「松寿丸さん・・・」

車椅子を後ろから押してくれる松寿丸さんへと声をかける。

松寿丸さんは嬉しそうに「なんだ?」と返事を返してくれてそれで胸にまた一つ"好き"が溜まる。

「――――・・・帰れる・・・方法があったら今すぐにでも帰ります、か?」

けれど私は知っている。

彼はこの世界にはいてはいけないし、きっと神様は私の恋心などお構い無しにそう遠くない未来、彼を帰すんだろうということを。

だから本当は聞きたくなかった。

けれど、いつ彼が帰ってしまっても覚悟できるようにこれだけは言いたかった。

"好き"とは言えなくても、私が目的でないとしても彼の松寿丸さんの口から『できればもうしばらくゆっくりしてからにしたい』と少しでも一緒に入てくれるような言葉が欲しかった。

でないとこの気持ちに押しつぶされてしまいそうで―。

私は目の前の"優しい"松寿丸に甘えてしまう。



「――・・・当たり前だ、と言いたい所だが、我はつかさと共にもう少しここに住んでいたい。未来をもう少し見たいという気持ちもあるがそれよりも大きい気持ちが胸の中にあるのだ。なんだかわかるか?」

無意識に自分の胸を押さえる。

その言葉は私に期待を持たせるような言い方で、優しい双眸がじっと私を見つめ続けていた。

なんでだかわからないけれども、目頭が熱くなってくる。

私が何か言いたそうにしている。

言葉に出来ない何かを言いたそうに、してる。

「そ、れは―――・・・・・・っ」


"私が好きだから?"だなんて――――――。



勿論そんな事いえる筈もなく詰まってしまう。

松寿丸さんはそんなこと思ってはいない。

これは私の"願い"。

松寿丸さんが、私の事を好きであって欲しいという、願い。


「・・・わかりません」

たとえ好きだったとしても彼は帰ってしまうのが最後。

彼はこんな私と違ってそんな事わかっているはずだ。

だから好きにはならないし、私が松寿丸さんのことを好きだと言ってもただ迷惑なだけ。

わかりません、と答えたままそれ以上なにも口に出来なかった私。

松寿丸さんはそんな私を撫でてあやすように優しく言った。

「そうだな――。コレはまだ言わないほうがいいだろう。なあ、つかさは"我"ではない"我"から聞きたいのであろう?」

"我"でない"我"。

昨日の松寿丸さんが思い浮かぶ。

今、いる松寿丸さんとは真逆で、心が冷えていて、見るものすべてが嫌いとでもいうかのような瞳。

笑みを浮かべたところをみた事がない。

違う。

それと同時に、"そうなの"と矛盾が生じる。

本当の気持ちはどっちなのだろうか。

「あちらの"我"は愛の"あ"文字さえ知らぬ馬鹿者だ。だが、そんなあちらの我に変化があった。微かに氷が溶け始めておる。"我"は"我"ではないが、それでも確かに存在しておる。その影響が確かにあちらの"我"にも及んでいるが・・・決定打にはならなかった」

ギシリと取っ手に力をこめたのか擦れる音。

この松寿丸さんは、本当の松寿丸さんから追い出された"思いやる心"なのかもしれない。

何があったかなんて詳しいことは知らないけれども、松寿丸さんがつめたい人になったのは、"思いやる心"を捨ててしまったから。

だけど、その心も自分を認めて欲しくて、二重人格のような形として現れてしまった。

「だから、あちらの"我"が戻ってきたときには優しく抱きしめて欲しい。いや、手を握るだけでもいい。それで微笑んでやってくれ。あやつの心を溶かしてやってくれ」

言の葉がシンと胸の奥へと沈み沈みそして代わりに浮かんできた気持ち。

この松寿丸さんも好きだけど。

あの松寿丸さんも好きなんだ。

ただ、いつかの人たちのように私を拒絶したから怖かった。

松寿丸さんも結局はそうなのか、と。

どこかで思っていた。


けど、松寿丸さんだって私と同じように怖いんだ。

他人が想いが怖くて怖くて怖くて・・・だから私とは逆にそれらを拒絶した。否定した。

私とあなたは同じなんだ――――――。



次の日には、あの優しい松寿丸さんではなくていつもの、松寿丸さんに戻っていた。

ただ、いつもと違う気がするのは私の彼に対する気持ちが変わったからかもしれない――――。