※ドラゴンの子供リヴァイ(三十路)と悪魔の子 (王子様)エレン


用心棒と悪魔の子


女王の警護はやりがいがある。1日に一回は 襲撃があるからだ。

リヴァイは女王の部屋の前で煙草を吹かしな がら、持っていた剣を背中に収めた。地面には 血まみれで倒れた暗殺者が3人。いずれも名の馳せた奴だったが、リヴァイにとっては子供騙しのような攻撃だった。


「リヴァイ!」

部屋から出てきた女王が驚いてリヴァイを見やる。

「大丈夫だ。全部仕留めた」

リヴァイはそれだけを答え、女王へと軽く一 礼した。女王の金色の目がぐらりと揺れる。

「……おいおい、俺を雇ったのはアンタだろ? 今更怯えんのか」

リヴァイは女王に向かってにやりと笑い、そ の場を去っていった。

リヴァイの両親はかつて王国を恐怖に陥れた ドラゴンだった。 そのドラゴンの子である証として、リヴァイの両手の甲には赤色を帯びた硬い鱗がある。

リヴァイは双頭の龍に変身できるが、未だかつて変身はしたことがなかった。ドラゴンの姿で金品を奪わなくとも、人間の姿で用心棒をすれば充分に食べていけたからだ。

城門の影まで来ると、周りには誰もいなかった。リヴァイは吹かしていた煙草を捨ててその場に座り込む。目の前には巨大な城がそびえ立ち、侵入者を拒んでいるようだった。

リヴァイの両親が最後まで落とせなかった鉄壁の城だ。

「……馬鹿だな」

リヴァイは自らの両親を嘲笑った。この城には竜封じを使える者が数百人は常在している。その城に真正面から突っ込めば、封じられて当然なのだ。

「何が馬鹿なんですか」

ふと、すぐ隣で声が聞こえた。そこにいたのは金色の瞳の少年だった。みすぼらしい服を着て、顔も汚れている。とても女王の息子とは思えない格好だった。

「エレン」

リヴァイはぽつり少年の名を呟き、彼を隣に座らせた。

「ねえ、何が馬鹿なんですか」

「俺の親だ」

エレンは納得したように頷いた。リヴァイが両親を嘲るのはいつものことだった。

エレンが真っ青な空を仰いで、「リヴァイさん」と声を掛けてくる。

「オレが金を貯めたらって話、生きてますか?」

「ああ生きてる。俺は金で生きるからな」

リヴァイがそう答えると、エレンは嬉しそうに笑った。それから「もう半分貯まりました」と言って微笑む。

リヴァイはエレンの髪を撫でると、その唇に軽いキスをした。

リヴァイがドラゴンの末裔なら、エレンは悪魔の申し子だった。

この少年が生まれたその夜、とある有名な占い師が予言したのだ。

――その子は悪魔の子。王にしてはいけません。殺してもいけません。王国に災いが降りかからないように。

そんな占い師の言葉のせいで、エレンは悪魔の子に仕立て上げられた。そして、それを産んだ女王さえ虐げられ、こうやって毎日刺客に命を狙われているのだ。

リヴァイとエレンが出会ったのは約一年前、 ちょうどこの場所だった。それから2人は恋人同士になった。エレンが恐ろしい企みをリヴァイに明かしたのも、その頃だった。

リヴァイが唇を離すと、エレンは悪戯っぽく笑った。

「リヴァイさんは物好きですよね。悪魔の子を愛するなんて」

「そう言うなら、お前も物好きだろうが」

リヴァイがエレンの額を軽く小突く。エレンはリヴァイの手首を握って、その甲に指を這わせた。血のような色の硬い鱗がびっしりと隙間なく生えている。

「ザラザラしてて、気持ちいいです」

「気色悪いこと言うな」

「だって本当の話ですもん。リヴァイさんが竜に変身するところ、見てみたいです」

エレンはいつもそう言った。しかしリヴァイにとって、竜の姿は嫌悪の対象だった。自分の両親の姿は禍々しく、どこを見ても恐怖の塊だった。硬い皮膚の温度はヒトの体温を優に超え、吐く息は猛毒を秘めている。翼から放つ風は大木をもなぎ倒し、鋭い歯は城壁さえ噛み砕くのだ。

――俺の親は化け物だ。本当なら、俺はエレンに愛される価値なんかなかった存在だった。

「機会があったらな」

リヴァイはいつもそう言ってごまかすが、エレンに見せる気などなかった。そしてその姿を見せる機会も永遠に訪れることはないだろう。

「またそう言う!」

エレンは不貞腐れたように頬を膨らませ、その場で立ち上がった。体の線は細く、あまり食べていないことが分かった。リヴァイは懐からパンを取り出し、エレンに与えた。

「食え」

リヴァイがそっぽを向きながら言うと、エレンは嬉しそうにそれを頬張った。エレンの両手に余るような大きなパンもあっという間になくなった。

「これで明日も生きられます」

エレンが白い歯を見せて笑うのを、リヴァイは横目で見つめていた。

この少年を愛した理由は、エレンはこんなにも無邪気だからだ。自分の境遇を呪いもせず、 ただみすぼらしい服を着て毎日を過ごしている。エレンが恨んでいるのはただ1人、この国の女王だけだった。 そんな無邪気な目をしているのに、心はしっ かりと根を張った大木のようだった。数か月前、エレンはしっかりとリヴァイを見据えて言った――。

「あなたを愛しています」と。

リヴァイはエレンにありったけの知識を授けた。剣の使い方も教えた。将来、あの占い師のインチキが知られて、エレンが王になっても恥ずかしくないようにだ。リヴァイはもう一度エレンにキスした。舌を絡ませて歯茎をなぞる。顔の向きを変えて何度も何度も深いキスをした。その内にこの場で押し倒したくなったが、必死に我慢した。

「……リヴァイさん、好きです」

エレンはすぐにそう言う。あまりにもその言葉を聞くものだから、段々薄っぺらいものに聞こえてくるほど。

「俺も好きだエレン」

だからリヴァイも聞き飽きたというほどにエレンにそう言うのだ。

エレンは幸せそうに笑ってリヴァイの額にキスをして、そのまま走り去っていった。 三十年ほどを生きてきて、これだけ愛せる者に出会った。だから雇い主を裏切ってもその価値は充分にあった。

『リヴァイさん、金は払います』

事の発端は、エレンのそんな言い出しだった。

『何だ。何か依頼か?』

リヴァイの本業は用心棒だが、同時に暗殺も出来た。竜の血が彼に強大な力を授けていた。

『女王を殺してください』

エレンははっきりとした声でそう言った。それから大金の額をリヴァイに告げた。

リヴァイはその金額ではなく、エレンの強い瞳に惹かれた。だから『分かった』と了承した。それは雇い主を殺すことにもなり、見付かれば即火刑の重罪だった。

だがリヴァイはやると決めた。そしてエレンが金を集めるまで待つことにした。

◆ ◆ ◆

その数日後の夜、リヴァイは音もなく女王の寝室に入った。 女王は豪華絢爛なベッドで眠っている。隣にはエレンの弟である王子がいた。リヴァイは予め手にしていた剣を握り、まず王子を殺した。その一切が無音で、辺りに血が飛び散っただけだった。

リヴァイはふと後ろを振り向いた。黒装束を着たエレンがその様子を興奮するような目で見つめている。彼はエレンの髪を撫でて、女王の胸に剣を振り下ろそうとした。

その瞬間、女王の目がパッと見開かれた。直後、「リヴァイ!」と彼女が叫ぶ。それから背後に立っているエレンを見て、声にならない叫び声を上げた。

「どうして!あなたがどうしてこんなことをするの!」

女王は半狂乱になって叫んだ。それはリヴァイに対してではなく、エレンに対しての言葉だった。

エレンは何も答えなかった。その代わりリヴァイの背中に静かに手を置いた。殺せという合図なのはすぐに分かって、リヴァイは片手に持っていたナイフを女王めがけて投げた。

ナイフが命中して女王の首に突き刺さったと同時に、ドアが音を立てて開いた。リヴァイは瞬時にエレンを背後に回らせた。

「リヴァイ!」

衛兵の1人が声を上げ、室内を光で照らし出す。リヴァイは衛兵が銃を持っていることに気が付いた。この場で射殺するつもりのようだ。

リヴァイは舌打ちした。弓や剣なら避けきれるが、弾丸は避けることが出来ない。それに当たれば致命傷になる。エレンだって死んでしまう――。 その時、エレンが凛とした声で兵士たちに向かって叫んだ。

「オレがこの人を雇った!」

「何を――」

リヴァイの制する声はエレンには届かなかった。

「殺すのはオレだけで充分のはずだ」

エレンはそう言って、リヴァイの脇を通り過ぎて兵士の方へと歩き出した。リヴァイが腕をつかんでそれを止めようとするが、エレンはその手を振りほどく。その瞬間、銃口が一斉にエレンに向けられた。 リヴァイは唇を噛んだ。それから手の鱗を見た。

――例え化け物に成り下がっても、俺がエレンを守る。

リヴァイはキッと兵士たちの方を睨みつけ、エレンの手をもう一度つかんだ。よろけたエレンを自分の方に引き寄せ、リヴァイはあらん限りの声で叫んだ。 瞬間、室内がまばゆい光に包まれた。

硬い皮膚の温度はヒトの体温を優に超え、吐く息は猛毒を秘めている。翼から放つ風は大木をもなぎ倒し、鋭い歯は城壁さえ噛み砕く――。

目を開くと、エレンは何か硬い物に頬が擦り切れていることに気が付いた。すぐに、そこが 竜の頭の上だということに気が付く。赤い鱗を通して熱い感覚が伝わってきて、すぐ近くでスースーと規則的な音が聞こえる。

エレンは竜の角につかまって、「リヴァイ、さん?」と声を掛けた。一瞬だったが竜の呼吸が乱れた。それからエレンの呼び掛けに応えるように巨大な翼がはためく。

「リヴァイさんですよね?良かった!」

エレンはそう叫んだ。そしてちらと下を見て、うっと息を詰まらせた。

城は崩壊していた。女王の寝室があった塔は見る影もなくなり、あちこちから炎が上がっている。城壁も壊され、敷地内の森の木々は腐っていた。

――数百人の竜封じはどうしたんだ。

エレンはそう思って、リヴァイの力を思い知った。彼は自分の両親が突破できなかった城を、たった一頭で滅ぼしたのだ。

その時、エレンの頭の中に声が流れ込んできた。

『すまん。やりすぎた』

それはリヴァイの声だった。宝石のような竜の目がエレンの方を向いている。

「いいんですか、リヴァイさん」

エレンはその声に対して悪戯っぽく笑い、更に言葉を続けた。

「オレがあげた金には見合わないほどデカい仕事でしたけど」

『……エレン』

はい、とエレンが応える。

『これからどこに行きたい?』

エレンはわざとらしく唸り声を上げて、「ど こでも」と答えた。リヴァイが一緒にいるならどこだって構わなかった。

リヴァイは分かったと言うように竜の頭で頷き、遥か上空へと飛び上がった。

◆ ◆ ◆

「リヴァイさん、次の出港は三十分後ですって」

エレンがそう叫ぶのを聞いて、隣の男が小さく頷く。その口には布を巻いており、手の甲にも包帯を巻いていた。

「それまで酒屋でも入ってましょうか」

エレンに連れられて、リヴァイは近くの酒屋に入った。エレンが陽気な声で酒を注文してから、店内の一番奥の席を陣取る。

リヴァイは誰にも見られていないことを確認して、口に当てていた布を外した。あごの部分に鱗が生えていた。

「ちょっと広がってますね」

それを見ながら、エレンが驚いたように言う。

「鱗が全身を覆い尽くしたら、俺は竜でしかいられなくなる」

リヴァイの淡々とした声に、エレンはぎょっと目を見開いた。運ばれた酒に口を付け、「知ってたんですか」と感心したような声で言う。

「だから変身したくなかった」

リヴァイはそう言って、運ばれた酒の臭いを嗅いだ。くせぇと呟くリヴァイが面白くて、エレンはクスッと笑みを漏らす。煙草は普通に吸うくせに、リヴァイは酒が苦手だった。

「まあでも、オレは一生リヴァイさんを愛しますから!」

エレンが胸に手を当て、張り切ったように叫ぶ。リヴァイは呆れたように微笑んで、一口だけ酒を飲んだ。

それから兵士が酒場に入ってきて、リヴァイはさっと布を口に当てがう。隣国の女王が竜に殺された一件から、この国も竜族に警戒していた。

2人は早々に酒屋を出て、港に向かった。海を越えた向こうの国に行った方が安全だからだ。

エレンはリヴァイの手をつかんで、「出港し ちゃいます!」と言って走り出した。

リヴァイはエレンの手のぬくもりを感じながら、竜に変身した時のことを思い出した。恐らく、俺の両親もこうやって――。

エレンの手の甲には、うっすらと赤い鱗が生まれていた。




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