ほっぺたピンク色の彼女にご注意を!
夜が明ける前の薄暗い道に、重たそうな黒服を着込んだ男がゆっくりと歩を進めていた。
その背には桃色の着物を着た少女を背負って。
「おい、じっとしてろ。落ちるぞ」
「大丈夫です。土方さんがちゃんとおぶっててくれるもの。大好きです、土方さん」
呆れたように言う土方に、妙は当然とでもいうように返事をした。
土方は乾いた笑いを漏らしながら妙を背負い直す。
うふふ、と楽しそうに笑う妙の頬は赤く、動くたびに酒の匂いがした。
「怒ってるんですか?眉間に皺なんか寄せてたら幸せが逃げますよー」
「うおっ!っとにお前は…!じっとしてろっつってんだろうが!」
ぐいと後ろから乗り出すようにしてきた妙を少しきつめにたしなめた。
言われた妙は、ぴたりと黙りこみ急に静かになる。
まさかと思って耳をすますと、案の定背中から聞こえるのは涙声。
勘弁してくれと土方は心の中で毒づいて盛大にため息をついた。
いつも通り近藤を迎えに行ってみれば、何があったのか酔いつぶれてソファーに寝転がる妙の姿。
仮にも恋人の少女をそのままにしておくわけにもいかず、近藤は山崎に預けて家まで送ることにしたのだ。
引き受けたのはいいが、妙は酒が入ると幼児退行するのかそれとも素直になるのか、いかんせんあらゆる意味で心臓に悪かった。
ここに来るまで、妙は大好きだの愛してますだのずっと耳元で繰り返し言い続けているのだ。(ちなみにさっきので27回目である)しかも、声にいつもより艶があって妙に色っぽい。
いろいろと耐えるためにずっと黙っていたら、土方さんは私のこと好きじゃなかったんですね、なんて言うものだからたまらない。
酒が入っているとは言え、好きな相手に、まして普段そんなことを言わないだけあって、その効果は絶大だった。こっちも、本当にいろいろとヤバイのだ。
土方は何度目かもわからないため息をまたひとつ吐いて、妙を地面に下ろしてやる。
「妙」
優しく声をかけると、妙はしぶしぶ土方の目を見る。
ふらふらな身体を腰に手を回して支えた。
「そんな顔すんな」
「だって…土方さんが…」
妙は今にも泣きそうな声で土方を見上げた。
赤くなった頬と潤んだ瞳。酒の力もあってか今日の妙はやたらと扇情的だった。
そんな妙に見つめられ、土方はつい言葉に詰まる。
「っお前は…!」
土方は自分の頬が熱くなるのを感じた。
ああ、やはり自分はこの少女には敵わない。
「土方さん…?」
「何でこんなになるまで飲んだんだ」
妙の目は見ないようにしながら、ずっと思っていた疑問を問いかける。
その質問に、妙は形のよい眉を寄せうつむいた。
「いつもみたいにあなたのゴリラ上司が来て、殴り飛ばしたんです。それで、他のお客さまの相手をしていたら、おいしいお酒が手に入ったからって振る舞って下さって…」
「飲んだのか?」
うつむいたままこくりと頷く。
「妙、顔上げろ」
土方は苛立ちが声に出ないよう、努めて普段どおりにそう言った。
妙はそろそろと顔を上げる。
「酒はそんなに、強くないだろう。それに、その客の前でこんなになるまで飲んでたのか?」
「違います…」
今にも消え入りそうな声で、妙は答えた。
少し酔いが醒めてきているのか、声が先ほどよりもしっかりとしている。
「わたし、寂しかったんです…」
「…え?」
瞳に涙をためて、土方の隊服を握る。
普段の妙なら絶対に言わないような言葉に、土方は面食らった。
「ごめんなさい、心配させて。でも、寂しくて、お酒でも飲めば、気が紛れるかと思って…。ごめんなさい…。すごく、会いたかった…」
妙は土方の胸にもたれるように身体を預けて抱きついた。
ふたりの間に妙の涙がぱたりぱたりとこぼれ落ちていく。
妙は酔ってるんだと自分に必死に言い聞かせていた土方もたまらなくなって抱きしめた。
普段わがままや無理を言わない妙が零した言葉に、胸がしめつけられる。
甘えていたのだ。
何も言わず、いつでも笑ってくれる妙に。
忙しいからと会えなかった自分を、許してくれる妙に。
妙ならわかってくれると、高をくくっていた。
我慢していることなんて、少し考えればわかったはずだ。
甘えベタで人に頼ることを滅多にしない彼女なら、尚更。
こんな酔い方をさせる程、彼女を追い込んでいたことにさえ気付けずにいた自分が情けなかった。
「妙…!」
抱え込むように、妙をきつく抱きしめる。
「…悪かった。本当にすまない」
妙は土方の腕の中で首を振った。
腕の力を緩めると、妙はまだわずかに涙の残る瞳で土方を正面から見つめる。
「た、」
言葉を紡ぎかけた土方の唇に、妙はそっと人差し指を当ててまた首を左右に振った。
それから少し背伸びして、土方に唇を重ねた。
「会えたから、いいんです」
驚いて固まっている土方を後目に、唇を離して、妙は嬉しそうに笑う。
謝らないで下さい、と柔らかい声で妙は続けた。
「大好きですよ、ひじかたさん…」
まるで夢の中にでもいるかのように、妙は言う。
土方は不意に目頭が熱くなった。
それを悟られないように、土方はまた妙を腕の中に収める。
久しぶりに感じた恋人の体温に心のどこかが溶け出していくようだった。
いつか、生意気な弟分に言われた言葉が土方の脳裏に蘇る。
『姐さんはお前なんかにゃもったいねエでさァ』
ああ、確かにそうかもしれない、と土方は柄にもなく思った。
ふたりを見守る月は安心したように、辺りを照らす陽光と厚い雲の中に姿を隠した。
(きっと一生敵わない)title:エドナ
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