「SMってよくなくない?」





どうしてこうなったのだろうか。

どうして。どうして。そんな事、考えても答なんて浮かんでくるわけでも誰かが教えてくれるわけでもなくただ私のみにおきている惨状に恐怖を感じ怯えることしかできなかった。

「"つかさ"を思い出すんだ」

そう冷たく言葉を落とす半兵衛は酷く冷たい笑みを浮かべながらどこからか持ち出したのかわからないスタンガンで半ば荒く剥がされた衣類から覗く皮膚にあてられる。

鋭い痛みがそこから身体全体に走りぬけ悲鳴さえもあげられない。

逃げようにも馬乗りにされ逃げられず、抵抗しようにも両手は細い腕で見かけによらない腕力によって押さえつけられていて無理だ。

皮膚に当てられていたスタンガンがはなれ、苦痛の息を吐き出した。

そして誰か助けて、と必死に祈りながら次にくるスタンガンの衝撃に目を閉じ、歯を食いしばりそなえた。

「――"つかさ"を思い出すんだ」

「―――――ひ、ぁ゛」

喉元に鋭い熱。皮膚の薄い喉元にスタンガンは押し当てられショックでおしだされた悲鳴。痛い。痛い痛い。痛い、だなんてものじゃない。そこだけ高熱で燃やされているようだ。

脳が痛みを許容しきれなくて、糸がぷつんと焼き切れてしまいそうだ。

「"つかさ"なら笑ってくれる。どんなにひどいことをしても必ず笑う。君は"つかさ"じゃない。はやく"つかさ"を思い出すんだ。"つかさ"からでていけ」

どうしてこうなったのだろうか。

痛みの中、ひたすらに脳はそれを何度も何度も浮かべる。彼は変だ。変だ。

私は私だというのに"つかさ"を思い出せだなんて。まるで。まるで私が"私"じゃないみたいに言う。私は私なのに。どうなっても私にしかなれないのに。一体何を思い出さなければならないのか。どうして思い出さなければならないのか。

私はつかさだ。それ以外になんてなれやしない。


視界が崩れていく。

頑固と何かを考えていた思考も意識もどんどんと形を崩していった。

そんな中、私は何かを言った気がするが何を言ったのかさえわからず、ドアの開く音と誰かの怒声が遠くで聞こえて視界は真っ暗な底へと落ちていった。







―――そして、そこには静かに哀しく笑みを浮かべるもう一人のわたしがいた。




「こんにちわ"つかさ"」


水面上に立つもう一人の私は小さく手を広げて振った。水面に足がつき波紋が広がる。

目の前のもう一人の私は丈の短い灰色の着物に赤黒のスパッツの姿。もちろん私はこんな服などもっていないし、それ以前に目の前の私は、"私"ではない、と認識できた。

だって、こんなにも表情も、声色も、背丈も、服も違う。

それでも似ている、私自身と思ってしまったのは――――私の中に、この子がいるからだ。


直感、だなんてそんな大層なことはできないし、したこともないが、不思議とわかる。そんな感情がこつこつと内面から吹き上がってくる。

この子と私は"別"。

だけども、私の中にいるのだから"一緒"。

「半兵衛は元気かな?」

首をかしげると片方だけ長いもみ上げがゆらりと揺れる。か細い声が寂しそうに、けれどもどこか嬉しそうに尋ねた。

「半兵衛はいつも慌てちゃうから。前は病で死んじゃうまえにって慌てて、今は"わたし"にどうしても会いたくて慌ててる」

「・・・・・・。」

「わたし、半兵衛と一緒にいる資格なんてないのにね」

にっこりと笑みを浮かべるその子は、やはり寂しげだ。

ゆったりとした口調で上を見上げたその子につられて暗い、明りのない闇の空を見上げる。


「わたしね捨てられた子でね半兵衛が拾ってくれたんだよ。それで、半兵衛にいろんな事を教わった。半兵衛だけがわたしの生きがいで、そんな半兵衛が病で先が長くないってことをしってね」

真っ暗の空に、淡くクロスした仮面をつけた半兵衛と、目の前の"私"だった子の幼い姿が映っている。

嬉しそうに笑うその子と、同じように笑みを浮かべる半兵衛。そんな一面が消えていって、新たに吐血して地面にひざをつく半兵衛と泣きそうな顔でそんな半兵衛に抱きつく子。

それに重なるように慶次だ。派手な姿の慶次がその子と一緒に団子を頬張っている。消えた。

次に六つの刀を差した政宗とその子がいて、政宗は何かを叫びその子は寂しい笑みで首を左右に振っている。消えた。

石田先生。変わらないツンとした表情で家康くんとその子、三人が一緒に歩いていて半兵衛が見えると駆け寄り笑顔。消えた。

迷彩色のマントを羽織った佐助に担がれて空を飛んでいるその子。消えた。

半兵衛がその子を叩き、切り裂き、犯し、戦場に置き去りにしたりする数々。消えた。

苦渋と歪んだ笑みが混ざった表情。消えた。手に持つ小刀。消えた。

痛み。
消えた。


「限りある時間の中で日ノ本を束ねるために頑張って、頑張って頑張って頑張って・・・。わたしもそんな半兵衛が少しでも安らげるなら何でもやった。けどね。わたし、だめだったのよ?半兵衛と一緒に頑張ってたけど半兵衛より先に自分から死んじゃったの。だからね、会えない」

ごめんね。最期にその子はそう言った。ここまで私は呆然と廻る映像と記憶を見ていたが、その一言で眼が覚めた気分になる。違う。

目が覚めたというよりも"私"に戻った感じだ。ごめんね。その言葉を聞いて怒りが湧いてきた。

「――――何、それ」

ばしゃん!と水の地面が私の地踏みで荒れた。

「ごめんね?そんな言葉で、丸く収まると思ってるの?ねえ、私、半兵衛に乱暴された。貴女もされた。貴女はそれが当たり前で半兵衛の為ならって思ってるんだろけどさ、私は違う!私にとっては当たり前じゃないし、半兵衛に命を捧げてるわけでもない!貴女と私は"違う"!なのに、ごめんね?そんな無責任な言葉を私に吐くなら、半兵衛と会って半兵衛に謝れ!私に。私に、謝るな!!!」

おかしいじゃないか。私に謝って、それで何か変わる。何も変わりはしない。

確かにこの子は半兵衛の拾われて、命を捧げて、暴力をふるわれてそれに我慢しきれなくて自分から死んでしまった。負い目を感じてるのはわかる。

だからって私にその残った責任を全部渡して一人寂しく会いたくないってうずくまって。駄々をこねてるだけだ。会うのが怖いだけだ。

会う資格がないんじゃない。この子は"会いたくない"だけなんだ!

「・・・・・・。」

「逃げるなよ!会う資格がないって、会いたくないだけでしょう!?ごまかさないでよ!貴女の我侭で私は新学期早々やなことだらけなんだよ!あの変態が!半兵衛がずっとお前は"つかさ"じゃないって言ってるんだよ!貴女に"会いたがってる"んだよ!?乱暴されるのが嫌なら、ちょっとでもいい!ちょっとでも良いから会って、話しなよ!半兵衛を本当に想ってるなら、そうしてあげなよ!!この臆病者―――――っっっ!?」


ドボンと私が沈んだ。臆病者と叫んだ私の口には大量の水が入り、気泡がもれていく。

耳元でゴボゴボと気泡の音が響き水中から見えるその子は両手で顔を覆いうずくまっていた。

どれだけ上にあがろうと手足を動かそうと沈んでいく身体。息は苦しくないけれども、真っ暗な底へと沈んでいく感覚に焦りを覚えた。

「―――――よ」

不思議と水の中でも話せた。

引きずられるように沈む身体。もう水面さえ見えない。それでも、肺の酸素を全部使い果たすほど、叫んだ。

「――――――っ会いにいってやれよ!!!!!!!」











そうして、私は保健室で目を覚ます。

・・・そして目が覚めたと同時に涙が一つ、零れた。