ワンダフルワールド


※沖田さんとお妙さんが結婚してます。




「土方さん、女が『大事な話がある』ってェ時はどんな時なんですかィ?」

書類でさァ、と珍しく期日に間に合わせて作ってきた書類の束を手に、総悟は珍しく神妙な顔つきで土方に問いかけた。

「はぁ?知らねーよ。なんだいきなり」

煙草をふかしながら土方が書類を受け取ると、総悟はどっかりと腰をおろして携帯のメール画面を差し出す。


△月○日
差出人 : 妙
題名  : お仕事お疲れ様です
――――――――――――――――
今日帰ったら大事なお話があります。
お帰りになるまで待っていますから。
                  』

メールに目を通した土方が、視線だけを動かして総悟を見た。

「さっき送られて来たんでさァ。大事な話ってなんだと思いやす?」
「…何したんだ」
「何もしてやせん。だから困ってんでさァ」

はあ、と大きなため息をついて、総悟はごろんと横になる。
眉を寄せてメール画面を睨みつけた。

「妙の『大事な話がある』はただ事じゃない気がするんでさァ…」
「気付かねェ間になんかしたんじゃねェのか?怒らせるようなこととか、なんか心当たりねェのか?」
「ありやせん。昨日も今朝もいつも通りだったんですぜ」

総悟はまたひとつため息もらして、うらめしげにメール画面を見つめる。
普段飄々としている弟分が、こんなにも表情を崩して悩んでいる姿は付き合いの長い土方にとっても稀に見るものだった。
それだけ大事にしているのだろう。伊達に自身の尊敬する近藤と決闘までして一緒になったわけではないらしい。
珍しい沖田の姿に土方もつい頬が緩む。
こいつにこんな顔をさせられるのはあの女と近藤さんくらいか、と苦笑した。

「何笑ってんですかィ。真剣に考えて下せェよ。百戦錬磨の土方さんなら女心なんてチョロイもんでしょう」
「誰が百戦錬磨だ。喧嘩してるわけでもねェなら、大した話じゃねェんじゃねェか?浮気なんてしてねェだろ?」
「するわけねェでしょう。妙以上にいい女なんてこの世にいやせんよ」
「…そーかよ」

さらりとそう言う総悟に、土方は思わず苦笑する。
くわえていた煙草をふかして、そのまま灰皿に押し付けた。
結婚してもう随分たったと思うが、いまだに新婚気分が抜けないらしい。仲のいいこった、と土方は短く嘆息する。

「そーいや、結婚してどれくらいになる」
「もうすぐ半年…、っ土方さん、今日何日ですかィ?」
「まだ半年だったか。もっと経ったような気がしてたんだがな」
「何日かって聞いてんでさァ…っ!」

総悟は焦ったような声音で土方にそう言って、思いだしたように携帯を見やる。

「やっぱり…っ!」
「なんだよ、さっきから。今日は○日だぜ?」
「…今日で半年なんでさァ」
「なんだって?」
「今日で妙と俺が一緒になって半年、なんでさァ」
「……」

しばしの沈黙。
土方は黙って新しい煙草に火をつけて、それじゃねェのか、と呆れたように言った。

「女って誕生日とか記念日とかそういうの好きだろ。あの女を普通の女と一緒に考えていいのか迷うところだが、なんか準備でもしてたんじゃねェのか?」
「半年記念…。確かにきりのいい区切りではありやすよねィ。あー、日付一日勘違いしてやした」
「なんだ、覚えてたんじゃねェか。なんか買ってあんだろ?それでも渡してやりゃァ気も晴れるだろうよ」
「当り前でさァ。土方さんの誕生日忘れても妙との結婚記念日は絶対忘れやせんぜ」
「…そーかよ」

本日二度目の「そーかよ」を心無く呟いて、土方は煙草をふかす。
しかし、沖田は眉を寄せたままメール画面を見つめていた。

「どうした。半年記念を祝おうっつー話じゃねェのか?」
「それならそう言やいいでしょう。『大事な話』ってのがなんか…」
「なんだよ」
「…別れ話、とかだったらどうしやしょう」
「は?」

小さくそう呟いた総悟に、土方は目を見開く。
危うく落としそうになった煙草を慌てて持ち直し、大きく煙を吸って、吐く。
灰皿のふちに煙草を置いて、土方は沖田に向き直った。

「総悟、もう一回頼む。なんだって?」
「いや、だから…。もし、別れ話とかだったらって言ったんでさァ」
「…お前、ほんとに総悟だよな?」
「何言ってんですかィ」

怪訝そうに眉を寄せる沖田を土方はまじまじと見つめる。
今コイツはなんて言った?と心の中で呟いた。

結婚してから随分柔らかくなったと思ってはいたが、まさか総悟からこんな言葉を聞く日が来るとは思ってもみなかった。
いつも飄々と、相手を貶めて馬鹿にすることしか考えていなさそうなサディスティック星の王子が、『別れ話だったらどうしよう』と悩んでいるなんて。
以前の総悟なら考えられない。土方は自身に湧いた驚きと感動に似た感情、それから若干の恐怖にやや戸惑いながら、落ち着かせるようにニコチンを摂取した。

「…安心しろ。それはねェよ」
「何でそんなこと言い切れるんですかィ?」
「普段のお前やお前ら見てたらわかることだ。あの女はそんな短慮な女じゃねェだろ?手はすぐ出るが、馬鹿な女じゃねェ。別れようと思ってるやつに、普段通りに接するなんて器用なことが出来るような女でもねェだろうよ。そのへんはお前が一番よくわかってんじゃねェのか?」

土方の言葉に、総悟はしばし固まって、それから頷いた。

「それこそ心当たりがありやせんし、妙はそんな女じゃありやせん。なんせ近藤さんと俺が惚れたお人ですからねィ」

どこか誇らしげにそう言って、総悟は立ち上がる。
元気を取り戻した様子の弟分にため息をつきつつ口角を上げた。

「俺ァ見廻りに行ってきまさァ」

どうせそのまま帰るつもりに違いない。昔と変わらず自分の本能に忠実な弟分に苦笑して、ならば、と先手を打った。

「…今日はそのまま直帰しろ」

土方の言葉に目を丸くして、それからニヤリと笑う

「随分と優しいですねィ、土方さん?」
「珍しく書類も期日前に提出してきたことだしな。内容も申し分なし。市中一回りはして来いよ」
「こりゃァ明日は槍でも降ってきまさァ」
「やかましい。行かねェなら追加書類提出させんぞ」
「へいへい。ありがとうございやす」

土方の部屋を出ようとする総悟は、途中で足を止めて土方を振り返った。

「あ、そうそう。土方さんもやけに妙について詳しいみたいですけど、妙は俺の嫁さんなんで、頼まれたってやれませんぜ?」

意地悪く笑って、総悟はそのまま部屋を後にする。
呆気にとられる土方を余所に、お疲れさんしたーと機嫌の良さそうな声でそう言った。

「っの野郎…っ!っとに可愛げのねェ…!!」

忌々しげに呟いて、煙草をくわえる。
煙を吐いて、土方は満足そうに笑った。

「副長ー。この書類にハンコお願いします」
「おう」
「何ですか?なんか機嫌よさそうですね。そう言えば、さっき沖田隊長も機嫌よさそうに出ていきましたよ」
「ザキィ」
「なんですか?」
「人ってェのは、やっぱ変わってくもんだな」
「…どうしたんですか急に」
「なんでもねーよ。それより書類貸せ」
「あ、はい。これとこれとこれなんですけど…――――、」

(成長したな、なんて死んでも言ってやんねーけどな)

***

形だけの市中見廻りをなんとなくこなし、総悟は家路につく。
家まではもうあと3分もない。
さて、どうしたものか。

(プレゼントはとりあえず屯所から持ってきたけどねィ…)

土方からは思いの外親身なアドバイスが聞けたが、肝心の『大事な話』が何なのかは分からずじまいだ。とにかく怒られるような内容でないことは確かだろう。

柄にもなく緊張し始めた自分を励ますように拳を握って、総悟は家の門をくぐった。

「ただいま」
「まあ、総悟さん!早かったんですね。お帰りなさい」

にっこりと嬉しそうに笑って駆け寄ってくる妙に、総悟の心が和む。
どうやら『大事な話』がマイナス要素を含んでいる可能性は低そうだ。
そのことに幾分か安堵しながら、総悟は妙にただいま、と瞼に口づける。
くすぐったそうにする妙の頬をそっと撫でた。

「少し早いですけど、ご飯にしますか?」
「ああ、そうしまさァ」

ダークマタ―製造機だった妙の料理の腕は、あの頃に比べれば随分と上達した。
まだ綺麗に、とはいかないし、多少のコゲ等は残るものの、口に入れても体調不良を訴えるようなことはなくなった。
それだけでも随分な進歩だと総悟は思う。
何より、自分のために毎食一生懸命料理を作ってくれる妙の気持ちが嬉しかった。

「今日は何なんでィ?」
「ふふ、今日はちょっと豪華なんですよ」

嬉しそうに話す妙に目を細め、総悟も妙の後に続いた。

***

いつもより少し豪華な夕飯も終え、一息ついた頃。
洗い物を終えた妙がお茶を淹れて居間に戻ってきた。

「どうぞ」
「ありがとう」

妻の淹れたうまい茶を飲みながら、総悟は考える。
一体『大事な話』はいつになったら開始されるのか。
食事の時にも『大事な話』にはもちろん、半年記念の話題にすら触れられなかった。
着物の袂に入れたプレゼントも気にしながら、妙から切り出されるのを落ち着かない心地で待った。

「あの、総悟さん」
「ん?」
「メール、読んでくれましたか?」
「ああ。読んだぜィ。なんでィ、『大事な話』ってのは」

来た!と逸る気持ちを押さえながら、努めて普段通りに、を心掛けて妙に返事をする。
妙は迷っているのか、どことなく落ち着かない様子で袂から小さなノートを取りだした。

「母子、手帳…?」
「あっ、あの…っ!私、妊娠したみたいなんです…っ!」

少し照れくさそうに、でもとても嬉しそうにそう言う妙に、沖田は目を丸くする。
予想外すぎる展開に、脳の考える機能が一瞬フリーズした。

(え…?に、んしんって…。何だ、え?半年記念、でもじゃなくて…、妊娠?…え?)

「妊娠っ!?」

固まったかと思えばいきなり大声を出した総悟に、妙は驚いて肩を揺らす。
妙の正面から隣にやって来て、がっと肩を掴んだ。

「え、妊娠!?妊娠って、マジですかィ!?」
「ええ、もちろん!嘘なんて言えないわ。あなたと、私の赤ちゃんが…っ、きゃ」

力強く頷いた妙を、総悟は言葉が終わるのも待たずに抱きしめる。
深く腕の中に抱き込んで、大きくため息をついた。

「どうしたの?」
「俺ァ、すげェビビってたんでさァ」
「ビビる、ですか」
「『大事な話』ってーから、何事かと思って、別れ話だったらどうしようとか、馬鹿みたいに真剣に悩んだんでィ」

良かった、と安堵のため息をつく総悟の腕の中で、妙はくすくすと笑みをこぼす。
笑うなよ、とコツンとおでこをくっつけた。

「だって、別れ話だなんて。馬鹿な総悟さん。私がそんなこと、言うわけないじゃありませんか」
「…そりゃ、思ったけど」
「あなたと一生添い遂げるつもりであなたに嫁いだんですもの。あなたと私が別れるときは、どちらかが亡くなった時か、あなたが私に愛想をつかした時のどちらかよ」
「それこそねェよ!」

目が合って、可笑しくなって、二人して笑う。

「半年記念のプレゼントにしちゃァ、ビックすぎらァ」
「半年…、あっ!」

ごめんなさい、忘れてたわ、としゅんとして謝る妙の額に口づけて、プレゼントを手渡す。
ありがとう、と笑う妙が愛しくてたまらなかった。

「素敵…!」
「似合うと思ってねィ。挿してやりまさァ。かしてみな」

自分が贈った簪を妙の髪に挿してやる。
白を基調にした淡い色調の花簪は、妙の艶やかな黒髪によく映えた。
満足そうに総悟は微笑んで、妙の髪に唇を寄せる。

「似合いますか?」
「もちろんでさァ。綺麗ですぜ」

大事にしますね、と笑う妙をまたぎゅっと抱きしめて、妙、と優しく名前を呼ぶ。
なあに、と愛しい声が返って来て、胸のどこかがきゅう、と鳴った。

「ありがとう」

総悟の言葉に、妙は笑みを深める。
綺麗に微笑んで、私こそありがとう、と囁いた。

「総悟さんと一緒になれて、私本当に幸せよ」
「…っ!」

押し倒しそうになった衝動をどうにか抑え、たまらずに抱きしめる。
幸せすぎて眩暈がする、と本気で思った。



(いい父親になりまさァ)
(頼りにしてるわ、お父さん)




Title:エドナ
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