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もうわからない。わからない。
水咽は、ひざをまげてうずくまる。何もみたくはない。何も聞きたくはない。誰もこないで、ここにこないで、私にこれ以上、ひどいことしないで。
処理しきれない感情が、発散することができない思いが身を蝕む。胸が痛い。ずっと胸がいたい。痛くて叫びたい。喉が擦れるまで叫びたい。逃げたい。助けて。助けて。助けて。

「水咽?」
「っ――――・・・」
「そうとうまいってるね。よいしょ」

大きい図体が牢屋の中にはいってくる。鍵は相変わらず閉められてしまうが、それでも、その”対象”がそこにいることは、今の不安定な水咽にとって、幸福な事だった。

肋角さんも優しい。けれど、優しいだけ。牢屋の中には入ろうとしないし、手で触れるだけ。言葉をかけるだけ。誰かから私を守ろうとしてくれているようだが、まるでその”誰か”が肋角さんのように思えてしまうときがある。

「さあ、おいで」
「・・・・・・木舌、」

胡坐をかいて手を広げてくる木舌へと、気怠い体を動かし抱き付く。胡坐の間に座り、幼子のように胸に頭を預ける。そっと目を閉じて、彼の中に納まるように身を丸めて、頭を撫でてもらう。頭上から降りてくる優しい声は、肋角さんのよりも優しくて、甘い。
何も怖いものが映らない瞼の裏で、木舌の言葉が子守唄のようにおりてくる。

「最近は・・・どう?どんな、嫌な事、された?」
「・・・平腹が、昨日きた。また、強引に犯して、自分だけ、満足して・・・違う、違う違う違う・・・まるで、私を性玩具みたいに扱って、それで・・・」
「そう・・・平腹は乱暴だなぁ・・・」
「私っ・・・、」
「うん」

木舌の熱い唇が額に降りてくる。それが気持ちいい。唇が、額、目尻に、頬に、降りてきてそのまま首に落ちる。ビクリと震える。恐怖からではなく、彼は私を大事に扱ってくれているんだという安心感から、快楽を得ている。

「それから?」
「っ――、それから」

木舌は私の嫌な話を、怖い話を全部聞いてくれる。ああ、それが今しあわせなのだ。誰も私の話をきいてくれない。私の心を見てくれない。こんなにも貴方たちにつけられた傷があるその心を誰もいたわりはしない。こうやって、優しく、包むように、私を視てくれるのは、木舌だけだ。

忘れそうになっていた私の本当の心。

彼がそれを思い出してくれる。


「・・・なんで、こうなったんだろ」
「なんでだろうね」
「どうしたら、みんなもとに戻るんだろう」
「どうしたら、いいんだろうね、オレもわかんないや」
「・・・そっか」
「うん」

彼の吐息。声。
恐怖から逃れるための睡魔ではなくて、安堵からくる眠気に息を吐き出し力を抜く。

「・・・・・・ごめん、眠い」
「いいよ眠るまでついていてあげる」
「・・・ありがとう、木舌」
「うん、どういたしまして」


私は、水咽は彼の温かみに触れて静かに眠りについていく。

「・・・水咽?」
「・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁは」


木舌は完璧に眠りにつき名を呼んでも反応しない水咽を嗤う。

腕の中で眠る彼女は、どう思うのだろうか。ああ、まだまだそれは先の事だけれども。木舌はその先の事を考えると楽しくて楽しくて愉しくて仕方ない。

周りがおかしくなった。そんなの今更だ。その歪みを戻すにはもう遅すぎる。何百年とかけてじわりじわりと浸透していった歪みはこの子を消したところでもう、なおりはしない。魂を消滅させても。距離を放しても。

きっと、俺たちは代わりを探すだろう。輪廻を許され生まれ変わったならばその存在を探し出しまた、幽閉監禁するだろう。もうそこまでの頭のブッとびようとなってしまっているのだ。


「ぁは、はははは・・・ふふ、あはは」


とりあえず。
そう。


この目の前で馬鹿みたいに安心して眠っている我らの妹をどうしてやろうか。直接手は下さない。それも楽しいけれどそれは、最後。俺に安堵を覚え、依存し、俺なしで生きられなくなった時、全部を告白する。俺は優しくなんかないんだよって。俺もくるっていて、お前が完全に壊れないように正常を保たせ長い永い苦しみや葛藤をそばで見たかったから優しくしているんだよ、と。

仲間の異常が水咽に向かっている。すべてなど受け止めきれるはずもなく、壊れるだろう。あるいは同じように狂うだろう。それが”正しい”ことだと享受するだろう。

だめ。それじゃあ、ダメ、つまらない。何事も中途半端がつらいものだ。痛いものだ。悲しいものだ。それが一番面白いものだ。

寝ている水咽をそっと床に転がし、布をかけてやる。無防備に寝ているさまはなんとも愉快。

座敷牢からでて鍵を閉め直し、地下の階段を上がっていく。薄明りの地下から灯りのある一階へ、眩しい光に目を細める。


出た先には、佐疫と斬島がいた。

佐疫は最近はとても機嫌がいい。斬島はそんな佐疫をみるのが良いようで真面目な顔が少し緩い。しかし、地下からでてきた俺をみて少しばかし、表情が硬くなる。ああ、いい加減認めちゃえばいいのに。おまえだって、行って水咽にぶつけただろう?その刀で、水咽を切り刻んだだろう。おもしろかったんだろう?
意味深に微笑んでやれば、目線をそらした。

「あれ、木舌。水咽のところにいってたの?」
「そうそう。様子を見にね。斬島もそろそろ会いに行ってやれば?」


愉悦を混じらせた歪な笑みをみせて、彼をみる。
ビクリと震え、しばらく沈黙していたが、その蒼い瞳の中に揺らぐ同じ”歪な愉悦”の感情を俺は見逃さない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ」




さっさと堕ちてしまえばいいのにね。