未来に叫ぶ


どうしよう、と妙は目の前の結果を見つめた。
最近体調が少しおかしいと思っていた。それに何より、普段ならきてもおかしくないはずの月経がもうずっときていない。

まさかまさかと思いながら、慌てて買ってきた検査薬。
何度確かめても、結果は同じだった。
"陽性"を示す窓を見つめて妙はただ呆然とする。

(どうしよう。銀さんになんて言えば…)

確かに、思い当たる節はあった。
最近の体調不良もこれのせいだったのいうのなら説明がつく。

(どうしたらいいの…)

妙の心に不安ばかりがのしかかる。

外から姉上、と自身を呼ぶ新八の声がして、妙は自身を落ち着かせるように大きく息をして、手洗いを出た。

とにかく、なんとかしなければ。
ことがことだけに、このままひとりで抱え込んでいるわけにもいかない。ちゃんとした病院にもいかなければいけないし、それに何より、銀時にこのことを伝えなければ。

銀時になんと伝えようかと考えて、妙は頭を悩ませた。
好きな人の子供を授かって、嬉しくないはずがない。
銀時ならきっと喜んでくれるとわかっていながら、不安は拭いきれなかった。
いくら恋人同士といっても、結婚を約束しているわけではない。
そうなれたらいいと思ってはいるが、銀時がどう思っているかはわからない。

もし、子供なんていらないと言われたら、と考えると涙が出そうだった。

彼がそんなこと言うはずないと首を振って、でもやはり不安は消えない。

「姉上ー」

どこですか、という新八の声に妙は慌てて返事をする。
声のした方に行ってみると、そこにいたのは今最も会いたくない人物だった。

「よォ」
「アネゴ!会いたかったアル〜」

抱きついてきた神楽を受け止めて、頭を撫でてやる。
その傍らでのん気にせんべいにかじりつく銀時を見やって、なんてタイミングでこのひとは、と妙は思わず眉をしかめた。

「二人してどうしたの?」
「アネゴに会いに来たネ!銀ちゃんが寂しい会いたいってうるさかったアル」
「ちょ、神楽ァァァァ!?」
「銀ちゃんうるさいアル。ほんとのことネ」

しれっとそう答える神楽に、銀時は慌てたように大声を出した。
目が合って、そうなんですかと妙が問い掛けると、小さな声で悪ィかよ、とつぶやく。

照れたようにそっぽを向いた銀時に、妙は曖昧な笑みを浮かべた。

(どうしよう。まだ心の準備が…)

銀時の顔がまともに見られない。
緊張と不安から、心臓が早鐘を打つ。

「姉上、僕たち夕飯の買い物に行ってきますね」
「えっ、じゃあ私も」
「せっかくの休みなんですから、姉上はゆっくりしてて下さい」
「そうアル!私と新八にお任せネ!」

神楽と新八は、行ってきます、と声をそろえて元気に飛び出して行った。

(この状態で銀さんと二人きりなんて…)

気まずい。
どうやって伝えるか、まだ何も考えていないのに。

当の銀時はいつの間にか縁側に移動していて、のん気にお茶を啜っていた。
その背中をじっと見つめていると、視線に気づいたのか銀時が振り返った。
ぎくりと肩を揺らす妙に構わず、座れば、と隣を手でぱしぱしと叩く。

促されるまま隣に腰掛ければ、ん、と無愛想に湯呑みを手渡された。
ありがとうございますと戸惑いつつも置けとって、お茶を一口飲む。
握りしめると湯呑みのじんとした熱さが手に伝わった。

(言わなきゃ…。黙ってていいことじゃない)

隣の銀時の様子をうかがうようにちらりと盗み見ると、なんだか落ち着かない様子でぶつぶつと何かを呟いている。
内容までは聞き取れないが、なんだかいつもと様子がおかしい。
元々落ち着きのある人ではないが、今日は明らかに挙動不審だ。
普段ならじっとしろと拳を握りながら小言を言うような場面だが、今日は違う。
妙とて自分の身に起きた出来事で頭がいっぱいだった。
銀時の様子がおかしいとなれば、妙の心にも不安が増える。

大事な話があるとでも言えば、きちんと聞いてくれるだろうか。
こんな様子の銀時にどうやって切り出そう。

(何よ、こんな時に…。銀さんの馬鹿)

心の中で毒づいて、伏せていた視線を上げた。
すると、銀時の紅い瞳とぶつかる。
眉間に皺を寄せて、ついでに頬まで赤らめて。
口を真一文字に結んだその顔に、妙は目を丸くする。
怒っているのか、照れているのか、なんだかよくわからない表情に困惑した。

「銀さん?」
「お妙」

不審に思って呼びかけると、固い声が銀時から返って来て妙も思わず黙った。
銀時は膝に置いてあった妙の手に自身の手を重ねて、包み込むように握りしめる。

「あの、よ…。俺たち付き合ってもう一年以上たったじゃん」
「え、ええ。そうですね」
「お前も今年で二十歳になるし、その…なんだ、一応大人の仲間入りってやつだろ?」
「ええ」

視線をあちこちに泳がせながら、銀時はもごもごとそう告げる。
要領を得ない銀時の言葉に、妙は少し苛立った。

「だから何だって言うんです。そんなこと、今更確認するようなことじゃないでしょう」
「ばっか、ちげェよ!そうじゃなくてだな…、その、アレだ。俺と…、なんつーか、えー…」
「もう!何なんですかさっきから!何が言いたいんです!」

えーとかうーとか言い続ける銀時に妙もたまらず声を荒げる。
普段なら我慢出来るようなことも、今は無理だった。
ただの八つ当たりだとわかっていても、止められなかった。
話さなくてはいけないことが、自分にだってあるのだ。
無性にイライラとする自分にも腹が立ったが、余裕なんてない。

「…っだから!!」

妙に負けじと、銀時も声を大にする。
いつもの言い合いになりそうで、妙は泣きたい気持ちで銀時を睨みつけた。

「だから何なんで、」
「だから!!俺と結婚してくれっつってんの!」
「…は?」

妙が全てを言い終わらないうちに、銀時が叫ぶようにそう言った。
声が庭に響き渡る。
イライラも忘れ、妙はただただ唖然とした。

(…え?何、ちょっと待って…。今、なんて…)

半ば放心状態の妙をよそに、しまったァァァアァァァ!!!と銀時が青ざめて叫ぶ。

「ちょっ、待って!!!今のナシ!!!今の間違いだから!!いや、間違ってねェけど!ちょ、とにかくもっかい!もっかいやり直させてェェェエっ!!」

赤くなったり青くなったりしながら、銀時は必死で言葉をつなぐ。
焦りに焦る銀時がふと隣を見やると、目に飛び込んできたのは、ぽろぽろと大粒の涙を零す妙の姿だった。

「えっ、ちょ、何!?何泣いてんのお前ェェェ!泣くほど嫌か!?泣くほど嫌だったのか!?ちょ、待てって!調子乗ってすいませんでしたァァァ!」
「……さい、」
「え、何て?」
「…ごめん、なさい…っ」

妙はそう言って、銀時の胸に飛び込んだ。
急に抱きついてきた妙を慌てて抱きとめて、腕の中に収める。
しかし、先ほどの妙の言葉を思い出して辛そうに眉根を寄せた。

聞き間違いじゃなかっただろうか?彼は本当に結婚してほしいと自分に言った?
先ほどの銀時の言葉をゆっくりと脳内でもう一度再生する。

―――結婚してくれっつってんだよ!

(どうしよう…。私、馬鹿だわ…っ)

妙の瞳からぼろぼろと涙がこぼれおちる。
こらえようと必死だったが、一度決壊してしまった涙腺はなかなか元に戻ってはくれなさそうだった。

「お妙、泣くな。泣かなくていい。断られるだろーとは、思ってたんだ(ほんのちょっとだけど)」
「…っちがっ!違、います!」

銀時の言葉に、妙は慌てて顔を上げる。
瞳に映った切なそうな銀時の顔が妙の心をぎゅっとしめつけた。

「ち、がうんです…!私、恥ずか、しくて…!っあなたの気持ちを、…っす、こしでも疑った自分が…っ」
「…何かあったのか?」

涙があふれ出して、うまく言葉が紡げない。
銀時の問いかけに、妙は思わず黙りこむ。
一瞬表情を硬くした妙を見て、銀時は握ったままだった手を思い切り引き寄せた。
突然のことに、妙はろくな抵抗も出来ずに銀時の腕の中におさまる。

「銀、さん?」
「何でお前はいつもそうやって一人で抱え込むんだよ。何で何の相談もしてくれねェんだ…!」

銀時の泣きそうな声。
妙は答えるように銀さん、ともう一度呼んだ。

「一人で泣くなんて許さねェぞ…っ」
「…っ、」

ぎゅう、と腕の力が強まる。
痛いくらいに抱きしめられて、ただ愛しさがこみ上げた。
溢れて止まらない涙が銀時の着流しを濡らしていく。

「…銀さん―――っ、」

自分は何を悩んでいたんだろう。何を不安がっていたんだろう。
この人はこんなにも自分を想ってくれているのに。

「…銀さん。私の話、聞いて下さいますか?」
「ったりめーだ」

静かに、でもしっかりとした声で妙は銀時にそう言った。
銀時の返答に、妙は優しく微笑む。
体を離して、向かい合った。
妙は銀時の大きな手をそっと握り、そのまま自身の腹部にあてがう。

「ここに、あなたと私の新しい命が宿っているんです」
「…新しい、命?」
「ねぇ銀さん。この子と、銀さんと、私と、三人で幸せになりましょうね」
「お、たえ…?」
「改めまして、不束者では御座いますが、どうかこれから先、末永くよろしくお願いいたします」

三つ指をついて頭を下げた妙を前に、銀時も慌てて姿勢を正す。
つられて頭を下げそうになって、思い切り叫んだ。

「え…、ちょ、えェェェェェェェ!!?えっ、マジなの!?ここリアル!?まさか夢オチとかじゃねーだろうな!?」

銀時はそう早口にまくし立てて妙の両肩を掴む。
正面から視線を合わせて、瞳で問うた。

「マジですよ。冗談でこんなこと言えないわ」
「…っ、お妙っっ!!」

強い力で抱きよせられて、再び銀時の腕の中に収まる。
息も苦しいほどの力で抱きしめられ、妙は抗議の声を上げた。

「銀さん、苦しいわ」
「……」
「銀さん?」

呼びかけても、銀時に返事はない。

(震えてる…?)

自身を抱きしめる銀時のその腕が、体が、わずかに震えている。

「銀さん?泣いてるの…?」
「お、妙っ、」
「はい」
「…っ、…ありがとう…っ!」

絞り出したような銀時の声。妙の瞳にじわりと涙が浮かんだ。
背中にそっと腕を回して、すり寄る。

「お前に、…っ逢えて良かった…っ!」
「…私もよ」

この先ずっと、この人の隣で笑っていたいと思う。

これから始まる幸せな日々に思いを馳せて、妙はそっと目を閉じた。




(ああ、なんて素敵な未来!)


Title: a dim memory
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