買い物でも行きますか




障子を通して薄く光が差し込む。
妙はふと目を覚ました。

眠たげに寝返りを打って、枕元の目覚まし時計に手を伸ばす。
時計の針はもう間もなく9時をさそうとしていた。

(…ああ、)

妙は長いため息をついて、若干の気だるさが残る体を起こす。

昨日はすまいるの従業員総出で出張業務だった。
大手の貿易会社かどこかのお偉方の酌をして、笑顔を振りまいて。
絡んでくる男も多かったが、基本的にはいい人ばかりで随分調子よくお酒もあけた。
そんな調子でみんなで騒ぎ、酔い潰れた男たちのタクシーを手配して解散したのは空が明るくなり始めたころだった。

眠いはずだと妙は大きな欠伸をして、のびをする。

延長料金はしっかり頂いたし、変なセクハラをしてくる男もいなかった。長時間勤務で疲れたことは確かだが、その分指命も多かった。

(悪い仕事じゃなかったわね)

妙は納得したように頷いて、布団から出る。
幸い酒はそんなに残っていないらしく、遅くまで騒いでいた割に頭もスッキリしている。


良かった、と妙はほっと胸を撫で下ろして、ふと、もう一度時計を見やった。

時刻は9時3分。
いつもならとっくに起きている時間だ。
寝坊することなど滅多とないが、遅くまで寝ている時は必ず新八が声をかけにきてくれる。
しかし今日は途中で起こされた記憶もない。

「…気付かないほど熟睡してたのかしら」

妙が不思議そうに首をひねったその時、

「ぅあ゛ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁっ!!!」

突然、家を震わせるような大きな泣き声が響き渡った。

「っなに!?」

明らかに家の中から聞こえるそれは、どこかで聞いたことのある響きがする。
まさか、と思いながら、妙は泣き声のする方に走り出した。

「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁぁーん」

ますますひどくなる泣き声。
辿り着いた部屋のふすまを慌てて開け放つ。

「新ちゃん!??」
「っ!!あ゛ねうえーっ、ぁぁうー」
「っ!?」

視界に飛び込んできたものに、妙は思わず言葉を失った。
弟、新八の部屋にいたのは、いつもの新八ではなくて、自分を姉上と舌足らずな声で呼ぶ幼い男の子。
さすがの妙も目を丸くして立ち尽くす他なかった。

今自分は18で、新八は16だ。
もちろん昨日も、新八は歴とした16歳の少年だった。
自分たち姉弟の年の差はふたつしかない。

では、今目の前で泣き叫ぶ男の子は誰だというのだろう。

「ぅぁーん、っ、あねっ、うえー」

しゃくりあげながら、男の子はこちらへと手を伸ばす。
立ち上がろうとするが、足元の服と布団に絡まってぺしゃりと頭から布団に突っ込んだ。


「新ちゃんっ」

妙は慌てて駆け寄って、小さな体を胸に抱き上げる。
ようやく辿り着いた恋しい人の体温に安心したのか、男の子は泣き止んで、妙の胸に顔を寄せた。

時々しゃくり上げる男の子の背中を、昔弟にしてやったようにゆっくりと撫でてやる。


(新ちゃんだわ…)

理由なんてわからないが、妙の直感がそう告げていた。
妙は確信して、小さな新八をぎゅっと抱き締める。新八の大きな目にたまっていた涙をそっと袖で拭う。

突然小さくなるなんて、普通常識的には考えられないが、今は天人が自由に出入りする時代。
未知の薬やらウイルスやらが持ち込まれていたとしても不思議じゃない。

16歳だった新八が着ていた寝間着を引きずる小さな新八。

どうしてこうなったのかはわからない。でも、この子は自分の弟、新八だ。

「新ちゃんなのね?」
「う?あねうえー」

問いかけると、新八は不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。
あねうえ、と呼ぶ声と表情は幼い頃の新八そのもので、妙はふと懐かしい気持ちに襲われた。

どうしてかは知らないが、この小さな新八は、自分を姉だと認識している。
自分を見てにこにこと笑う新八に、優しく微笑みを返した。

「さあ、新ちゃん。お着替えしましょうか」
「あい!」
***

箪笥の奥にしまいこんでいた新八の幼い頃の着物を引っ張り出して着せてやり、新八が昨日作り置いてくれていた雑炊を温めてふたりで食べた。ぴったりと自分の傍を離れない新八をあやしながら身の回りのことを一通り片付けて、妙はほっと一息つく。

「あー、」
「どうしたの?新ちゃん」
「あねうえ、おそと」

妙の着物の袖を引っ張って、新八は縁側へ続く障子を指さす。
どうやら外に散歩に行きたいらしい。
妙は少し考えて、そうね、と新八に頷きを返した。

「オムツも買わないといけないし、お買い物でもいきましょうか」
「おでかけ、いく?いっしょ?」
「そうよ。お出掛け。姉上と一緒にお出掛けしましょう。新ちゃん、お外に行く準備をしましょうか」

膝の上の新八にゆっくりとそう言うと、ぱあっと嬉しそうに顔を輝かせて思い切り首を縦に振った。
よしよしと頭を撫でて、出掛ける準備を始めようと立ち上がる。
すると、縁側の方から声がした。

「姐さーん、いやすかィ?」

沖田さんだわ、と妙は障子を開ける。
ととと、と声のした方へ駆けていった新八を追いかけて、縁側に向かった。

「姐さー、…ん?」
「あー」

目の前に現れた幼児に沖田は目を丸くする。
この家には小さな子供はいないはず。
しかし、どこが見覚えのある顔だった。

妙以外のこの家の住民と言えばひとりしかいない。
ああそうかと思い当たって、沖田はかがんで目線を合わせた。

「もしかして新八かィ?」
「あい」
「お前メガネはどうしたんでィ?しかも心なしか小さくなってねェか?」
「ねー?」

知らないと言うように首を傾げる新八に、沖田はそうかと肩を竦めて頭をくしゃくしゃと混ぜる。
姐さんはいるかィ、と問いかけた時、妙が丁度顔を出した。

「あら、やっぱり沖田さんでしたか」
「姐さん」
「あねうえ!」

妙にこんちはと軽く挨拶をして、沖田は縁側に腰かける。
妙は、今日はどうしたんですか、と言いながら、抱っこをねだった新八を胸に抱き上げた。

「用がなきゃ来ちゃいけやせんかィ?」
「ふふ、もう。土方さんに怒られても知りませんよ」
「そんなこと、なんの障害にもなりやせんぜ」

土方ごときに俺の愛は屈しやせん、とすました顔で言ってみせた沖田に妙は困った人ね、と笑う。

「うー、あねうえ」
「あらあらどうしたの?」
「いっちょまえにやきもちかィ?シスコンも筋金入りだなァ」

ニヤリと笑いながら沖田は立ち上がって新八の顔を覗き込んだ。
ぷっくりと頬を膨らませる新八をつついて、悪い悪いと頭を撫でてやる。
不満げに顔を歪めつつも、満更でもなさそうな様子の新八に、妙も沖田も顔を見合わせて微笑んだ。

「なんでこんなちっさくなっちまったんですかィ?」
「それがわからないんです。朝起きたらこうなってて」
「まじスか」

ピンポーンピンポンピンポンピンポーンピンポンピンポンピンポンピンポーン

二人の会話を遮るように、玄関のチャイムが突然けたたましく音をたてる。いつまでたっても止むことのないチャイムに、新八もうるさそうに眉を寄せた。

「もう、うるさいですね。何かしら?」

一発殴ってくるわ、と拳を作る妙を引きとめて、俺が見てきやす、と沖田は玄関へ向かう。

「へーい。どちら様ですかィ」

玄関を開けた先にいたのは沖田がよく知る人物ふたりで、にらみ合うようにしてそこに立っていた。

「ちょ、やめてくんない。何なのマジで。何で多串くんがここにいるわけ?」
「土方だこの天パ!そりゃこっちのセリフだ!テメェこそなんでここにいやがる!」

ぎゃあぎゃあと言い争いをしていた土方と銀時だったが、ふと沖田の存在に気づき、同時に思い切り深い皺を眉間に寄せる。その仕草があまりにそっくりで、沖田は心の中でぷすりと笑った。

「あ?総悟?テメー何してんだ」
「沖田くーん、なんで君ここにいるのかなー?」

ぴきりと青筋を立てる大人気ない大人ふたりを無表情で見つめて、沖田は綺麗に微笑んでみせる。きらり、という効果音が聞こえたとか聞こえないとか。

「何でってそりゃァ、姐さんに会いに来たに決まってまさァ。好いた人には会いたくなるもんでしょう」
「「っ!?!!?」」

沖田の予想外の返答に、土方と銀時は言葉に詰まる。
言い返そうと口をぱくぱくさせるが、肝心の言葉は出てこなかった。
沖田はしてやったりとニヤリと意地悪く笑んで舌を出す。

「「っ、テメェェェッ、」」
「すみません沖田さん、どなたでした?」

沖田に掴みかかろうとした二人を、澄んだ声が制止させた。
奥から出てきた妙に、二人はぴたりと大人しくなる、というより、ある一点を見つめて固まった。

「銀さんと土方さんでしたか。普段はチャイムなんか鳴らさずに勝手に入ってくる癖に、今日はどうしたんですか?それに、ゴリラなら来ていませんよ」
「お、おい…。お前、それ…」
「…え?ちょ、おたっ、お妙?え?そんな、まさか…違うよね?」

銀時と土方は二人して震える指で妙の腕の中の子供を指す。
当然のように妙の腕の中に収まる妙にそっくりの幼児。

視線の先に気付いた妙が、この子は、と説明しようとするのを遮って、沖田が妙に沈痛な面持ちで首を縦に振った。

「…二人とも気づいちまいやしたか」

くっ、と沖田がやるせなさそうな表情でそう言う。
さりげなく妙の肩を抱いて引き寄せた。

「え、」
「今まで黙ってやしたが、実はこの子、俺たちの息子なんでさァ」
「……」

イエーイ、とピースサインをしてにこやかに笑う沖田。そんな沖田を妙は呆れたように見つめてそっとため息をついた。

((俺たちに息子です俺たちの、沖田総悟と志村妙の―――――))

「「息子だとォォォォォォ!!!??」」
「あっ、ちょっと銀さん!土方さんっ!?」

妙の止める声も聞かず、銀時と土方は同時にそう叫んで、嘘だァァァァ!!!とそのまま走り去っていった。

「…行っちまいやしたね」
「全く…あの人たちは何を言ってるんだか」

走って行った二人の後を、沖田と妙は呆れきった表情で見つめる。

「まあ、俺としちゃァ、全然本気にしてくれても構わないんですがねェ?」
「っ、からかわないでください!」
「あーぅ!めっ!」
「ありゃりゃ、ご不満でしたかィ?」

抗議の声を上げた新八に、沖田はシスコンの壁はなかなか厚いですねィ、とからかい口調で呟いた。

「お妙さん」
「…なんですか」
「からかってなんかいやせんぜ」

真っ直ぐと瞳を見つめてくる沖田に、何言ってるんですか!と腕の中の新八を抱き直して、妙は怒ったようにくるりと背を向けた。
後ろから耳が赤くなっているのが見えて、沖田はこっそり笑みをこぼす。

(っとに、かわいいお人でさァ)

「買い物付き合いやすから許してくだせェよ」
「……」
「ダッツでも何でも奢りやすぜ」
「…物で釣ろうとしたってダメです」
「こりゃ手厳しいですねィ」

困ったように、それでも楽しそうに沖田は笑う。
機嫌を損ねてしまった愛しい少女に、さてどうやって笑ってもらおうか、と考えていると、不意に新八がおでかけ!と声を上げた。

「おでかけ!あねうえとおそと!」

嬉しそうに笑う新八に、沖田も妙もつられて笑みをこぼす。

「ほら、新八も一緒に行きたいって言ってますぜ」
「そうですね。みんなでお出掛けしましょうか」
「あにうえ?もいく?」

何気なく新八が発した言葉に、沖田も妙も目を丸くした。

沖田がくくく、と何かを堪えるように笑って、きょとんとする新八の頭をよしよしと撫でる。

「…まさか新八くんから“あに”と認めてくれるたァ思ってもみやせんでしたねィ。これからは義理の兄と書いて“義兄上(あにうえ)”と呼んで下せェ。義弟(おとうと)よ」
「もう!沖田さん!」

満足そうにうんうん、と頷いて新八の頭を撫で続ける沖田に、妙は頬を染めて声を荒げた。

顔赤いですぜとからかわれて、知りません!とそっぽを向く。

「あねうえ?だいじょうぶ?」
「え、ええ。ごめんなさい、新ちゃん。さあ、お出掛けしましょうか。“あにうえ”はお留守番してくれるんですって」
「そりゃあねェですぜ姐さん」





(お手てつないで、お出掛けしましょう)


title:ひよこ屋



おまけ

「あねうえ、おててー」
「はい、どうぞ」
「あにうえもー」
「俺もですかィ?」
「ふふ、なんだか親子みたいですね」
「いいんですかィ?」
「え?」
「…そんなこと言われると、期待しちまいやすぜ」
「…いいですよ」
「……え?ね、姐さんっ!?」



(顔赤いですよ、沖田さん)
(…ずりィや姐さん)



 

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