貴方の一寸後ろからずっとついて生きたかった


***

夜遅くに妙が産気づいたと連絡をもらい、慌てて駆けつけた。

『最善は尽くします。ですが、ご家族の方はそれ相応のご覚悟を』

到着後に告げられた医師の言葉が頭から離れない。
それはおそらく、新八も神楽も同じだろう。

向かい側のソファーをちらりと見やる。
堪えきれず泣き出した神楽を慰めるように、新八が頭を撫でていた。
神楽ちゃん、と優しくなだめる新八の声は震えていた。
泣きはらした目が真っ赤なのも知っている。

『新ちゃんと神楽ちゃんのことお願いします。あの子、泣き虫だから』

そう言って少し寂しげに笑っていた妙を思い出して、作った拳に力を込めた。

大丈夫だとひたすら自分に言い聞かせ、深く息をする。

(頑張れ、お妙…!)

祈るように、ただただ妙を想った。

静かな空気を裂くように、分娩室からおぎゃあおぎゃあと高らかな産声が響く。
新八も神楽もはっとして立ち上がった。

間もなくして分娩室の扉が開き、ひとりの看護婦が俺を呼んだ。
泣きそうな目で俺を見つめる神楽と新八に頷きを返して、中に向かう。

「お妙っ!」

中央の台にぐったりと横たわる妙。
目が合った瞬間、涙腺がゆるみかける。

微笑む妙は、どうしようもなく美しかった。

「銀さ…抱いて、あげて…、くださいな」

看護婦が、元気な男の子ですよ、と小さな赤子を連れてくる。
慣れない手つきで赤子を抱く俺を、看護婦が見かねて手の位置を直した。

少しでも力を込めれば抱きつぶしてしまいそうなかよわさ。
今まで感じたことのない感触だった。
温かで柔らかな小さな赤子。
顔なんて真っ赤でくしゃくしゃで、かわいいなんてもんじゃなかった。
それでも、形容しがたい"愛しさ"という気持ちが胸に満ちる。
ずっしりとした重みが確かに腕に伝わって、不意に涙がこぼれた。

横たわったままの妙に、赤子を近付ける。その枕元に赤子を横たえた。

「…お妙」
「ぎんさん」

かすれた声で、妙は俺を呼ぶ。
疲れ切った表情だったが、どこか満足げで、優しい顔をしていた。
ああこれが母親の顔なんだと訳もなく思った。

「ふふ、かわいい…。私と、あなたの、赤ちゃんですよ」
「よく頑張ったな…。男だってよ。目がお前にそっくりじゃねーか」

何故だか溢れて止まらない涙を拭うこともせず、妙の耳元で囁いた。

「銀さん、この子のこと…、お願いしますね」
「…に、言ってんだよ!」

差し出してきた妙の手を両手でぎゅっと握りしめる。
いつの間にか、周りいた医師や看護婦はいなくなっていた。

「…約束、守れなくて…ごめんなさい。私は、先にいって、待ってます、から…」
「…お妙っ」

涙で前が霞む。
泣かないで、と妙が優しく俺の頬を撫でた。

「目一杯、愛して…、あげて下さい…。あなたが、私を…愛して、くれた、みたいに」
「…ったりめーだ」
「…あなたと、私の、子だもの…。きっと、強い子に、なるわ…」
「…っ、お妙っ」

伝えたいことはたくさんあるのに、言葉が出てこない。
妙の手をきつく握りしめて、待ってくれ、いかないでくれとただただ祈った。

「あんまり、早くこっちに…来たら、駄目ですよ。追い返し、ますからね…」
「…わかってらァ」
「大丈夫。待つのは、得意だもの…」
「お妙、もう喋んなっ」

大丈夫ですと妙は言う。
深く息をついて、優しく微笑んだ。

「…私、幸せでした。あなたと一緒に…過ごした時間は…、私の宝物だわ…」
「…俺もだよ」
「銀さん、銀さん…」
「お妙」
「愛してるわ…」
「…っ!」

妙の目から涙が一筋こぼれ落ちる。
俺も、お前を世界で一番、

「愛してる」

涙まじりの声でそう囁いて、そっと唇を重ねた。

触れるだけの優しいキスをして、精一杯の笑顔で笑いかける。

「…ありがとう」

ピ――――、という長い電子音が室内に響きわたった。

坂田妙、享年23歳。
夫婦になって、3年。

わあわあと泣き続ける赤子を腕に抱きかかえ、まだ温かさの残る妙の手を握る。

どうしようもなく、涙が止まらなかった。






2012/06 加筆修正


 

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