胸が締め付けられる




「妙ー!今日も遊びに来たよ〜」

指名が入ったと言われて指定されたテーブルに行ってみれば、にっこりと笑うピンク色の髪の例の男。
嫌な予感は当たるものだと妙は心の中でため息をついた。

「…神威さん」
「そんなとこ立ってないでまあ座りなよ。妙の好きなもの頼んでいいから」

妙が隣に腰かけると、神威は適当なものオーダーしていく。
テーブルに届いた酒や食べ物を見て妙はまたため息をもらした。

「こんなに高いものばかり頼んで大丈夫なんですか?」
「お金のこと?こう見えても結構稼いでるから心配無用だよ」

お酌してよ、とグラスを差し出す神威に妙は大人しく酒を注ぐ。

「やっぱり妙にお酌してもらうのが一番だなあ」

機嫌よく酒を仰ぎながら、さりげなく妙の肩に腕を回す。
普段なら客の腕を思い切り捻ってやるところだが、何を言っても(しても)無駄なことはすでに学習済みだ。

「ありがとうございます」
「気にしないでよ。俺は妙に会いたくてここに来てるんだからさ」

この変わった男がこうしてここに通い始めて、もう1週間になる。
神威が来ると売り上げが段違いに上がるため迷惑とは言えないが、その莫大な額のお金は一体どこから出てくるのだろうと疑問に思わずにはいられない。
毎日毎日店にやってきては、信じられない額のお金を使っていくのだ。
金に糸目はつけないというのか、本当にいっそ気持ちがいいほど豪快に金を消費していく。
何をしているのかと訊ねてみても団長だとしか言わない。
団長と聞いて思い浮かぶのはサーカスくらいだが、まさかたかだかサーカスの団長というだけでこれだけのお金を稼ぐなんて出来ないだろう。
それに、この男がサーカスの団長をやっている姿なんて想像も出来ない。
和やかにショーを進めていくなんて到底出来ないだろう。

初めて彼と会った時、言いようのない恐怖を覚えた。
人を殺すことに慣れていると、そう思った。
おそらくそれは間違いではないだろう。

しかし、店にやって来てからというもの、神威は拍子抜けするほど大人しく、初めに感じた鋭い雰囲気も感じられなかった。
それどころか、抱きついてきたり手を握ってきたり、やたらとスキンシップが激しい。
最初は慣れずに赤くなったり怒ったりしていたが、いくら言っても聞かないのでもうすっかり慣れてしまった。
他の客の相手をして放っておくと構えと拗ねるし、まるで小さな子供のようなのだ。

「最近ずっと来られてますけどお仕事は大丈夫なんですか?」
「え?うん、大丈夫だよー。ちゃんとやることはやってるから(阿伏兎が)」

笑顔でそう言うと、さっき頼んだフルーツの盛り合わせ(特盛り)をもぐもぐとおいしそうに平らげて、ドンペリをぐいと一気に飲み干した。
その姿が神楽と重なって、やはり兄妹なのだと改めて思う。

「妙、今何考えてたの?」

にこりと笑いながらもさっきまでの笑みとは全く違った種類の笑顔で神威は妙に問いかけた。
妙はぎくりと身体を強張らせ、神威を見る。

「神威さん、神楽ちゃんには会いにいかれないんですか?」

ごまかしても無駄だと思い、妙は思ったことを正直に答えた。
その言葉を聞いた瞬間、神威の顔から笑顔が消える。

「神楽か…。言わなかったっけ?もう兄だなんて言えないし思ってもないって」
「ええ、聞きました」
「ほんとに、もう関係ないんだよ。向こうがどう思ってようが俺が知ったこっちゃない。弱い奴には用はないんだ」

淡々とそう言う神威に妙はただ黙って耳を傾けた。

「神楽ちゃんは強い子よ。あなたのいう強さとは別なのでしょうけど、神楽ちゃんは強くて優しい女の子だわ」

神威は表情ひとつ変えずに妙を見る。
妙も神威の青い瞳を臆することなく見つめ返した。

「アレが強い?面白いこというね」
「冗談なんかじゃないわ。神楽ちゃんは強い。あなたとは別の意味でね」

妙の真剣な眼差しを神威は一瞥すると、ふいとそらしてやや不満げにふうんと呟いた。

「…そんなこと言っても許すのは妙だけだよ。他の奴なら、きっと殺してる」
「!」

神威は言いようのない苛立ちを取り払うように、妙を腕の中に収めた。

「ねえ妙」
「…何ですか?」
「俺と神楽とが戦ったら、きっと神楽は死ぬよ」
「何が言いたいんですか」
「神楽の方が強いなんて、間違ってるって思わない?」

耳元で聞こえる声の低さに、妙は肩を揺らす。
それでも神威が腕の力を緩めることはなかった。

「別の意味でって言ったでしょう」
「わからないよ。どんな意味でだって殺してしまえば死んだ奴が弱い」

苛立っているのか、声に余裕がない。
普通の人ならば、神威の殺気に恐れて近づきもしないのだろう。
しかし妙には神威が駄々をこねる子供のように思えてならなかった。

「人の生き死にをそんな風に軽々しく言わないでちょうだい。人の命はもっと尊くて重いものよ」

言っても無駄だと思いつつも、妙は言わずにはいられなかった。
人の生き死には勝ち負けではない。
生き残ったから強いだとか死んだから弱いだとかいうわけ方がひどく嫌だった。
生きることも死ぬことも、そんなたったふたつの言い方で分け切れてしまうような単純なものではないのだ。

「死ぬことは弱いことでも負けることでもない。生きることが強いことでも勝つことでもない。命の重さを神楽ちゃんはちゃんとわかってるわ」

神威は何も答えず、妙を抱きしめたまま黙っていた。
何の反応も示さない神威を妙は辛抱強く待った。
人を殺すことに慣れていたって、大事なことを忘れてはいけない。
殺すことに、戦うことに楽しさを感じるなんてことはあってはいけない。
ほんの少しでもいい。ほんの少しでもわかってくれたなら。

「…妙。俺は天人だよ。夜兎なんだ。妙とは違う生き物だよ」
「そんな言い方っ…!」

吐き捨てるように言った神威に、妙は顔を上げる。
神威の顔を見てはっとした。

「ねえ妙」

妙の名を呼ぶ神威の声は低い。
眉を寄せ、笑おうとして崩れたようなその表情は悲しそうだった。

「妙は人間。俺は夜兎だ」
「そんなこと…」
「戦うことは好きだし、やめられない。俺は強くなりたいんだ」
「……」
「誰かを殺すことだって別に何とも思わない。俺の邪魔をするなら排除するだけだ」

神威は淡々と、言葉を続ける。
妙は彼の青い双眸をじっと見つめた。

「でも、もし、妙を殺さなくちゃならないとしたら」
「……」
「俺は妙を他の奴みたいに殺せるかな…?」

かすれそうな声でそう言って、神威はまた妙を抱きしめた。
今度は、そっと。
回された腕の力はひどく弱く、優しい。

「壊したいけど、壊したくないんだ」
「…神威さん」
「この俺がどうしたっていうんだろうね。笑っちゃうよ」


『愛も憎しみも戦うことでしか表現する術を知らぬ』

『神威、お前もいずれ知ろう』

『本当に欲しいものを前にしてもそれを抱きしめる腕もない』
『爪をつきたてることしかできぬ』
『引き寄せれば引き寄せる程、爪は深く食い込む』


(爪をつきたてることしか出来ない…か。俺は、そんな風にはならないよ。抱きしめる腕はここにあるんだ)

自嘲気味に笑って、神威は妙をきつく抱き込む。
閉じ込めるように、決して離さないと繋ぎ止めるように、神威は抱きしめる腕に力をこめた。

「妙は、強いね。そして、綺麗だ」
「ありがとう、ございます」

神威の腕の中で、妙は精一杯の笑顔で微笑む。
泣きそうだなんて、悟られたくなかった。

「しばらくこのままでいさせてよ」

妙はただ黙って頷いた。
神威は己の腕の中に閉じ込めた妙の温かさに酔いながら、自分の胸が鈍く痛んだのを感じた。






(君が欲しいんだ。でも、どうしたらいい?愛だなんて俺はよく知らない)




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