「空も飛べそうな気がするよ」





「ああああー・・・・」

壮大な溜息をついて机にひれ伏す。

新学期での新任の紹介で台の上にやってきた竹中半兵衛。

遠くから見ても真っ白で、周囲の女子は小声でかっこいいだの、きれいだのと囁いていた。彼がマイクに口元を近づけて話し出すともはや囁きとはいえない黄色い叫びが聞こえる。半兵衛は慣れているのかそれらに薄い笑みを浮かべながら自己紹介を始めていく。

不意にこっちに視線が向いたのは気のせいだとしておこう。

きっと女子高校生の中であいつの気持ち悪い性格をしっているのは私だけだろう。


私の隣に私の癒しであるいつきちゃんがいるのが唯一の救い。いつきちゃんが隣で「綺麗な副校長先生だべなー」と言っていたのできちんと真実を伝えてやった。

「いつきちゃんだめ!あれは変態なのよ。いきなり抱きつかれたし、耳元で君は下僕なんだーとか言ってきたんだよ!ダメダメ!おかーさん許しません!」

「いつからつかさはオッカアになったべ・・・。それにしてもそげに変態だとは人は外見によらないっていうわけだべか」

よしよしと身長差があり私の方が高いというのに踵を上げて頭をなでてくれるいつきちゃんは私の天使だ。ああ。なんだか元気が出た。頑張れるわ。

私、あの変態に負けないように頑張ろう。

いつきちゃんとの会話でいつのまにか紹介は終わり解散となった。



教室へと戻り、一時間目が始まるまでの休憩時間、たっぷりといつきちゃんの癒しを充電した。

ほんと、いつきちゃんは可愛い。

言葉はなまってるけれども、姿とのギャップとしてはまた良いし、冬になると彼女は雪童みたいでやはり可愛いと思う。化粧をしていないというのに肌なんてあれてはいないし。うん。やっぱ、癒しだ。

癒しのいつきちゃんとなんともない日常会話をしていると私の名を呼ぶ声。

会話が途切れてしまったことを残念に思いながら顔を向けるとドアの前、廊下側から大きく手を振るポニーテールの男子、慶次と爽やかな青少年という印象のある家康くんだった。

「つかさ〜」

慶次とは、彼が女子とよく話すことから私ともよく会話をする。

気遣いが上手くて、女子の間では人気の男子で、恋愛になると相談に乗ったり背を押してくれたりとしている良い人。ただ、自分が誰かと恋愛する、という事に何か引け目を感じているっぽいのだけれども。

もうひとりの家康くんはあまり会話はしたことはないが、よくよく出会うと互いに視線をあわせてはどこか気まずい空気を作ってしまう人。他人に対してとても優しく、協力は全力でするのだとか。

他クラスということもあり二人は入らずにいたが私が手招きをすれば安心した顔で中にはいってくる。机の前まで来て互いにあいさつをかわした。

「珍しいね、家康くんも一緒だなんて」

「ああ。つかさにちょっと伝えたいことがあってな」

「おれも家康と同じ」

二人して同じ用件とは一体なんなのだろう。と笑みを浮かべ軽く首をかしげて「なに?」と返事を待った。

互いは顔を合わせてどこか気まずく顔色を変えたかと思うと慶次が少し落ちた声で「竹中半兵衛のことなんだけど・・・」といった。もちろんその名がでて私の笑みは固まった。

そしてじょじょに頬が引き攣りあの時の怒りが甦ってくる。

「つかさ、つかさ」

そんな私を助けてくれるのは癒しのいつきちゃんで、その小さな人差し指が私の眉間にあたり「皺がよってるべ?」と口を尖らせていってくるものだから。

可愛くて可愛くて空気が抜けるように怒りは彼方へと飛んでいった。

空気の重苦しさがなくなり私の見えないところで安心の息を吐いた二人は続けた。

「アイツに会わないようにしてねって話なんだ」

それは。無理な話でした。

そんな事を言われて、今朝何事もなければ、あっていなければわかった、で終わるのだが。重い息をはいて一言ごめんと謝った。

「今朝、電車内であった・・・。それで・・・」

知らない人のはずなのに突然名前を呼ばれ親しげに話されたこと。電車のなんでもない揺れで突然だきつかれたこと。耳に息を吹きかけられたこと。去り際に"君は僕の下僕"宣言をされたこと。

それらを怒りと憎しみをこめて話し、それを聞いていた二人の顔色はみるみるうちに悪くなっていく。

話し終えて直ぐに慶次はちくしょう、と呟き、家康くんはその爽やかな顔を歪ませていた。

・・・何がなんだかわからないが、彼ら二人は半兵衛の事を以前から知っているかの風に思えた。

じゃなければ半日もたっていないうちにこんな事は言わない。

「つかさ!」

慶次が突然手を両手で握り締めてきた。慶次の掌は温かくてまだ寒さの残るこの時期の冷たい手にとっては幸せだった。

あったかいな、なんて思いながらどこか慌てている慶次を見た。

予鈴が鳴り響いた。

「絶対っに半兵衛と二人きりになるなよ!?呼ばれたら誰かと〜・・・いんや、俺か家康、あぁ、それと佐助や独眼竜・・・政宗でもいいから一緒についていってもらって!」

「わしの携帯アドレス、渡しておくぞ!」

慶次が「次、移動なんだ!」と慌てた様子で手をはなし去っていく。それを追うように家康くんも私にアドレスの書かれた紙を渡して出て行った。

いつきちゃんが「つかさはモテるべなー」と呟いていたが、そういう意味で渡されたわけじゃないのだけれども、と苦笑しておいた。

というかどうして政宗や佐助の名前がでてくるんだか。いや、確かに仲いいっちゃ良いのだけれども。


「次の授業はー・・・、石田先生かあ。めんどくさいなぁ」

机から教科書を取り出し机にだす。石田先生は若くして教師になった人だ。銀髪の前髪の長い、いやむしろ尖った髪型。

鋭い目つきはいつも緩む事がない。顔色が悪く、口調も厳しい。たいていの生徒は石田先生のことに恐怖していて、もちろん私も恐怖している。

ガラガラガラ!とドアが勢い良く開いて、石田先生が入ってきた。

相変わらずどこか怒っているようにも見えてびくつかせてしまった。教室の空気が冷めていく。

だが、いつもと違うことによってその冷たい空気は幾分か温かくなった。

石田先生に続いてもう一人――――副校長先生が笑みを浮かべて入ってきた。


女生徒が嬉しそうに囁く、が私はむしろ逆で先程から慶次の言葉だけがグルグル頭の中を回っていた。そして真新しい数分前の慶次へと問いかけるのだ。

"こういう場合はどうすればいいの!?"と。


真っ青にしてみていると半兵衛、副校長がこちらへと視線を向けた。私はもちろんのこと視線を外して窓をみる。窓は開いていてカーテンをなびかせていた。

「副校長になったばかりだから、君たち生徒や先生がどのような授業をしているのかみさせてもらうよ。――では、石田先生いつのどうりの授業でよろしく」

そういいながら未だ視線をはずしておらず、横を向いた私の顔にそのおぞましい視線がつんつんとあたってくる。

ちらりと向けると、石田先生もなぜかこちらに視線をむけていて―。

「はい」

一瞬、ものすごい嫌な顔をみせていつもの冷めた表情へと戻った。ああ。私、もう前見れない。私は教科書を開き、石田先生の授業を聞き始めた。

外から風が入ってきて、爽やかな風だなとまた窓を見た。


「――神流戯!余所見するんじゃない。・・・これを解け」

「ふふ、神流戯くんは態度がいささか悪いようだね?放課後、生徒会室に来てもらおうかな」

「―――――――!!!?」






・・・・・・今なら、あの窓から空へと飛び立てる気がします。