失わずに済むのなら、
「たーえ!」
呼ばれた名前に、妙は立ちあがった。
月明かりが差し込む窓から外をのぞくと、外塀の上にしゃがんで手を振る男。
ぴよんと伸びたアホ毛を揺らしながら、会いに来たよ!と嬉しそうに言った。
「神威さん、」
「よい、しょっと」
塀からひょいと飛び降りて、神威はまっすぐに妙の元へと駆ける。
お久しぶりですね、と笑う妙を窓越しにぎゅっと抱きしめた。
「会いたかった!」
「ふふ、私もですよ」
照れたように笑う妙を下から見上げて、神威は唇を重ねる。
ちゅ、とかわいいリップ音がして、妙の頬が真っ赤に染まった。
「か、神威さんっ!」
「妙を下から見上げるのってなんか新鮮」
窓越しってなんかいいネ、と目を細める神威のおでこを妙がこら、と軽く叩く。
「もう、からかわないで下さいな。ここじゃなんですから縁側に回ってください」
「やだ」
「神威さん、」
わがまま言わないで、と言いかけた妙の唇を再びふさいで、妙、と神威は低く囁いた。
「妙が欲しい」
「え…」
「駄目?」
真っ直ぐに見つめて覗き込むと、妙の瞳が揺れる。
朱が差した頬が月明かりに照らされてどこか扇情的だった。
「沈黙は肯定って、前に教えたよね?」
「…待って、」
「待てない」
ぐっと窓から身を乗り出して、妙の首筋に唇を寄せる。
妙がびくりと身体を強張らせ、揺れた髪から甘い花のような香りがした。
「妙」
「…土足厳禁です」
顔は赤いまま、眉を精一杯吊り上げてそう言う妙に、神威はついくすりと笑みをこぼす。
そっと額に口付けて、
「了解」
と優しく囁いた。
***
疲れきって眠りに落ちた妙の寝顔を見ながら、神威は身体を起こす。
顔にかかった髪をそっと横によけてやり、こめかみに優しく口付けた。
すやすやと寝息を立てる妙を愛おしそうに瞳に映して、髪を撫でるように梳く。
「…ごめんね」
ぽつりと呟いて、窓を見やった。
白み始めた空が少し眩しい。
妙に会うのは1週間ぶりだった。
会いたくて恋しくてたまらなくて、いつもなら面倒くさがる仕事だってさくさくこなして地球にやってきた。
そして、目にした妙と黒服の男のツーショット。
黒髪に暑苦しい黒い隊服。確かに見覚えがあった。
妙をしつこくストーカーしている男の部下。
『……』
『嬢ちゃんじゃねェか。ん?男連れかァ?』
『…何、あいつ』
『真選組の土方だよ。鬼の副長って噂だぜ』
『何で妙と一緒にいるわけ?』
『俺が知るわけねーだろうが。まあ、団長もうかうかしていられねーってことだな』
『それ、どういう意味?』
『どうもこうもねーよ。いくら思い合ってるとは言え、あんだけの上玉だ。嬢ちゃんにちょっかいかけてくる奴もそりゃあいるだろう。懸想してる奴は団長だけじゃねェってことだよ』
生意気なことを言う阿伏兎は思い切り締め上げておいたが、言われた言葉が頭から離れなかった。
土方、とか言う男のあの顔。
何を話しているのかまではわからなかったが、妙を見つめるその瞳の色。
(…気に入らない)
“鬼の副長”という異名をとるような男が持つには、あまりに優しく柔らかい色を瞳にたたえて。
見て取れるのは明らかな恋情。
自分以外の男が妙をそんな目で見ていることに、どうしようもなくイラついた。
(本当なら、あんな男殺してやりたいのに)
それをすれば、妙はなんと言うだろう。
(…多分、悲しそうな顔するんだ)
神威は妙の髪を優しく梳きながら、自分の中に湧きあがった黒い感情が少しずつ凪いでいくのを感じた。
ん、と身じろいだ妙を優しい目で見つめて、妙、と小さく呼ぶ。
「殺してやりたいけど、妙の辛そうな顔は見たくないから…、」
切なげな表情と声。
かむいさん、と妙が小さくこぼした声に、神威は思わず笑む。
「敵わないなあ…」
(妙を好きなのは俺だけじゃない)
(そんなこと、わかってる)
寝返りを打った妙の鎖骨に、ちゅ、と長めに口付けて、赤い華を散らす。
それを満足そうに見つめて、布団にもぐりこんだ。
「…妙、君が好きだよ」
眠る妙の唇に触れるだけの短いキスをして、妙を腕の中にしっかり抱きしめる。
恋人の優しい体温に触れて、再び眠りに落ちていった。
(俺は何だってやってみせる)
(何よりも誰よりも、君が好きだよ)Title(title): a dim memory
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