかと拳に力をこめた。

妙が白詛に感染したと知って、妙な喪失感と焦りに襲われた。
組全体に動揺が走り、揺れた。
一番心配して大騒ぎするであろう、近藤には伝えていない。
近藤を救い出して、一刻も早く会わせてやりたかった。
きっと、この人に残された時間は、あと僅かだ。

「沖田さん」
「何ですかィ」
「あまり、無茶はしないでくださいね」
「どうしたんです、藪から棒に」
「…もう誰にも、いなくなって欲しくないんです」
「姐さん…」

妙はそう言って、はっとしたように口をつぐむ。
少し間があって、ごめんなさい、と妙が言った。

沖田はぐっと唇を噛む。
よりにもよって、どうしてこの人が、と膝の上で拳を握りしめた。

近藤が長年思いを寄せる、自分と同い年の美しい女性(ひと)。
さほど興味があったわけでもない。惚れっぽい近藤のこと。どうせすぐ諦めるだろうと思っていた。
でも、予想に反して恋の寿命は長く、5年以上たった今でも、近藤はこの女性が好きだ。
そして自分も、真選組(今は誠組となったが)隊士たちも、この志村妙という女性が好きだ。
いつか、本当に自分たちの“姐さん”になってくれたらと、そんなことを割と真剣に思ってしまうくらいには、沖田も妙が好きになっていた。

いなくなって欲しくないのはこっちの方だ、と沖田はぎゅっと目をつぶる。
自分が大切に想った女性は、どうして自分の傍からいなくなってしまうのだろう。
姉のことを考えずにはいられなかった。

鼻の奥がツンとして、沖田は奥歯をかみしめて耐える。
そうしなければ、嗚咽が漏れてしまいそうだった。

俯いて黙りこくってしまった沖田を、妙は心配そうな目で見つめる。
沖田さん、と呼ぼうとした妙の手を、沖田がそっと握った。

「…大、丈夫でさァ」

声が震える。細くて白い妙の手を両手で包み、沖田は顔を上げる。
顔に笑みをのせて、姐さん、と呼んだ。

「俺たちゃ誰も、いなくなったりしやせん。姐さんが元気になったら、また縁側で花火でもしやしょう。でっけェ打ち上げ花火、持っていきやすから」

蘇るいつかの思い出。
示し合わせもせず、志村邸に集まったいつものメンバーで大騒ぎした、ある夏の日。

「ええ。やりましょう。大きなスイカ、準備しますから」
「…っ、」

それはきっと、守られることのない約束。叶うはずのない夢。
でも、それでも、絶対に諦めたりはしないから。
また必ず、そうやって笑い合えることを信じて。

弱弱しくも握り返された手に、また涙がこみ上げる。
声を上げて泣きそうになるのをどうにかこらえて、沖田はまた笑った。

「ほんと、姐さんはいつだって綺麗で困りまさァ」

沖田さんたら、と妙が笑う。
その笑顔が見られただけで、十分だと思った。



(変わらぬ貴女に泣きそうになる)



title:灰の嘆き



2013,August



劇場版ネタその二。沖妙を妄想せずにはいられませんでした。
アイマスクのくだりも入れたかったのですが、うまく入らなかった…(´・ω・`)
沖田さんはミツバさんとお妙さんを重ねちゃうだろうなーと。
お妙さんの前ではいろいろと剥がれちゃう沖田さんだといいです。

 

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