触れた指先



「お妙さああん!!!」
「あら大変、こんなところにゴリラがいるわ」
「いえ、お妙さん俺は」
「お巡りさーん」
「俺がお巡りさんなんですが」
「まあ!ゴリラが人間の言葉を話すなんて」
「そんなあ!お妙さーん!俺は君の愛の戦士、近藤いさ、」
「調子づいてんじゃねぇぞこのゴリラストーカーがァァァ!!!」
「え、ちょ、おた」
きれいにアッパーをお見舞いされ、近藤局長は空へ吹っ飛んだ。

今はもう見慣れたこの光景も、最初のうちは俺を含めたみんなが姐さんの恐ろしさに震え上がっていた。

確かに姐さんは恐い。
やたらとバイオレンスだし料理だって点でだめだ。

でも、彼女は芯の強いひとで、人に弱みや涙を見せたりしない気丈なひと。
だから、今は隊士たちのほとんどが姐さんを慕っている。
局長も、ストーカーなんてしなけりゃ、恋人は無理でも普通に接してもらえるだろうに。

あ、ちなみに俺は真選組監察の山崎です。
ジミーとか呼ばないで下さいね。
今何をしてるのかというと、局長に頼まれてお妙さんの観察日記をつけています。
なんかこれじゃあ、俺が変態ストーカーみたいだよなあ。

ぼきっ

ん?なんか今変な音しなかった?

ぼきっ

え?してるよね。
絶対してるよね。
しかも俺の頭の上あたりでェ!

恐る恐る顔を上げると、そこにはにっこりと笑う姐さんの姿があった。

「ね、姐さん!違うんです!これは!」
「うふふ、何が違うのかしら」

顔に浮かぶ怒りマークが見える。
まずい、これはまずい。

「姐さん!ちょっとま」
「問答無用!!コソコソコソコソ人の周りかぎまわってんじゃねーぞこの税金泥棒がぁあ!!!」
「ぎゃあぁぁあぁあ!!!」

俺も局長と同じく空へと飛んでいく。
あー落ちる時周りがスローモーションで見えるって本当だったんだなあ。

とか考えてるうちに俺は地面に叩きつけられた。

「あべしっ」

やばい、局長みたいな声出たよ。

痛む体を起こして姐さんを見やると、少し乱れた着物をさっと直し、スーパーの袋を持ち上げようとしているところだった。

姐さん、と呼ぼうとするとばちっと目が合い慌ててそらす。

すると、姐さんはスーパーの袋はそのままにこちらへ歩いてきた。

俺の前にそっとしゃがむと、手をのばす。
殴られる、と思いぎゅっと目をつぶると、やわらかい布の感触がこめかみから伝わってきた。
驚いて目を開けると、そこには姐さんが目の前にいて、姐さんのハンカチが俺のこめかみにあてがわれていた。

「姐さ」
「ごめんなさいね、ちょっとやりすぎたわ」

申し訳なさそうに、流れる血を優しく拭ってくれた。

え?
俺?なんで?
局長はまだ隣でのびてるのに。

「まだ痛みますか?」

心配そうに顔を覗き込む姐さんに、顔が熱くなったのを感じた。

「いいえっ!もう大丈夫です。ありがとうございました」

ごまかすように立ち上がって手をぶんぶん動かした。
ほんとはまだちょっと、
いやだいぶあちこち痛かったけど、姐さんに笑って欲しくて嘘をついた。

姐さんはじっと僕を見つめて、でもしばらくしてふわりと微笑んだ。

「良かった。ほんとにごめんなさい」

姐さんは、俺が嘘ついてると気付いてる。
でもあえて、そっとしてくれる。男の意地をちゃんとわかってくれる。

そういうところも、局長を好きにさせた理由のひとつなんだろうな。

「でも山崎さん。ちゃんとお仕事、して下さいね」

はいっと言おうとして姐さんの手を見ると、そこにはさっきまで僕が書いていた報告書が。

「あーっ!!姐さん!!」
「何かしら?」

絶対零度の微笑みでそう問われれば返せる言葉なんてない。

「いえ、なんでもありません…」
「そうですか」

と微笑む姐さんは、綺麗だと思った。

え、待て!!
何考えてんだ俺ェェ!!
ダメだ!!
姐さんは局長の…

さっきおさまった熱がまた顔に集まってくる。

姐さんが怪訝そうに眉をひそめ、俺の顔をのぞき込んだ。
すっと手がのばされて、姐さんの手が―――

「山崎さ」
「お妙さあぁん!!近藤勲はただ今復活いたしましたあぁあ!!」

局長ォォォ!!!!
なんであんたそこで起きてくるんですかァァァ!!!

姐さんの指先が俺の頬をかすかにかすめてひっこめられる。

姐さんは凶悪な顔をして、チッと舌打ちするとまた局長をボコボコに殴りだした。

あと少し、だったのに。
ってまた俺は…。
でも顔が熱い。
かすかに彼女の指が触れた頬が、熱かった。

局長、すいません。
俺…―――。

手に彼女のハンカチを握りしめ、次はこれを返すという口実に会えやしないかと心の中でつぶやいた。

少しだけ触れた指先。
優しく笑った、彼女の笑顔。

しばらく、頭から離れそうにない。




 

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