待っていたのはそのセリフ




カランとグラスの中の氷が鳴る。
仕事帰りの男たちの声が騒がしい、いつも通りの夜。

ひとつだけ違うことがあるとすれば、鬼の副長と呼ばれる土方がひとりでやって来たことだろう。

いつものゴリラ似の上司の姿はなく、本当にひとりらしい。
店の女の声が少し高く、色めき立っているのは間違いなくそのせいだ。

店の女たちの浮かれようは火を見るより明らかだが、彼女たちは土方のそばには行こうとしない。
他の女たちはそばに行きたくとも行けないのだ。

土方の隣に座ることが許されているのは、スナックすまいるの中でもたったひとり、志村妙だけだった。
妙はそれを浮かれるでもなく、涼しい顔でグラスに酒を注いでいく。

それを見る女たちの目には羨望と少しの嫉妬。

土方がひとりでやって来た時は(ゴリラこと近藤が来た時もそれは同じだが)、決まって妙を指名した。

ふたりはいつの間にか指定席となったボックス席に座り、静かに酒を煽る。

今日もそれは同じだった。

「お妙ちゃーん、8番テーブルご指名入ったよ!」

ふたりの静寂を破る、男の店員の声が響く。

「あ、はい。今行きます」

その声にぴくりと土方の眉間に皺が増えた。

「ごめんなさい土方さん。また戻って来ますから、少し待っていて頂けますか?」

申し訳なさそうに言う妙を、土方は黙って見つめ、新しい煙草に火をつけた。

何も言わない土方に、仕方ない人とでも言うようにため息をついて、腰を上げる。
しかし、立ち上がろうとした妙の手首を土方が掴んだ。

「…土方さん?」

妙は驚いて、目を丸くする。
切れ長な目と、視線がぶつかった。

「…行くな」

臆面もなく真っ直ぐと見つめてくる瞳に妙は少したじろぐが、そっと土方の手をほどくと諫めるような口調で言った。

「わがまま言わないで下さい。仕事なんですから。また戻って来ますから、おとなしく待ってて下さいな」

新しいグラスに少し薄めの水割りを作って、テーブルに置く。

「そんなに強くないんですから、あんまり飲みすぎたらだめですよ?」

ふわりと笑って、テーブルを後にする。
土方はそれを目だけで見送ると、付けたばかりのタバコの火をもみ消した。

「お妙ちゃーん!久しぶり、会いたかったよ」
「ふふ、ありがとうございます」

男と妙との会話が離れているはずの土方の席にまで聞こえてくる。

土方の眉間の皺が、またひとつ増えた。
チッと舌打ちをすると、妙の作った水割りをぐびりと一気に飲み干した。

「土方はん!おひとりなんですか?」
「あらまあ珍しい。お妙ちゃんは常連さんのとこに行ってしもたんですね」
「私がお相手しますぅ」

土方がひとりになった途端にわらわらと寄っていく女たち。

静かだった空間が、途端に騒がしくなる。
女たちは我こそがとこぞっていろいろな酒を作っては土方に勧めた。
土方はそれらには一切手をつけず、黙って煙草をふかす。
そんなクールな土方に女たちはうっとりとした視線を送り、媚びるように甘えた声を出す。
他の男が見たら、羨ましがられるような状況にも土方はさして動じなかった。
興味がないとでも言うようにじっと座っていた。

「土方さん、たまには私たちも指名して下さいよー。たまにひとりで来ても、お妙ちゃんばっかりで寂しいです」
「そうですよ。お妙ちゃんばっかりズルい」

そう言いながら、土方に腕をからめ、女の武器とでも言える胸をすりよせた。
土方の眉間に盛大に皺が寄る。

うるさい女も、やたらとベタベタしてくる女も土方は好きではなかった。
自分が妙を指名するのにはたくさんの理由があるが、妙の隣は一番居心地がいいというのが最大の理由だった。無闇に触れてくることもなければ、媚びるようなこともしない。ただ静かに座って、酌をする。時に凶暴ではあるが、気もよく利く妙は飲むには最適の相手なのだ。

ふい、と視線を妙のいる席の方へ動かす。
妙の頭で揺れるポニーテールが見えた。

「最近ずっと来てなかったからねぇ。今日はたくさん飲むよ〜」
「お仕事がお忙しいんですもの。仕方ありませんわ。来て下さってありがとうございます」
「しかし妙ちゃんは相変わらず美人だなぁ。本当に綺麗だ」
「まあ、そんなこと言ったって何も出ませんよ」

土方の耳に妙と客の会話が入ってきた。
さらりとかわす妙とは反対に、男の声には熱がこもっているのがわかった。
土方の胸に湧く、かすかな憎悪と独占欲。

「…チッ」

吸っていた煙草を乱暴に灰皿に押し付けると、女たちの手を振り払って妙がいる席まで歩いていく。
後ろで土方さん、と呼ぶ声が聞こえたが無視して歩を進めた。

妙が座る席まで来ると、妙の手を握ろうとしている男をぎろりと一瞥する。
男は驚いて出した手を慌てて引っ込めた。
突然現れた土方に驚く妙の腕を掴んで無理やり立たせる。

「土方さん?ちょっ…何ですか?待っていて下さいって言ったじゃありませんか」
「行くぞ」
「え?」

戸惑う妙にはお構いなしに、ボーイを呼んで酒代とは思えないほどの枚数の札を差し出した。

大金を目の前に唖然とするボーイをさらりと無視して妙の手をぐいぐいと引いていく。

「えっ、ちょっと!一体何なんですか!」
「うるせェ。ちょっと黙ってろ」
「黙りません!離して、きゃあっ」

抵抗する妙を面倒くさそうに見やって、横抱きにして抱え上げた。

「なっ、何するんですか!降ろして下さいっ!」

呆然と立ち尽くす店の面々はそのままに、土方は颯爽と店を後にした。

「土方さんっ!降ろして、お店に戻って下さい!」
「嫌だ。それより、あんまり暴れると恥ずかしいのはお前だぞ?」

妙ははっと周りを見回すと、ちらちらと好奇の眼差しでこちらを見てくる者があちらこちらにいた。視線が痛い。
妙は恥ずかしさから大人しくなって、土方の胸に顔を埋めた。

土方はしばらくそのまま歩き続け、妙が降ろされたのは明るいネオンが遠ざかった暗く静かな橋の上だった。

「…っどういうつもりですか?あの方、常連さんだったんですよ。もし来てくれなくなったら」

今だ赤い頬の妙の言葉を遮って土方は妙を腕の中に収める。

「っ!?」

驚いた妙の顔が更に赤くなる。
抵抗しても土方が一向に力を緩める気配はなかった。
妙はついに諦めて、土方の背中に大人しく手を回した。

「…どうしたんですか?」

努めて優しく尋ねてみるが、土方は何も答えない。

「何かあったんですか?沖田さんと喧嘩でも」
「んなワケあるか」
「じゃあ何なんですか?私まだ勤務中だったんですよ」
「…お前は、俺の前だけで笑ってればいいんだ」
「え?」
「他のヤツにそんな顔向けてんじゃねェ」

妙を抱きしめる腕に力がこもる。
思わぬ土方の発言に、妙は目を見開く。

「…もしかして、やきもちですか?」
「……あァ」
「お店のお客さんに?」
「あァ」
「やきもち、やいて下さったんですか?」
「あァ」

妙はそっと土方から離れると、頭ひとつ分上にある土方の瞳を見つめた。

「いいんですか?そんなこと言われたら、勘違いしてしまいますよ?」
「勘違いなんかじゃねェよ。…好きだ。妙」
「…言うのが遅いです」
「あァ」
「どれだけ、待ったと思ってるんですか」
「…すまねェ」
「ハーゲンダッツ一生分で許してあげます」
「上等だ」

土方はにやりと笑って、自分を見上げる妙の唇をやや強引に塞ぐ。
唇を離すと、真っ直ぐに妙の瞳を見つめた。

「…もう離さねェから覚悟しとけよ」
「望むところよ」

雲から顔を出した月明かりの下、ふたつの影がひとつに重なった。




(私もあなたが大好きです)




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