――――そんなギザを通り越してかなりひいてしまう言葉を吐かれたのが今日。 その日は、新学期スタートの日で、久々に電車に乗って立ちながら音楽を聴いていたときだった。己の地元の駅から隣の駅に到着しドアが開いたとき"その人"は乗ってきた。 日本では見慣れぬその姿に思わず視線を向けてしまう。 髪を染めているのか、アルビノと呼ばれる生まれながらに色素が薄く弱い質の人なのか、その髪は真っ白だった。日の光を浴びるとその部分だけ半透明に光りとても綺麗だ。 顔も綺麗で、中性的だ。女性も顔負けしそうなぐらいに、綺麗だった。 だから結果的に視線を向けた状態で魅入ってしまって、相手もそれに気付いたのかこっちに視線を向けて目を見開いて――――。 「――――・・・つかさ」 と私の名を呼んだのだ。 もちろん私は彼の事なんてこれっぽっちも知らない。 むしろ彼のような人が知り合いでいたならば絶対に忘れない自身がある。きっと私の後ろにいる知り合いの名前だろう。偶然だな。と後ろを振り向くもサラリーマンしか見当たらないし、その名前に反応する人もいなかった。 変だな。あれ。変だな。そう焦りにも似た感情を感じながら向きを戻して彼と視線を合わせる。 すると彼は優しく、笑みを浮かべて近づいてきたではないか。つまり目の前の彼は私を呼んだということになる。 だが、散々言っているが私は"彼の事など知らない"。まるでストーカーをされているかのような気分になってきたが、逃げられるわけもなく。痴漢と叫ぶには十分な犯罪行為がないために。私は動き出した電車の中、彼と話す事となった。 「・・・うれしいな。君にまた出会えた」 「・・・はぁ。あの、どちらさまで?」 「・・・・・・そっか、思い出していないのか」 何を思い出すのか。さっぱりだ。しかもどちらさま、と聞いたというのに名乗りもしないで勝手に話を進めている彼には呆れさえ生まれる。ただ、"また"ということはどこかであったことがあるのだろうが。 勝手に話を進めるあたりからもしかしたら本物のストーカーなのかもしれない。 「あの・・・」 「ああ、ごめん。つい、出会えたことが嬉しくてね。僕は竹中半兵衛」 「竹中、半兵衛さん?」 「そう。半兵衛って呼んでよ」 竹中半兵衛。 今の時代にはあまりいない固い、古いイメージのある名前だ。 ただ、なぜかその名をきいて何かがストンと胸の底に落ち着くのがわかった。何かが切り替わりそうな。水面下で何かが変わりそうな。 きっと彼が綺麗だからなのと変だがそんな人に話しかけられたことで上がっていたテンションが冷め始めたからだろう。 半兵衛と名乗った彼は懐から名刺を取り出して私へと差し出した。 白生地の髪に半兵衛の名と、携帯電話の番号、アドレス。そして、婆娑羅高校副校長と書かれた文字。その高校の名は聞きなれたもので。 まあ、私の通っている高校だ。だが、前の学期の時には彼はいなかった。つまり今学期に新任または転勤してきた人なのだろう。 けど、なんだか嘘っぽくみえた。彼のその嘘っぽい笑みを見ているからだろうか。 「そんな警戒をしないでよ。まあ、名刺をみた通り今学期から君の高校の副校長になるんだ。これも運命の赤い糸ってやつなのかもね。今まで信じていなかったけれども今、君に会えて同じ所に通うだなんてこれはもう信じるしかない」 運命の赤い糸。 もはやそんな言葉の口説き文句を言われる日が来ようとは。今時それは古いというか冗談というか、ないんじゃないだろうか。一体頭の中どんなメルヘンが広がっているのか。いや、知りたくもない。知ってしまったら帰れなくなりそうだ。 そう。私は"現実的"な高校生だ。 彼、半兵衛は変な人だ。私は友好関係を築くならば常識人がいい。 だが、行き先が同じということもあって彼の酔いしれたような会話に付き合う羽目となる。 「竹中、さんはどうして私の事をご存知で?」 「半兵衛。僕は生まれる前から君の事を知っているさ。ただ、君が思い出させていないだけ」 ・・・重症だ。 生まれる前から、とか言われてしまった私。どう返事を返せばいいのかわからずできるだけ頑張って笑ってみたが頬が引きつっているのが自分でもわかる。 だが半兵衛は特に気にせず、いやそう反応することをわかっていたらしく小さく笑う。なんだか馬鹿にされてない?されてるよね?なんだかむかつくなあ。 「そんな嫌な顔をしないでほしいな。ついいじりたくなるじゃないか」 電車が揺れた。といってもそれほどでもないしつり革を掴んでいるため軽く左右に揺れる程度。 だというのに目の前の彼は偶然の事故を装いよろめかせ私に寄りかかってきた。またたくまに手に腰が回され周りから見れば抱きついている恋人同士。 だが、生憎、朝のラッシュで気持ちがせかされている周囲はそんなもの見やしない。私と彼だけが断絶された世界にいた。 ―――叫ぼうにも、絶句して吐き出せない。 耳に微かにかかる吐息。彼が息を吹きかけているのだとわかる。 誰かにやられたこともないそこは敏感にその吐息を感じ取り、身体の芯を痺れさせる。無惨にも私は微かに悲鳴ではない声を漏らしてしまい倒れそうになった。 だが、抱きしめている彼がそれを許さない。 「〜〜〜〜・・・ぁ」 抱きかかえられている私の耳元で妖艶に、囁いた。 「―――耳が弱いのは変わらないんだね、つかさ」 そして、もう一つ彼はくすりと鼻で笑い、私との関係を囁いていった。 ――――揺れがおさまり、私が降りる駅にたどり着く。 抱えられていた私はドアが開くと同時に開放され、手すりにつまなってなんとか倒れるのを防いだ。 次々と出入りする人の中、ホームへと歩き出した半兵衛を睨みつけていたが、乗り過ごすわけにもいかず彼の後を追うように降りる。 ホームに降りてすぐに止まる足。人々の嫌味を放つ視線なんて気にしてられなかった。 彼は。冷や汗をかく気持ち悪さと、非現実的な事柄によって高鳴る鼓動。半兵衛の姿はもう人混みにまぎれて見えやしないが落ち着くまでずっとそいつが通っていった場所を最期の台詞を思い出しながら恨めしげに睨み続けた。 「どうして僕が君の事知っているのか教えてあげよう。君は、前世で僕の下僕だったんだ。だから君がどうすれば笑うのか、泣くのか、怒るのかわかる。君は僕の下僕だったんだからね。――じゃあ、またね」 反吐が出る。 気持ちが悪い。 そんな100パーセント変態な台詞を吐いていったあいつが憎たらしい。 ふつふつと湧いてきた怒りに身をふるわせる私はスカートがめくれることさえも気にせず階段を駆け上がり、乱暴に改札にカードをあてて怒りで歯を食いしばりながら大学まで走っていく。 たとえ、その変態がいるであろう高校でも、唯一の私の癒しを求めて、今すぐ会いに行こうか。 このいらつきを抑えてくれるのはもう、いつきちゃんしかいない―――!! |