すきだからゆえに
4限目終了のチャイムと共に、騒がしくなり始めるラウンジ。
土方は眉間に皺を寄せ、小さくため息をついた。
他学部のラウンジというのはあまり落ち着かない。別に誰に見られているわけでもないのにどこか居心地が悪かった。
さっさと用件を済ましてしまおうと、土方は目的の人物を探してぐるりと辺りを見回す。ふと、高く結いあげたポニーテールが目に止まった。
今時珍しい綺麗な黒髪にゆらゆらと揺れるポニーテール。
それは、土方が探している人物、志村妙の代名詞でもあった。
もっとも、正確には高校時代までの彼女の、だが。
妙、と声をかけようとして、土方は思わず口をつぐむ。
楽しそうに笑う妙の視線のその先。妙の唇が、「沖田くん」と呼んだのが見えた。
その「沖田くん」がそれに応えるように妙の髪を優しく撫でる。
(…くそ)
胸の痛みが増す。
傷が疼いたように痛かった。
(ああ、イライラする)
それに耐えるように眉根を寄せて視線を上げると、視界には変わらず微笑む妙と沖田の姿。
やり場のない苛立ちが土方を襲う。
上げたままの視線が、蘇芳色の瞳と絡んだ。
「…どーも」
「…おう」
土方の姿を見止めた沖田は、あからさまに不機嫌そうに会釈する。
それに気付いた妙が、土方くん、と呼んだ。
「授業お疲れさま。ごめんね、ここまで来させちゃって」
「いや。行くか?」
「うん。じゃあ沖田くん、今日は先に帰るわね」
「了解でさァ」
「ごめんね、待ってても良かったんだけど」
「気にしなくていいでさァ。気ィつけて帰れよ」
「うん、ありがとう。じゃあまた明日」
「おう。帰ったら電話しまさァ」
「うん!待ってる」
バイバイ、と手を振る妙を横目で見やって、沖田に軽く会釈する。
刺さる視線をきつく睨み返した。
気に食わない、と瞳が言っていた。
隠す気もないのか、沖田は思い切り眉を寄せてこちらを見ていた。
それでも、この位置を譲る気などない。
もう一度ねめつけるように蘇芳色の瞳を睨みかえして、背を向けた。
***
沖田は妙を笑顔で見送って、隣の黒髪に視線を移す。
目が合った。
瞳孔の開ききったようなその目は、確か苛立ちをたたえて沖田を見ていた。
きつく睨み返して視線をそらす。
隣を歩く妙の笑顔にイラついた。
「チッ、気に食わねェヤローでさァ」
「アイツ絶対志村サンのこと好きだな」
ぼそりと呟いたひとりごとに返って来た声。少しばかり驚いて顔を上げる。
見上げると、くるくるの銀髪。
「坂田」
「よう。ご機嫌斜めか沖田くん」
どかりと沖田の隣の椅子に腰を下ろし、イチゴ牛乳の紙パックを机の上に置いた。
何しに来たとそっけなく聞けば、面白そうだったからからかいに来た、と悪びれもせず言い放った。
思い切り睨みつけると、へらへらと笑って、きゃー怖いと裏声でわめく。
残念なことに、付き合いは短くない。
不本意ながら、この面倒な男に対しての耐性はできてしまっていた。
「で、いいの?彼女アイツと行っちゃたけど」
「…いいわけねェだろィ」
銀時の言葉に、沖田は低い声で返した。
イチゴ牛乳の甘い匂いが鼻に付く。
「そんなに嫌なら行くなって言やいいのに」
「……」
「何意地張ってんだか」
ずずず、とイチゴ牛乳を飲みほして、銀時が呆れたように呟く。
机に突っ伏す沖田の頭を小突いた。
「…窮屈なのは嫌がるだろィ」
「は?」
「束縛は激しすぎると嫌われるっつったのはお前でさァ」
「いや、まあ、言ったけどさ。何、まさかお前、そんなこと気にしてんの?」
「…うるせェ」
照れ隠しなのかなんなのか、沖田は机に突っ伏したままだ。
沖田のくぐもった小さな声が銀時の耳に届く。
「え、まじでか?お前が?来るもの拒まず去る者追わず、のスタンスだった女泣かせのお前が?本気になっちゃってんの?」
冗談だろ、と銀時は驚いた声で聞き返した。
机に伏せたまま、視線だけを上げて銀時を見る。
沖田の眉間に寄った皺に、思わず苦笑する。
「…傷つけたりしたくねェんでさァ。アイツのことは気にくわねェが、妙にとっちゃ大事な奴なんだろィ。会うななんて、言えるかよ」
沖田の言葉に、銀時はくわえていたイチゴ牛乳を落とすというベタな反応をして見せた。
「…ちょ、何、熱でもあんのお前」
紙パックを拾いながら、焦ったような声音で銀時が問い返す。
沖田はむっとして机から顔を上げた。
「ねェよ。妙には笑ってて欲しいってだけでィ」
どこのドラマのセリフゥゥゥゥゥ!と叫びそうになった銀時は、心の中にそれを押しとどめてマジかよ、と沖田を見る。
高校時代の沖田の姿を思い返して、ないないないない、と首を振った。
あの頃の沖田は、学校中で有名な女たらしだった。沖田自身から誘いをかけたことはなくとも、先輩・後輩・同級生と来るもの拒まず。何度か修羅場に出くわしたこともあった。
その沖田に、本命のカノジョ。
「ごめん、マジ想像できない。何、本気なわけ?志村サンに?」
むすっとした表情の沖田に半信半疑で問いかける。
文句でもあるのかとでも言いたげな目でぎろりと睨み返されて思わず黙った。
直接話したことはないが、妙に対する銀時の評価は悪いものではなかった。
少し胸元がさびしい気もするがスタイルもかなりいいし、綺麗な笑顔が印象的で、随分と美人な子だな、と思っていた。
付き合い始めたのも最近のはず。どうせすぐ飽きるだろうと思っていたが、今回ばかりは本気ならしい。
そこまで考えて、銀時はにやりと笑った。
「へェ〜。女たらしの沖田くんがねェ〜」
「…何でィ」
「べっつに〜」
にやにやと笑っていると、銀時の足に衝撃が走った。
「いってェェェ!」
「なんかムカついたんでィ」
脛はねェだろ脛はァァァァァ!!!と銀時は転げまわらん勢いで叫んだが、沖田は我関せずとスルーして、銀時の新しいイチゴ牛乳に手を伸ばす。
少しだけぬるくなったそれを一口飲んで、口に残る甘ったるいミルク風味に顔をしかめた。
「何勝手に飲んでんのお前!」
「あっま…」
「糖分足りなくなったらどうしてくれんだよ!」
「うるせェこの糖尿予備軍」
「んだとこのドS!」
黙れ糖尿、とぼそりと悪態をついて、沖田は銀髪をはたく。
「…手放す気なんてねェでさァ」
「ふぅん?まあせいぜい頑張れば?あの瞳孔開き気味の奴には精々気ィつけるんだな。ぼやぼやしてるとかっさらわれるぜ」
「わかってらァ。余所見する暇なんてやらねェよ」
「おーこわ」
ま、頑張れよ、と銀時はまたヘラヘラと笑う。
5限目開始のチャイムが鳴った。
***
「ごめんね、待たせて」
「いや、別にいい」
妙の笑顔に、先ほどまでの苛立ちが和らいだ。
校舎を出て、並んで歩く。
久しぶりだな、その髪型、と言うと妙は嬉しそうに笑った。
自分と妙の関係は、高校の頃から変わっていない。
一番仲のいい友達、理解者。
その位置づけはきっとこれからも変わらない。
「高校の頃みてェだな」
「ふふ、言うと思った」
「久々に見た」
「そうね。久々にしたわ」
「似合ってる」
「ありがとう」
今日は土方くんと会うから特別なの、と妙は屈託なく笑ってみせる。
妙の笑顔はあの頃と変わらずに隣にあるのに。
伝える機会なんて、今思ってみれば腐るほどあった。
なのに、それをしなかったのは自分だ。
もしあの時伝えていたら自分が妙の恋人として隣に居られただろうか、なんて馬鹿げたことを考えたのも一度ではない。
先ほどの妙の照れたような笑顔がふと頭をちらついて、イラついた。
それは紛れもなく、恋するひとりの少女の顔で。
妙の笑顔が見つめる先は、あの沖田だ。
わかっていながらも、拭いきれない悔しさ。
妙の口から沖田という名前が出る度に、心がざわざわと音をたてた。
(…くそ、情けねェ)
「あのね、沖田くんが…」
「妙」
つい我慢しきれなくなって、妙の話を遮った。
妙は黙って、土方の言葉を待つ。
なあに、と聞く妙の笑顔に、子どもじみたことをしてしまった自分を恥じた。
「…どうなんだ」
「どうって…。何が?」
「…あいつと」
「あいつって沖田くんのこと?」
「ああ」
きょとんとした表情で、妙は土方を見つめる。
それから、土方くんでもそんなこと聞くのね、とおかしそうに笑った。
「…聞いちゃ悪いか」
「そんなこと言ってないじゃない。そうね、きっと順調なんだと思うわ。でも付き合い始めてからそんなにたってないもの。よくわからないけど」
「…そうか」
照れたように、でもとても嬉しそうに笑う妙を見て、また鈍く胸が痛む。
無意識のうちに拳を握っていた。
「女たらしだって聞いたぞ」
「そうみたいね」
「大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫よ。きっと」
「きっとってお前」
「ふふ、相変わらず心配性ね、土方くんは」
「…るせェ」
「ありがとうってことよ」
妙は綺麗に微笑んで、大丈夫よ、ともう一度呟いた。
その表情がなんだか少し切なげで、土方は思わず手を掴む。
「どうしたの?」
「…いや」
変な土方くん、と妙はころころと笑う。
振りほどかれない手に少しだけ安心した。
「いろんな噂は聞くけど、きっと大丈夫。一緒にいると楽しいし、意外に気遣い屋さんなのよ、沖田くんって。大事にしてくれてるんだなあってわかるもの」
だから大丈夫よ、と妙は優しくそう言った。
幸せそうに笑う妙に、土方は短くそうか、と返す。
その笑顔に、苛立っていた心がそっと凪いだ。
「…騙されてるかもしんねーぞ」
「…そうね。泣かされたら、慰めてね?」
妙は土方を見て困ったように笑った。
当たり前だろ、と呟いて、妙の頭を優しく撫でる。
(…妙。好きなんだな、アイツが)
握ったままだった手を少し強めに握り直して、土方は妙に向き直った。
(まだ、両手放しでおめでとうとは、言ってやれそうにない)
(でも、)
「お前が幸せならそれでいい」
「…土方くんってそういうキザな台詞、さらっと言えちゃうのね」
心臓に悪いわ、と顔を赤くする妙につられて赤くなった。
「おまっ…!」
「…ドキっとしちゃったわ。土方くん格好いいんだもの!」
照れたようにはにかむ妙の言葉に、土方は更に顔の体温が上がったのを感じた。
照れ隠しに妙の頭をやや乱暴に混ぜると、何するの、という抗議の声と共に飛んでくる拳。それを間一髪でよけながら、土方も笑った。
(手放す想いもあるのだと、いつか言えたらいい)
(隣にいるのが、俺じゃなくても)Title:Discolo
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