夕闇が空を隠す頃に


「…春雨と手を切る」

高杉がさらりと口にした言葉に、万斉は耳を疑った。
当の本人はそんな万斉を気にする風でもなく、愛用のキセルをふかしている。

「…本気でござるか」

ややあってそう問い返すと、高杉は伏せていた瞳をちらりと万斉の方へ向けた。
非難するかのような鋭い視線。
万斉はその瞳をサングラス越しに見つめ返した。

「しかし、そう容易には」
「あァ。だろうなァ」

高杉自身もその難しさはわかっているのだろう。
低い声で万斉の言葉に同意する。

宇宙海賊春雨。
その規模は宇宙一と謳われる程で、裏社会に彼らの存在は欠かせない。
政府の要人とも一枚かんでいるとの噂もある。
敵に回すととんでもなく厄介だが、味方になると互いの利害が一致していれば強い後ろ盾になるのだ。

そう思い、鬼兵隊も手を結ぶ機会をうかがっていた。
一悶着はあれど、紅桜の一件でようやく築いた関係を今更断つというのか。

つらつらと高杉に問い詰めたい言葉が万斉の頭を駆け巡るが、高杉が聞く耳を持たないこともわかっていた。

そんな万斉の胸中を知ってか知らずか、高杉は言葉を続ける。
高杉の中で決定したことは、他人の意見などどこ吹く風だ。

「…先の春雨の人身売買の件で要らぬ損害が出た。これが続いて、幕府に足がつきでもしたら笑えねェと思わねェか」

確かに、先の春雨の件でこちら側も被害を被った。それには全く関与していなかったにも関わらず、だ。
もしこんな事態が続けば、幕府に足がつくかもしれないという高杉の危惧は間違ってはいないだろう。
しかし、あまりにらしくない台詞ではないか。

あの大組織に一度足を突っ込めば、抜けることは許されない。少しでも内部の情報を知れば、まず自由にはなれないだろう。
たとえ逃げたとしても、地の果てまで追いかけられて消されるのが関の山だ。

そのリスクは春雨と手を結んだ時、十分承知していたはず。
高杉が危惧するところもわからなくもないが、春雨と手を切るというには不十分な動機のように思えた。損害を被ったのは事実だが、大したものではなかった。
それとも他に考えがあるのか、あるいは。

「…春雨と手を切る。俺が言いたいことはそれだけだ」

そう言うと、高杉は窓の外を見やる。
万斉は言い出しかけた反論をこらえ、立ち上がった。
納得いかなくとも、ついて行くしかない。これ以上言及したところで、高杉の考えが変わるとも思えなかった。

「…失礼するでござる」

万斉が襖を閉めた音が室内に響く。
ゆっくりと肺にたまった煙を吐き出すと、キセルの灰を落とした。

万斉は黙って出て行ったが、納得はしていないだろう。
しかし、どれだけ言及されようと、これ以上答える気はなかった。
危惧しているのは、幕府に嗅ぎつけられることでも、要らぬ犠牲のことでもない。そんなことは瑣末な事柄に過ぎない。
万斉も思っただろうが、それだけで手を切るというのはあまりに軽率だ。
そもそも、こちらに大した損害などないのだ。
あの大組織と手を切ると言われて驚かないはずがない。

春雨と手を切る理由。
それは、ひどく滑稽で子供じみた理由で。

高杉が本当に危惧しているのは、春雨のある男の存在だった。
春雨第七師団団長、神威。
夜兎の血を受け継ぎ、春雨最強と謳われる危険人物。

少し前、かつての戦友、銀時が吉原を治める鳳仙を倒したとの情報が入ってきた。
その情報を寄越したのは他ならぬ神威本人だ。

『吉原一の花魁だっていうから期待してたのに、全然大したことなかったなあ。とんだ期待はずれだヨ』
『ねぇ、君ってあの銀髪のお侍さんと知り合いなんだって?いいなあ、強かったんだろう?』
『決めたんだ。あのお侍さんは俺が殺るって。あ、お侍さんの知り合いなら俺好みの強い女がいるかもしれないよネ!ますます楽しみだよ!』

強い女と聞かれて、思い浮かぶのはひとり。
唯一自分が執着する、ただひとつの。

銀時などどうでもいい。
いつ殺されようと知ったことではない。

しかし、あれだけは渡すわけにはいかないのだ。
遠ざけなくてはならない。

神威が存在に気付く前に、春雨と手を切らねば。

柄にもなく覚えた焦りと不安。
楽にはいかないだろうことは十分理解している。
とにかく、どちらにも気取られぬように。

窓の外では夕日が沈む。
高杉は川面に映る夕日をただじっと眺めていた。



(お前だけは誰にも、)


title:灰の嘆き

 

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