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足の速度をあげた。距離を開ければその分余裕ができる。余裕が出来るってことはこの拾い部屋の探索もできる。壁しかないかもしれないけど探してみないとわからない。

必死にはしる。
ずいぶん距離が離れたのを確認すると壁沿いに走り出す。

赤黒い染みが壁に点々と。それに時々干からびた欠片が付着してる。昨日の沼女の肉片を思い出して嘔吐感に口を抑えてしまった。

足は止めるな。
足はとめるな。
死ぬぞ。


いくらか進むと今度は欠片とかではなくてほとんど朽ちてはいるが骨のようなものがあった。壁にすがり付くように朽ちている骨。
所々に肉片がついていてもしかしたらこの骨になってしまった女性が私の前回の被害者じゃないのかって考えてしまった。

けど、その骨の指のさきに何か溝があるのがみえる。それはよく見ると細長い四角になっておりもしかしてこれドアか?なんて考えた。押せばあくかもしれない。

手を伸ばしておそうとした―――瞬間。


背中に急に訪れた圧迫感に壁に貼り付けられてしまった。同じように壁によっていたくちていた骨が私に砕かれボロボロと床に落ちる。

あれ。
これ、同じ末路ってやつじゃない?

『逃げるの、だめ』
「―――っ・・・!」

耳元で囁かれる声。それに発情なんてしない。気持ち悪くて身を固くしてしまう。逃げないと。逃げないと逃げないと!

『だめ』
「っは・・・う」

ぐちゅりと耳の穴にねじ込む舌。
汚い汚い汚い汚い!舐めるな!触るな!やめろ!

「や、めろ!汚い!」
『だいじょうぶ』
「なにが、だよ・・・!」

ビリリ!
寝巻きが背中から破かれる。背中に直で触れてくる手はゴムのようで気持ち悪い。逃げようにもおさえつけられていて逃げられず爪で背中をギチギチとゆっくり傷つけられていく。

激痛に声を上げるもそれをもおもしろがるように息が荒くなる男。

やめろ。
やだ。

『きもちよくなる』
「・・・!!」

ゴムのようペタペタとする手が腰をさすり下に伸びていく。腿に手をすべらせ股へと滑らそうとしている。すぐにそうしないのは私の反応を楽しんでいるからか。
ダメだ。これはダメだ。どうしようもない状態に身体が震える。嫌悪感からか涙もにじむ。

「やめ、て・・・ください」
『やめない。おまえ、おいしそうだ。たべたら、ちからてにはいる』
「なら・・・なら、食べるだけに、して、って・・・ば」
『つまらない』
「――――や、だ!!」

下着越しに伝わる男の指先。まさぐるように割れ目を探り生地の上からさすってくる。男は我慢できないのか興奮しているのか背中越しに肩に歯を突きたてゆさゆさと揺れている。
痛い。気持ち悪い。
ミチリと肉が噛みちぎられてく音。

その激痛に私は悲鳴をあげた。

「ぁ・・・あああ!!」
『あぁ・・・ぁぁ・・・うまいうま』
「・・・だれか、」
『だれもこない』



「下品な怪異だね」




背後の男と違う声。

背中ごしの気持ち悪い動きと、重さが消える。


『どうやってはいった』
「そんなことはどうでもいいよ。ただ、君は人間を殺しすぎた。見逃せないよ」
『ごくそつか。そいつはうまいぞ。おまえらも、れいがいじゃない』
「だからって辱めて食い殺していいわけじゃない」

ごくそつ。なんかどっかで聞いたことがある気がする。
とりあえず助けられたってことはわかる。背中と肩がひどく熱くて痛い。痛くて動けない。

そっと深緑の外套がかかった。それは大きくてこの半裸体の私の身を包むには最適だった。花の匂いがした。それだけで安堵してしまい泣いてしまう。

「・・・少しだけ目閉じててね」
「・・・っ・・・」

優しい声。せめて嗚咽だけは漏らすまいと必死に口を閉じて頷いた。
鳴り響く銃声。相手の悲鳴をも上げさせないとばかりに止むことのない銃声音。途切れ途切れに気持ちわるい男が何かを口走っていたがそれらは銃声ですべてかき消されいった。





「許されざるものには罰を」









「助けてくれてありがとうございます」
「君の声のおかげで場所がわかったんだよ。それより病院には行かなくていいのかい?」
「骨が折れたとかじゃないしそんな深いわけでもないので」
「そっか」

助けてくれたのと手当までしてくれた彼。柔らかい雰囲気の彼は部屋で救急箱を棚の上に戻してくれていた。テレビは何事もなかったようにそこにあってリモコンもしっかりと反応する。

彼から聞いた限りでは人のテレビを見るときの思いが形作られた怪異の一つらしい。怪異自体はそんな危ないわけではないものだけどもあれは人の肉を覚えたためにああなったんだろうとも。

「そうだ、君は先日おれと同じ姿の人にあったよね」
「目が黄色でニッコリ顔のですか」
「そう。おれたちは獄卒で、現世に逃げ出した亡者や悪霊となった亡者を捕まえるのが仕事なんだ」
「地獄の・・・」
「そう。そんな仕事なもんだから生者に知られるのはよくないんだ。・・・だから君の記憶を消しに来たんだ」
「・・・はあ」

現実味のない話だけども、つまり仕事してるところ見られるのは良くないことだから記憶を消しにきたってことだ。

「記憶を消すといっても昨日と今日の怪奇現象に巻き込まれたところだけだから安心して」

とりあえず説明はしているけど拒否権はないようで私の頭の上に手を乗せて作業を始めようとしている。頭をぽんぽんと叩いて数秒。よし、と手を放した。

「これで君は忘れたはずだ」

その言葉に首をかしげた。
いや。

しっかり覚えてますよ。

「スイマセン、覚えてます」
「え」

そんなわけは・・・と再度頭をポンポンとし始めるも結局記憶は忘れることはなかった。