なんだっけか。 一日中寝ていたときのように頭がガンガン痛み、思考も鈍い。 何かあったような、なかったような。というか何か叫んだような。 そういえばここって保健室だなと呑気に呆けていたが聞こえた声に"半兵衛"の名が出てきて――――どうしてこうなっているのかを鮮明に思い出していく。 「――・・・!!」 逃げなきゃ! あの痛み、あの言葉が私をおかしくさせていく。 その場にそいつはいないのに、恐怖からかベッドから転げ落ち囲っていたカーテンさえも巻き込む。 痛みと、冷たい床であの時をさらに鮮明に、まるでその場で今、起きているかのような錯覚にとらわれ逃げないと!と絡まるカーテンを払い立ち上がる。 逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ!ドアを開けようと手を伸ばした。 瞬間、誰かが私の腕を掴んだ。冷笑な顔で見下ろすあいつが脳裏に浮かんで――― 「―――いや、いやいやいやいや!放して!放してったら!!」 「落ち着け、俺だ!」 「俺だ!って言われても騙されないんだから!放して!!」 「このfool(馬鹿)が!俺だ、政宗だ!」 せつなに逃げたいとドアばかりみていた私はそこで、声を途切れた。 足がピタリと止まって掴んでいる手、腕、肩、顔とゆっくりと顔をあげた。そこにいるのはあの変態じゃなくて医療眼帯をつけた政宗だった。 「政宗?」 その必死な顔に何か思い出しそうな気がした。 いつか、どっかで似たような事が、あったような、なかったような。 気付けば掌が熱をもっていて、ドアに張り付いて左右に首を振っていた。 「――――あ、れ・・・?」 自分は、私は何をしているんだ。どうして政宗の頬を叩いて、首を振ってわからない何かを拒絶して、泣いて―――――。 私はそれを否定する。 「ちが・・・違う、違う。これは"私"じゃない。これは、"私"じゃ!ない!」 己の意思とは裏腹に零れていく涙。 私が泣いているんじゃない。私じゃない。これは、私じゃない。"これは、私じゃない"。 「つかさ」 誰かが名前を呼んだ。 けど、それは本当に"私"を呼んでいるものなのか。 その名の先に立っているのは"今"の"私"? あの変態の言葉が耳元で囁いてくる。 静かに怒気を孕みそれは憎んでいるように聞こえる。 はやく"つかさ"からでていけ――――――― 心が冷めた。 「―――・・・あぁ、そういうことか」 そういえば、目の前にいる政宗もあの変態と似たような所があった。 初対面なのに知り合いみたいに振舞われた事。名前を知っていた事。 時々、今時の子ではないような空気を見せること。 何処かの武将の様な"独眼竜"という呼び名があること。 あの変態は"思い出せ"っていっていた。 挙句の果てに"私"の存在さえ否定した。 ―――"今の私"は知らなくて、"昔から"私の事を知っているかのような彼らが知っていること。 現実にはありえない、結論が出てしまった。 それと同時に今までの学校生活での彼らとの関係が崩れていった。 つまり。 「政宗も、"私"じゃなくて"つかさ"を見るんだね」 輪廻転生。 そんなもの信じなかったし、日常生活で脳の片隅にも残らない些細な知識。 政宗の他にも慶次や、佐助も出会ったときに似たような顔をしていた。 みんな、皆、誰かの生まれ変わりで、私は、生まれ変わり損ないで、"私"の存在ができてしまった。 本当なら"つかさ"だけのはずだったのかもしれないのに、"私"も存在してしまった。 「つかさ、それは」 「つまり皆がいつも話しかけたのは笑いかけたのは怒ったりしたり馬鹿なことをしたりしてたのは相手が"私"じゃなくて"つかさ"だったからなんでしょう!皆、私じゃなくてつかさを見ていた!!私の存在は、どうでもよかった!!そうでしょ!"私"がいたから―――!!!」 「それ以上言うんじゃねぇ!!!!」 「!!」 はたかれた。 一瞬、何が起きたのか理解できなくて真顔で政宗を見てしまった。 頬に熱がこもり私は"はたかれた"のだと気付く。 口の中が切れたのか血の苦い味が広がる。相手は男。たとえ平手でも力がある。頬に残る痛みに顔をゆがめた。 それと同時に、やっぱりそうなのだと絶望した。 「竜の旦那〜、つかさちゃん目をさまし、」 もたれていたドアが開き、聞き覚えのある声、その声に間違いなければ佐助によりかかってしまう。よろけた身体を手で支えられてもちなおす。佐助が視界に入って。 「"つかさ"ちゃん!良かった、目ぇ覚ましたんだね」 眩暈と吐き気がした。 自分の名前だっていうのに他人の名前にしか聞こえない。 "私"はもう"つかさ"ではいられないのか。 「っ、"つかさ"ちゃん頬が、はれ――っ!」 それ以上、その名前を聞きたくない。 私は佐助を突き飛ばし逃げ出した。 あそこにいると"私"の存在が"消えてしまいそう"で怖い。私は私なのに、私以外になんてなれないのに。 あそこにいると"私"が壊れてしまい二度と取り返しのつかない事になる予感がして、屋上へと逃げた。 逃げたって逃げ切れないことわかっているのに、"私"は逃げるしかなかった。それだけが"私"を"生かす"方法だったから――――――― もう、すべて忘れてしまえたら良いのに。 |