Stranger




銀妙のパラレルものです。
暗殺者×組織の権力者という設定です。
(銀さんが暗殺者で、お妙さんが大企業の社長)
苦手な方はご注意下さい。


大きな組織の上に立つ者として、命を狙われるのは慣れっこだった。
毒殺、銃殺、絞殺など暗殺の仕方はその時によって様々だったが、いずれもみんな優秀な部下が返り討ちにしてくれる。
(暗殺者くらい自分でなんとか出来るくらいの力はあるのだが、彼女たちがそれを許さない)

今までの暗殺者はみんなその程度のレベルで、怖いと思ったこともなかった。
しかし、今頭の中で警報が鳴り響いている。
この目の前の男は危険だ。
少し後ずさりながら、後ろ手で引き出しを開けて中に入れてあった拳銃を握った。


提携している会社の上層部との会食も無事に終わり、気だるい疲れを感じながら長い廊下をゆっくりと進む。

「社長」
「あら、九ちゃん」
「お疲れさまでした。今宵も相変わらずお美しい」

恭しく跪き、手の甲にそっと口付ける。
同性だというのに、彼女の動作には無駄がなく、どきりとしてしまう。

「ありがとう。でも九ちゃん。ふたりきりの時はそんなにかしこまらなくていいって言ったでしょう?」

そう言って笑うと、九兵衛は首を振った。

「お心遣い感謝します。ですが、そういうわけには参りません。私は部下であなたはこの会社のトップに立たれているお方。以前とは身分が違います」
「もう、相変わらずね。身分だなんて大袈裟よ。私はふたりでいる時くらい、九ちゃんと昔みたいに話したいのに」

少し拗ねたように彼女を見ると、困ったように眉をハの字にしていた。

「ふふ、ごめんなさい。でもたまには昔みたいにお話ししましょうね?」
「…ええ。ありがとうございます」

そう言って笑う彼女の笑顔は昔から変わらない。

「神楽ちゃんはまだ会場にいるの?」
「彼女は今外の警備に当たっています」
「二人とももう上がっていいわ。神楽ちゃんにもそう伝えてちょうだい」
「しかし…」
「私も今日はもうこのまま部屋で休むわ。オジサマの相手ばかりで少し疲れちゃった」
「は。ではごゆっくりとお休みなさいませ」
「ええ。お休みなさい。いつもありがとう。ご苦労様」

きっちりと頭を下げている九兵衛の横を通りぬけ、自分の部屋へ向かう。
上がっていいと言っても、彼女や部下たちは入れ替わりで自屋の前を警護するのだろう。
誰も何も言わないが、いつどんな時も誰かが自分の近くにいることはわかっていた。

そんな風に彼女たちや自分の部下はとても優秀で、会社の仕事をそつなくこなしてくれている。
自分が父の会社を継いでから3年。規模も随分と大きくなったし、子会社も増えた。
自分にべったりだった弟の新八も今では海外の兄弟会社の社長だ。
この不況の時代に、十分なほど充実した仕事。何ひとつ不自由ない生活。文句などあるはずもない。
しかし、時折ひどく今の状況が嫌になる時がある。
何もかも投げ出してどこかへ行ってしまえたら、と思うことがあるのだ。
たまにやってくる暗殺者が、そんな自分の日々を少し刺激を与えてくれるピリ辛スパイスのようなものだった。

暗殺者が来ることをほのかに期待しているのは確かだが、死にたいわけではない。自分にはやりたいことややらねばならないことがまだたくさん残っているのだ。
病で父を亡くした自分にとって、自ら死を望む人間など愚か者以外の何者でもない。
でも、もしこの生活を壊してくれる何かがあったとしたなら。

一人部屋にしてはあまりに大きな扉を開けてハイヒールを脱ぎ捨てる。扉を閉めるとそのままベッドへ倒れこんだ。
ドレスが皺になるかもしれないと頭の隅で考えたが、起き上がるのも億劫だった。

最近の自分は、何を考えているのだろう。
今自分がこの会社を手放せば、どれほどの損失が生じるか。それくらい容易に想像できる。

「…だめね。こんなことでは」
「さすがだねェ。モチベーション高いわ。志村妙さん」

急に男の声がして、驚いてばっと起き上がる。

「誰?」

鍵が閉まっていたはずの出窓に、くせの強い銀色の髪をしたひとりの男が平然と腰かけていた。
窓が割られた形跡も無ければ、鍵が壊されたような跡もない。
自分が部屋に入った時は誰の気配もしなかったはず。
風に揺られて白いレースのカーテンがふわりとなびいた。

「…あなた、どうやって」
「んー、まァ、企業秘密ってやつ?」

上質そうな黒いスーツをだらしなく着崩し、どこかやる気のなさそうなゆるゆるとした奇妙な雰囲気を彼は纏っていた。

「私を殺しにきたんですか?」
「そうだっつったらどーすんの?お妙さん」
「気安く呼ばないでちょうだい」
「そりゃー失礼しました」

目の前の男は悪びれる様子もなく、へらへらと笑う。

「あなた、変わってるのね」
「何が?」
「今までの暗殺者は何かこう、ギラギラしていたから」
「ギラギラって何。脂でテカってるオッサンばっかだったの?」
「違うわ。目つきよ。あなたは何だか死んだ魚のような目をしているのね」

やる気のなさが全面に出ている男の目を見つめると、少し怒ったように眉を寄せる。

「おいおい。仮にも初対面の年上に向かってそれは失礼じゃね?」
「私を殺しに来た人に払う礼儀なんてありません。誰に頼まれたのかは知りませんが、私はまだ死ぬわけにはいかないんです」

肩にかけてあったショールをとって、ベッドから起き上がる。
護身用の銃がしまってある引き出しまで辿りつけるだろうか。

「今まで何人来た?」
「え?」
「暗殺者」

唐突に質問され、少し面食らった。
この男は、本当に暗殺者なのか。

「…さあ。数えたことなんてないからわからないけれど、両手両足の指じゃ足りないわね」
「ふーん。それだけ狙われてよく今まで生きてたな」
「優秀な部下がいますから」
「あぁ、柳生九兵衛とピンク頭か」
「…詳しいのね」
「まあ有名だからな。俺らの間では」

ふと男と目が合う。
死んだ魚のような目の奥で光る、かすかだが確実な殺気。
この男は危険だ。
銃を向けられたわけでも、殴られたわけでもない。
やる気がなさそうだというのも間違っていない。
でも、頭の中で警報が鳴る。
この男は、危ない。
少しずつ後ずさり、銃が入れてある引き出しを開ける。
後ろ手で銃を握って引き金に手をかけた。

「…それ、撃ったら俺はお前を殺さなきゃならなくなる」

低く呟くような声が耳に響く。
彼の目に宿る殺気が増したのがわかった。
もし自分が銃を構えたら、殺される。
自分の腕に自信がないわけではない。
でも、この男には勝てないと本能でわかった。
握った拳銃を引き出しの中にしまい、キッと男を睨みつける。

「…私は、殺されるわけにはいかないのよ」

目はそらさずにそう言うと、男は薄く笑って、窓辺から立ち上がった。

「さすが志村カンパニー初の女社長。女だてらに大企業をまとめあげてるだけのことはあるってことか」
「…馬鹿にしないで!」

今すぐ男の胸ぐらをつかんで殴りとばしてやりたかった。
しかし、自分の意に反して足は動いてくれない。
やがて男は、自分を壁際に追いつめて閉じ込めた。。

「妙なことしたらただじゃ済まさないわよ」
「気の強い女は嫌いじゃねーよ」
「馬鹿にしないでって何度言ったらわかるのかしら」

背中に冷たい汗が伝ったのがわかった。
グッと拳を握りしめる。

「…お妙。今日俺はお前を殺すつもりで来たんじゃねェよ」

急に男の声音が優しくなり、目の奥の殺気が消える。
呼び捨てられた自分の名前さえ、不思議と嫌ではなかった。

「…だったら何だっていうの?あなたは殺し屋でしょう?」
「…あァ。それは間違っちゃいねェよ。まだ今日は、って話だ」

またへらへらと笑ってみせた男の声は、どこか切なげに聞こえた。

「あなた、」
「社長?声が聞こえたのですが、どうかされましたか?」
「アネゴ、どうしたネ?何かあったアルか?」

コンコン、とノックの音がして外から九兵衛と神楽の声がした。

まずい、このままでは彼がふたりに見つかってしまう。

そう思った時、ふと頭に何か温かいものが触れ、見上げた時には男はもう窓に足をかけていた。

「じゃあな、お妙。また来るわ」

にやりと笑うと、音もなく窓から飛び降りた。

「えっ、ちょっとここ3階…!」

慌てて窓に駆け寄り下を覗いてみるが、もうそこに誰もいなかった。

「社長?すみません、失礼します!」
「アネゴ、ちょっと失礼するヨ!」

バタンと大きな音をたてて重い扉が開く。
九兵衛と神楽がやや緊張した面持ちで入ってきた。

「九ちゃん、神楽ちゃん…」
「何か話し声のようなものが聞こえたのですが、何かありましたか?」
「敵襲アルか?」
「いいえ、大丈夫よ。何もないわ」
「…誰か来ていたのですか?」

警戒した表情で、九兵衛が辺りを見回す。
神楽も愛用の武器である傘を構えていた。

「まさか。誰も来てないわ。ごめんなさい。さっきまでテレビをつけていたから…音が漏れたのかもしれない」

何でもないフリをして、いつものように笑ってみせる。
何故だか、さっきまでいたあの銀髪の男のことを話す気にはならなかった。

「…そうでしたか。そうとは知らず、お騒がせして申し訳ありません」
「アネゴ、ほんとに何もなかったアルか?」

まだ少し納得のいかない、という風な表情をしている九兵衛と心配そうに自分の顔を覗き込む神楽。
ふたりとも何かの異変を感じとっているようだった。

「ええ、何も。ふたりともありがとう」
「いえ、ではお休みなさいませ」
「お休みネ、アネゴ」

まだ何か言いたげなふたりを笑顔で押し黙らせ、部屋から出した。
扉を閉めると、途端に室内が静かになる。
開いたままの窓から入ってくる夜風が心地よかった。

「変な、ひと…」

去り際に自分の頭にふわりと触れた、温かい感触。
振ってきた優しい口付け。

「……」

そっと自分の頭に触れ、男の死んだ魚のような瞳を思い出した。
彼が去り際に残した、また来るという言葉。
今日は殺しに来たのではないと言っていた。
じゃあ次は殺しに来るということなのだろうか。

危険だと、怖いと感じた。それなのに、何故だか少し惹かれている自分がいる。
次会えば、殺されるかもしれないというのに。
名前も知らないあの銀髪の男にまた会いたいと、わけもなくそう思った。

静かになった部屋に、冷たい夜風がひゅるりと流れ込む。
今夜は少し冷えるかもしれない。
そっと窓を閉め、バスルームへとゆっくりと歩き出した。




(あなたの声がどこか優しげに聞こえただなんて、きっと聞き間違い)



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