―――――それは、放課後になる少し前のお話・・・。 「半兵衛」 竹中半兵衛は過去の記憶の更に過去――前世の記憶を持っていた。 否。彼だけではない。彼に話しかけている前田慶次もその前世の記憶を持つ一人だ。 どういった訳か名前も容姿もその前世と同じで、彼らの周囲には同じような存在が何故か集っていた。 ただし、つかさを含む数人は、竹中半兵衛や前田慶次などのように前世の記憶を持っていないわけなのだが。 「・・・竹中副校長先生だ、前田慶次」 学校内ではいつも淡い笑みを浮かべる"良い"副校長先生としているが、同じ時を生き、天下統一するための戦のなか生きてきた彼らにはそんなもの通用するわけがない。 そして竹中半兵衛は前田慶次の事が忌まわしいほど嫌いだ。冷え切った声色に動じる事無く前田慶次は進めた。 「おれたちにとっちゃあそんなのどうでもいいだろうに。・・・・・・なぁ、半兵衛、つかさをどうするつもりだ?」 「どうする?まるで僕がつかさの嫌がることをこれからするような言い方だ」 「そうだっていってるんだよ。つかさは前世の時から半兵衛のする事怖がっていたよ」 前田慶次は知っている。前世のつかさの事を。強い笑顔の裏でみせる恐怖で崩れる顔を。どうして。どうして竹中半兵衛はその事がわからないのだろうか。 己が恋焦がれている存在だというのに、その存在を見ようとはしない。いつでも己の型にはめようと無理強いをする。 そして結果的に前世のつかさは自ら命を絶ってしまった。前田慶次は悔いた。己がその隠し切れていない微々たる思いをどうして救ってやらなかったのだろう。どうして、一言半兵衛にいうなり、行動にとったりしなかったのだろう。 どうして。 「前世のつかさが死んで、おれは後悔した。どうして助けてやらなかったんだろうってね。なあ、半兵衛。半兵衛はつかさが好きなんだろ?なのにどうしてつかさを傷つけるんだ?どうして、つかさ自身を見てやらないんだ?・・・また、つかさを追い詰めるのか?」 「前田慶次」 先程と変わらない冷ややかな声。表情も冷たく笑ってはいない。 彼の気からして随分と不機嫌なようで、前田慶次の言ったことは竹中半兵衛にとって認めたくないことだらけであった。 「君には逃げる道がたくさんある。だが、僕にはひとつもない。つかさはそれを知っていた。だからこそ己から僕の"物"となるのを望んだ。つかさは僕を怖がっていたのではない。病で崩れていく僕を失うのが怖かったんだよ」 血を吐くにつれ、胸が苦痛に苛まれるにつれ、竹中半兵衛の心は身体と共に荒れていった。 冷静沈着、残酷な表面の裏で彼は一人でもがき苦しみただ一つの叶わなかった目標だけを見上げて突き進んだ。たとえ目標があっても彼も人。 焦りや疲労による苛つきを抑えるきることなど出来るわけもなく、それはすべてつかさへと向いた。 竹中半兵衛は今でも覚えている。 "初めて"、つかさを傷つけたとき、つかさは泣くことも痛みを訴える言葉を吐くわけでもなく優しく、優しく優しくただ優しく、笑みを浮かべていたことを―――――。 「今の世、僕は健康な身体として生まれた。健康な身体を持った今だからこそ、あの時にできなかったことをつかさにしてやりたいんだ」 「・・・・・・。」 淡く、悲哀の表情をみせた。それだけで前田慶次は泣きそうな顔で黙り込む。 竹中半兵衛が言ったことは本心だ。本心だが、"前世の記憶を持たない"彼女に対して実行したとしても意味がないのだ。 だからこそ彼女に接近し、前世を思い出させようとしている。 「―――・・・わかった。じゃあ傷つけるためにつかさに近づいているわけじゃないんだな?」 「だからそうだといっているだろう。しつこいね」 肩をすくめる。学校のチャイムが鳴り響いた。 「さて時間だ」 今日は新学期初日ということもあり、授業は午前中で終わる。次の授業で今日はお終いだ。あとは放課後、生徒会室へとやってくるつかさを待つだけだ。 前田慶次から離れ、廊下の角を曲がり足を止める。 想うは"前世の"つかさ。 どうして彼女だけ前世の記憶を持っていないのか。思い出していないのか。この世に神がいるのならば。否、己等がまた出会ったということは神はもしかしたら存在するのかもしれないが、・・・いるのならばどうしてつかさを、前世を思い出せないままにしておくのだろう。 さっさと思い出して欲しい。そして、あの時にできなかった事を。傷つけることしか出来なかったあの時とは違うことを、してやりたい。 ―――そのためには"どんなことをしてでも"前世を思い出してもらわなければ。 いち早く生徒会室に入る。中はあまり使われていないこともあってか少し埃臭い。窓を空け換気をし、晴れた空を見上げた。 ―――あの頃の空は、どんなに晴れ渡っていようが暗く曇天のようにしか見えなかった。 だが、今みえる空は青く、広がり竹中半兵衛の心を表していた。遠くで雷雨の雲が漂っている。 「・・・・・・これも"つかさ"の為だ」 それは不安か、後悔か。それとも"今"のつかさに対して行うであろう事の罪悪感か。 記憶を持とうが持たまいがつかさはつかさでしかないということは彼もわかってはいる。わかってはいるが、認められない、受け止められない。 つかさは"あの"つかさでなければならない。 今のつかさは竹中半兵衛につけられた傷など持っておらず、そんな存在に償いをしても仕方ないのだ。 償いをしたいのは"今"のつかさではなく、"前"のつかさだ。 そうでなければならないのだ。 そうで、なければ。 ――――どのぐらい時間がたったのか、授業の終了を告げるチャイムが響き、それから10分ほどにしてドア越しに声が掛かった。空を眺めていた竹中半兵衛は「はいりたまえ」と一言。 それからゆっくりと少し浮かない顔をした今のつかさが入ってきた。 「・・・あの、できればこのあと予定が迫ってて・・・」 視線を外してギクシャクとはなすそれは勿論嘘でしかなく、竹中半兵衛は笑みを深めるとは裏腹に怒りを感じていた。 "つかさ"と同じ顔、同じ声で"つかさ"が言うわけもない愚かな言い逃れを口にしないで欲しい――。 「・・・すぐにおわる。安心したまえ」 椅子に座るように促すと、下手な笑顔で椅子に座る。 "つかさ"はそんな下手な笑みはしない。 また一つ怒りがこみ上げてくる。怯えるように身を縮め椅子にすわる姿はなんとも惨めでまた"つかさ"とは違う点が見え、怒りがこみ上げる。 ああ。こんなにも"つかさ"との違いがあるだなんて。なんて、なんて哀しいことだろうか。 「君の授業態度はいささか良くはないようだがそれはいつものことなのかい?」 「いえ・・・。今日はたまたま空が晴れ渡ってたのでつい」 勿論それも嘘にきまっている。 「――本当は、僕と視線を合わせたくなかったのだろう?」 「―――、い、え・・・そういう、わけでは・・・」 "つかさ"の顔で拒絶をする。 なんて残酷なことだろうか。目の前のつかさは竹中半兵衛を明らかに拒絶していた。 あの優しい笑顔がなく、竹中半兵衛を受け止めることなどせず、今にも離れたい雰囲気をだすつかさ。 竹中半兵衛の感情がそんな彼女を見て、冷えた。目の前のつかさを拒絶した。 そして、思うのだ。 やはり、"前"のつかさでなくてはならないのだと。 ――はるか遠くで、前世の前田慶次が悲痛に叫んだ記憶が思い出され、燃え尽きた。 "お前は何も、わかっちゃいない!" それは確かに耳に届いたが、竹中半兵衛は聴こえないふりをして、更に笑みを深くして立ち上がった。 固い笑みをつくる彼女の表情が、絶望に歪むまで数十秒後。 |