君を愛してる
※映画ネタバレ注意※
気付くとそこは白い部屋の中だった。
どこだここ、と銀時は辺りを見回す。
ここが病室だと気付くまで少しかかった。
窓際に置かれた見舞いの品の数々。
どこか見覚えのある品々ばかりで、銀時は眉を寄せる。
一体誰が、とベッドを見やって、そこにいた人物に言葉を失った。
「…っ、」
驚愕で、声が出なかった。
真っ白な髪。痩せた身体。元々白かった肌は、更に色を失っていた。
嫌な汗が背中を伝う。
うそだろ、と乾いた笑みを漏らして、銀時はベッドの中の人物を見つめた。
おたえ、という呟きが白い部屋の中に落ちた。
早鐘を打つ心臓の音が、頭を揺らすように響く。喉がカラカラに乾いていた。
僅かに上下する胸。
――――生きてる。
そのことに心底安堵して、銀時はぎゅっと拳を握る。
妙は生きている―――しかし確実に、その命は終わりを迎えようとしている。
何でお前がこんなところにいるんだ、と銀時は頭の中で問いかける。
ただただ呆然と横たわる妙を見つめるしか出来なかった。
「…さ、」
小さな、小さな声。
はっとして、銀時は口元に耳を寄せる。
白い頬に触れようとして、手を引っ込めた。
怖くて、触れられなかった。
「銀、さ…」
消え入りそうな程小さな声で、妙が銀時の名をつぶやいた。
おたえ、と銀時が返す。
妙の長いまつげがぴくりと揺れた。
そこにいるの、と途切れ途切れに告げて、妙がこちらに手を伸ばす。
妙が銀時を探すように瞳を彷徨わせた。
見えていないことに気付いて、銀時はぐっと唇を噛む。
触れるとこのまま壊れてしまうんじゃないかと、銀時は一瞬躊躇した。
空を切る妙の手。
不安を滲ませた声で、銀さん?と妙が銀時を探す。
銀時は慌ててその手をとった。妙が伸ばした震える手を包み込むようにそっと握る。手の冷たさにはっとして、銀時は握る手に力を込める。
銀時の手の温度に安心したのか、妙がふわりと笑った。
これで新ちゃんも神楽ちゃんも安心ね。
そう言って、妙は笑みを深める。
何言ってんだよ、と返した声は震えていた。
嬉しいわ。またあなたたちの笑顔が見れて。これでもう、大丈夫。
妙はつかえながら、ゆっくりとそう言う。
大丈夫って何がだよ、と絞り出すような声で告げた銀時に、妙はまた微笑みを向けた。
「ねぇ銀さん、笑ってくださいな」
白い肌、真っ白な髪、痩せた身体。
見た目は変わってしまったが、それでも笑顔だけは変わらない。
笑ってくださいと言う妙の笑顔は、銀時がよく知る、志村妙のものに違いなかった。
あぁ、と震える声で返したのと、銀時の瞳から涙が零れたのは同時だった。
***
「…ん、…さん、銀さん!」
誰かの呼び声で、意識が浮上する。
はっとして身体を起こすと、いつになく心配そうに眉を寄せる妙。
辺りを見回すと、そこは通い慣れた志村邸の縁側だった。
銀さん、と呼ばれ、銀時は妙を振り返る。艶やかな黒髪に、白いけれど血色の良い肌。この妙にあの痛々しいまでの白さはない。目の前の妙は、いつもの妙だ。
「あ、れ…?」
夢、だったのか。
あの病室も、あの妙も?
喉はカラカラで張り付いたし、全身ぐっしょりと汗をかいていた。
頬を汗が伝う。
呆然と自身の手を見つめた。
握った手の感覚がまだ残っていた。
「大丈夫ですか?」
すごい汗、と手拭いを頭からかけられる。差し出された水の入ったコップを銀時は黙って受け取って、一気に飲み干した。
冷えた水が喉を通っていく。
空になったコップを妙が銀時の手からとって盆に戻した。
夢の中の妙と、目の前の妙の姿が重なる。
半ば放心状態の銀時に構わず、妙は濡らした手拭いを銀時の目に押し付ける。
それからぐいぐいとやや乱暴に顔を拭った。
いてェな、と思って、夢じゃないと気付いた。
「今お風呂が入ったところなんです。先に入られたらどうですか」
あなた今すごく汗臭いですよ、と妙がいつもの調子で銀時に言った。
耳に馴染む妙の声を聞いて、銀時はあぁそうかと心の中で頷く。
記憶に残る白に胸が痛んだ。
ゆるく拳を握って、目の前の妙を手拭いの隙間から見つめる。
汗で湿った頭を拭う妙の緩やかな手つきが心地よかった。
銀時からは、妙の表情は窺い知れない。
黙ったままの銀時に、困った顔をしているのか、眉を釣り上げているのか、はたまた笑みを浮かべているのか。
「悲しい夢でも見ましたか?」
静かな、けれど優しい声音。
新八や神楽を諭す時の声音によく似ていた。
こういう時の妙は決まって、泣きそうになるくらい、優しい顔をしていることを銀時は知っていた。事実、この表情をした妙を目の前にすると、新八と神楽はすぐに涙声になる。涙混じりの声で、アネゴ、と抱きつく神楽を思い出した。
銀時は被せられた手拭いをゆっくりと頭から外して、妙と視線を合わせる。
何ですか、と問う妙に銀時は手、と一言呟いた。
「え?」
「…手、出して」
「手、ですか?」
不思議そうな顔をしながらも、妙は素直に手を差し出す。
差し出された手をまじまじと見つめて、銀時は遠慮がちにその手を握る。
まさか握られるとは思っていなかったのか、妙が慌てたように銀さん、と言った。
銀時はそれには答えずに、 そこに在ることを確かめるように妙の手を両手で握りしめる。
伝わってくる温かさに銀時はほぅと息をついた。
「…さっきからどうしたんです?何だか変ですよ」
銀さん、と妙は照れたような、困ったような顔で銀時を呼ぶ。
言いようのない安心感に満たされて、そのまま衝動的に妙の手を引いた。
何するんですか!と妙の焦った声がしたが、銀時は妙を懐に収める。
妙はしばらく抵抗していたが、緩む気配のない腕に嘆息して大人しくなった。
トクトクという妙の鼓動が銀時に伝わる。
ーーー生きてる。
(間違いなく、こいつは生きてるんだ)
銀時はそれが嘘ではないことを確かめるように、腕に力を込める。
隙間も出来ないくらいきつく抱きしめて、銀時はぎゅっと目を閉じた。
「…お妙」
銀時の呼びかけに、妙が小さな声ではい、と返事をした。
お妙、お妙、と何度も繰り返して、銀時は腕の中の妙に頬を寄せる。
心底安心したように大きく息をつく銀時の背を、妙がゆっくりと撫でる。
ますます強くなる腕の力に、苦しいわ、と訴えた。
「…わり。今はちょい、無理」
くぐもった銀時の声。
緩むことのない腕の檻に、妙は、困った人ね、とほんのりと頬を赤く染めて、柔らかく笑った。
(失うと思うと、苦しくてたまらなかった)
(お前がいなきゃ、俺は多分、息すらつけないから)Title: a dim memory
劇場版に触発されて。
あの5年後の世界はなかったことになりましたが、「お妙さんを失う」ことは銀さんにとって心がちぎれてしまうくらい辛いことなんじゃないかと妄想してみました。新八や神楽ちゃんとのお別れとはまた別の痛みを伴って、銀さんの心に何かを突き刺していくと思います。
2013 July
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