君ヲ想フ


※山妙が結婚してます。そしてシリアスです。




少し気温の高いある晴れた日。
真選組屯所にひとりの来客が訪れた。

ごめんください、という澄んだ声に人物のあらかたの見当をつけて、沖田は入り口へと向かう。

「やっぱり姐さんでしたか」

こんにちは、と言って微笑むその人は相変わらず美しい。

「突然ごめんなさい」

妙は申し訳なさそうに眉を寄せ、出迎えた沖田に頭を下げた。

「差し入れです、これ」
「いつもすいやせん姐さん」
「もう、姐さんはやめてくださいっていったでしょう?」
「っと、失礼しやした。お妙さん」

ふふふ、と柔らかな笑みをこぼす妙を沖田はじっと見つめる。

今日は日射しがきつい。
妙の長い睫毛が頬に影を落としていた。

「沖田さん?」
「…いや、何でもありやせん。さ、上がってくだせェ。茶くらいいれやすぜ」
「ありがとうございます」

妙は相変わらず笑っている。
違和感すら感じてしまう程に、彼女の笑顔は美しい。

この少女が今日ここに来た理由は、おそらく。

(姐さん、)

沖田はゆるく拳を握った。

***

「すいやせん、お待たせしやした。姐さん、じゃねェや。お妙さん。」
「いいえ。なんだかすみません。ありがとうございます」

振り返った妙に頷きを返して、沖田は隣に腰かける。
湯呑みを手渡すと、ありがとうございます、と笑った。

「縁側でいいんですかィ?」
「ええ。今日はいい天気だもの。日向ぼっこもいいかと思って」
「それもそうですねィ」

湯呑みに口をつけ、妙はおいしいと嬉しそうに笑う。

「今日はほんとにいい天気でさァ。ついこないだまで雨ばっかだったってのに、馬鹿みたいに晴れてやすねィ」
「そうですね。今日は洗濯物がよく乾くわ」

真っ青な空を見上げて、妙は眩しげに目を細めた。

その凛とした横顔を、沖田はこっそりと見つめる。

姐さん、こと旧姓志村妙。
今は山崎妙になった。

姐さんと呼ぶのはもうやめて下さいと彼女は言うが、呼び慣れたその呼称を改めるのは些か難しく、ついつい姐さんと呼んでしまう。

真選組隊士をひれ伏させてしまうほどの彼女が、本当はどれほど優しい人か。
それを自分は知っている。

(姐さん…。アイツは、)

妙の夫、山崎退に潜入の任務が課せられたのは1ヶ月あまり前のことだ。
危険な仕事だということは、近藤も土方も、そして山崎自身も承知の上だった。
なかなか尻尾を出さない過激派の攘夷グループの動向を探るための苦渋の選択で、山崎自身が行くと首を縦に降った時も近藤は最後まで潜入捜査に難色を示していた。
それほど、ハイリスクな任務だった。

任務のおおよその期間は3週間。
そして、10日前の報告を境に、山崎からの連絡が途絶えた。

真選組も人員を割いて事実確認を急いでいるが、なかなか有力な情報が得られないのが現実だった。

申し訳ない、自分の責任だ、と畳に頭を擦り付けて謝る近藤を妙は一言も責めなかった。

泣くことも怒ることもなく、信じていますから、と笑った。

顔を上げてくださいな。あなたに謝罪されるような覚えはありません。あの人はきっと帰ってきます。どんな形でも、あの人はきっと帰ってくる。私はそう信じています。だから、どうかそんな風にご自分を責めないでください。

共に謝罪と報告に来ていた土方や原田さえも息を飲むほどに、その笑顔が綺麗だったのを覚えている。

「…たさん」

「沖田さん、」

妙の柔らかい声で、沖田ははっと我にかえる。
大丈夫ですか、と気遣わしげにそう言う妙にすいやせん、と返した。

「沖田さん」
「何ですかィ?」

静かな妙の声が屯所の庭に響く。
じりじりと暑かった日差しが雲に隠れて少し弱くなった。

「回りくどいことをしてごめんなさい」
「…そりゃァどういう意味ですかィ?」

きゅ、と妙の手に力が込められたのがわかった。

「沖田さん、少しお話、聞いてくださいますか?」

日が陰って、さあ、と風が吹く。
ざわざわと葉を揺らして、通り過ぎた。

「お妙さんの話なら何時間でも付き合いますぜ」

妙の丸い瞳が沖田を真っ直ぐに捉える。
茶化すようにそう返すと、妙はありがとうと笑った。

後ろの部屋から、畳の上を歩くようなかすかな物音をふと沖田の耳がとらえる。
一瞬目線を後ろに動かして、その物音の正体を確認した。

妙は一度目を伏せて、視線を前へやる。
雲の切れ目から太陽がまた顔を出した。

「いつも思うの。あの人は、退さんは、帰ってこないんじゃないかって。いつも同じように出掛けていくあの人の背中を見るのは、今日で最後なんじゃないかって。いつか私にはなんにも言わずにどこかに消えてしまうんじゃないかって、馬鹿みたいだけれど、考えてしまうの」

少し迷っているのか、妙の声はいつもより小さい。
それでも笑みを崩さない妙に、沖田はどこかが痛んだのを感じた。

「この間見送ったとき、この人は死ぬ覚悟をして出ていくんだって、思った。何も聞かされていなかったし、普段と何も変わらなかったのに、どうしてかしらね、わかってしまったの」

困ったように笑う妙の横顔を沖田は黙って見つめる。
妙の長い睫毛が震えた。

「真選組隊士の妻になったんだもの。覚悟はしているわ。何かのために命を掛けて、それでも決して生きることを諦めないあなたたちの背中がとても眩しくて、隣に並べないことが少し悔しくて、でも、そんなあなたたちの、――――あの人の、そばにいられて幸せだって思っているわ」

姐さん、という声が掠れる。
表しようのない気持ちが沖田の胸をじりじりと焦がした。

「私を一番に思って欲しいわけじゃない。二番でも十番でも、何番でもいいから、あの人の中に私の居場所はあるのかしらって。何もかもを全部話して欲しい訳じゃないの。ただ、もしあの人が突然消えてしまったら、私はそれを知らされるまであの人のことがわからなくて、何も伝えられないまま、何も聞けないまま、私ばかりがあの人でいっぱいになったまま、取り残されてしまうんじゃないかって、そんな馬鹿みたいなことを考えて――……、ごめんなさい沖田さん、私、本当に馬鹿ですね。あの人の中の居場所が欲しいだなんて…、」
「姐さんっ!」

震える妙の声を遮って、沖田が叫ぶ。
妙の手を包み込むように握って、姐さん、ともう一度呼んだ。

「俺は、…っ、俺たちは!!!姐さんが好きでさァ!居場所なんて、いくらでもありやす!ザキだけじゃねェ、近藤さんだって、土方だって、俺たちみんなの中に、姐さんの居場所がありまさァッ!!」

姐さん、だから、どうか。

叫ぶようにそう言う沖田の瞳が揺れる。
妙の顔から笑顔が消えて、大きな瞳が見開かれた。

普段表情をあまり崩さない彼だからこそ、余計に妙の心を打つ。

ぎゅう、と握りしめてくる沖田の手をそっと握り返す。
熱いほどの体温が伝わって、妙の心に広がった。

「沖田さん、」

ありがとうございます。

泣き笑い、という表現が一番正しいのか、妙は涙をこぼして、それでも笑っていた。

「っふ、ぐす、」
「…っ、う、おおお妙さァァァん」
「くっそ、ザキの野郎まじ許さねェ」

初めて見た妙が泣く姿に、沖田は後ろの外野へのツッコミも忘れる。
ずびー、という音が空気をぶち壊したが、妙は気付いていないらしい。
涙を止めようと顔を覆っていた。

「姐さ、」
「駄目だよ。目、あんまりこすっちゃ」

姐さん、と呼び掛けた沖田の声に被さって、一際穏やかで優しい声が降ってくる。

沖田も妙も突然のことに息を飲んで、後ろの外野さえも隠れていることすら忘れて飛び出してきた。

大きな瞳をこれ以上ないほどに大きくして、妙は目の前の人物を見る。

見開いた瞳から、ぽろりと涙の粒がこぼれた。

顔も服もボロボロで、とても格好つけられたものではなかったが、それでも男は真っ直ぐに立って柔らかく微笑んでいた。

「遅くなって、ごめん」

さがるさん、と妙が小さく彼を呼ぶ。
それを心底愛しそうに見つめて、山崎はお妙さん、と呼び掛けた。

「ただいま」

そこにいる誰もが、信じられないという顔つきで男を見た。
人一倍お人好しで人情深い大男が、堪えきれずにうおおおお、と泣き出す。

「山崎、お前…、生きてたのか」

ようやっと絞り出したような声で、土方が問うた。

「化けて出たわけじゃないですよ!また勝手に殺されちゃかないません」

いつもの調子でそう言う山崎に、土方もほっとしたように肩の力を抜く。
遅ェんだよ、と言った声は少し震えていた。

「退さん」

妙の凛とした声がそこ場をしんとさせる。
殴られるかな、と山崎は少し身構えた。

「あなたが命を掛けて負った仕事は、果たせたんですか」

真っ直ぐに妙の瞳が山崎を捉える。
その瞳を見つめ返して、山崎は深く頷いた。

立ち上がって、妙は山崎に歩み寄る。
山崎の汚れた頬に手を伸ばして、そっと触れた。

「本当は、ぼこぼこになるまで殴ってやろうと思っていました」

うん、と山崎は相槌を打つ。

「このまま帰ってこなかったら、殺してやるって、」

思って、いました。

妙の凛とした声が揺れる。
潤みを帯びた愛しい人の大きな瞳を見つめ返して、山崎はそっと手を重ねた。

「ここにいるよ」
「退さん、」
「うん」
「さがるさん」
「お妙さんは、俺の帰る場所だから」
「…っ、さ、がるさ、ん」
「どんなになっても、帰ってくるよ」

さがるさん、という妙の声が嗚咽に変わる。

姐さん、と泣きそうな声で誰かが妙を呼んだ。

おかえりなさい、と途切れ途切れに告げられた言葉に、山崎はぐっと妙を抱き寄せて、ただいま、と震える声でそう返した。



(離れていても、いつだって、君と共に)


title: a dim memory



なんちゃってシリアスな山妙。真選組とお妙さんの絡みが好きです。愛される姐さんっていい^^
死んじゃうかもしれない任務に向かうときも、彼は何も言わずに行くんじゃないかなーと。
それをなんとなく悟って、少し不安になっちゃうお妙さん。
うまく言えませんが、私が書く山妙の力関係はどっちかっていうと山>妙です。山崎の方がお妙さんより一枚上手。甘やかし方は銀さんとか土方さんよりも上手いんじゃないかなー、上手かったらいいなーと考えて何を間違ったのかこんなシリアスな話になりました。


2012.July



 

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